信じて信じない

私は舞台(映像でも)を見ることが好きだ。好きな作品をキャスト・言語違いで繰り返し見るタイプなので、作品の数としてはそう多くは見ていない。

好きな理由の一つが、そこにゆるぎない自信と信頼が見えるからだ。

組んで踊るダンス、ハーモニーを作る歌。それは、自分が「大丈夫」と言えるところまで努力を重ねた自信と、相手(共演者)の実力への信頼がなければできないことだと思う。

そして、相手を信じているのと同じくらい、「相手がたとえ失敗しても自分は大丈夫。自分でなんとかできる」と思える状態なのではないだろうか。

プロの舞台とは比べ物にならないくらいスケールの小さな話ではあるが、同じような経験が私にもある。

3才からピアノを習っていて、ピアノをやめてまでやりたいことがあったわけでもなく辞める理由がなかったため、中学生の時は学校の合唱コンクールや音楽の授業でいつもピアノ伴奏をしていた。部活も合唱部に籍を置いて夏のコンクールでピアノを弾いていた。中学2年生の後半から中学3年生の前半(正確には11月の校内合唱コンクールを持って次の学年への交代だった)まで、全校集会の校歌・全校合唱のピアノも務めることとなった。その時の指揮者に選ばれ一年間パートナーとなったのが、幼馴染でオーケストラ部の部長を務めていた男子だった。楽器の経験もないのに中学校入学と同時にオーケストラ部に入部してトロンボーンを演奏できるようになり部長に選ばれるなんて彼はすごいなあと思っており、彼となら間違いないだろうと不安は感じなかった。不安も問題もケンカもなく、月に一、二回の全校集会での演奏を重ねていった。

中学校3年生の合唱コンクールの日、私は校歌の他に『翼をください』の全校合唱の伴奏も務めることになっていた。校歌はいつも通り彼が指揮者だけれど、全校合唱の方は誰が指揮なのか聞いていなかったため、音楽の先生がするのだと思い込んでおり、特に心配することもなく本番を迎えた。

合唱コンクールは文化祭の中の一部、という位置づけだったため、まず校歌から始まり、校長先生のあいさつ、文化部の活動報告、英語のスピーチの発表等が行われる第一部。そして第二部がメインイベントの合唱コンクールだった。校歌のピアノをいつもどおり終えた私が一部終了後の休憩時間に第二部最初の全校合唱の打ち合わせもしようと音楽の先生のところへ行くと、「指揮はいつもの彼だよ。言ってなかったっけ?ごめんごめんでも大丈夫でしょ」と。聞き終わると同時くらいに指揮の彼がやってきた。彼(この音楽の先生が担任しているクラスだった。私とは別のクラス)は彼で、全校合唱の指揮もすることは知らされていてクラスで練習するときに指揮をしていたがピアノは音楽の先生が弾くのだと思い込んでいた、とのことだった。「両方に伝えてなかったか。休憩終わるまでピアノ音出して少し練習していいから」とカラカラと言いながら、先生はお手洗いに行ってしまった。

「大丈夫でしょ」と私たちは同時にうなずいた。曲の冒頭の入り方とテンポだけ確認し、あとは「私がもし止まってもすぐに入れるから指揮は続けて。指揮がずれても私は止まらないで引き続けるから最後だけ止めて」(えらそうだが私は15才の時点でピアノ歴10年を超えており、彼の指揮者歴は中学生になってからであったため仕方なかった)と言い、あとは体育館の壁にもたれてたわいもない話をしていたように記憶している。そして何事もなく、びっくりするくらい落ち着いて全校合唱の演奏を終えることができた。これが、私にとって最後の合唱伴奏だった。余談だがこの時録画しに来てくれていた母に帰宅後ことの顛末を話したら、「そんなぶっつけだったの?」と驚いていた。

こんなことができたのも、十代の無鉄砲さに加えて私たちの間に揺るがないものがあったからだと思う。小さな世界ではあるけれど、中学生にとって全校生徒(私の母校は一学年7クラス、全校生徒約800人となかなかの人数だった)の前で失敗するなんて大問題だ。それにステージ下で演奏しているピアノの私がこけたら、全校生徒の視線を浴びるのはステージ上で指揮をしている彼の方だ。それでも「大丈夫でしょ」と信じて引き受けてくれたのだ。

私も私で、彼なら大丈夫だと思っていた。そして、たとえ彼がずれようが止まろうが最後まで乱れず演奏できる自信があった。彼を信じる気持ちと同じくらい、彼ではなく自分を信じていた。彼がずれても止まっても大丈夫だと思えていた。

こんな信頼関係を築ける人とでなければ、私は人生を共にすることはできない。

彼とそのまま信頼を重ねていって、とできたらよかったのだが、彼が愛する対象は男性なのだ。幼稚園に入る前からおままごとでお母さん役をやりたがったりしていたし、手作りのお菓子をプレゼントしてくれたりもしていた。私と恋愛関係にならないとはっきりわかっていたから、多感な時期にここまでの信頼を築けたという可能性はあるのかもしれない。

こんな信頼関係を築ける人と、残念ながら出会えていない。こんな信頼関係を築ける人と、同じ目標を持ち一緒に進んでいけるなら最高だと思う。それを目の前で見て感じることができるから、私は舞台を見たいのだ。



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