SFラブストーリー【海色の未来】最終話
過去にある
わたしの未来がはじまる──
穏やかに癒されるSFラブストーリー
☆テキストは動画シナリオの書き起こしです。
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梅雨が明けた、ある暑い日。
わたしは朝から引越しの作業に追われていた。
「あ、ルミ子さん! そのダンボールは重いからわたしが……」
「このくらい平気よ」
ルミ子さんは店を抜けてきて、わたしの引越しを手伝ってくれている。
「引越し屋さん来るのって、午後だっけ?」
「はい」
「ホントに東京にもどっちゃうのよね。寂しいな……」
「すみません。いろいろ仕事も教えていただいたのに」
すると、ルミ子さんは笑顔で首を横に振る。
「それは気にしないで。息子も帰ってきたし……。お別れは寂しいけど……
やっぱり、本気でやりたいことがあるなら、ここにいちゃダメよ」
「ルミ子さん……」
そのとき、ルミ子さんのスマホが鳴った。
「あ、ちょっと失礼するわね。……もしもし?」
ルミ子さんが電話を受けると、どうやら息子さんからのようだった。
手短に話を終えたルミ子さんは、申し訳なさそうに振りかえる。
「比呂ちゃん、ごめん。ちょっと息子の手に負えない鑑定の依頼が入ったみたいで……」
「どうぞ行ってあげてください。ここはもう、わたしひとりで大丈夫ですから」
「お見送りもしたかったのに……」
「落ち着いたら、ルミ子さんのお店に必ず顔を出します」
「うん……そうよね。またいつでも会えるわね。わたしが比呂ちゃんをたずねてもいいんだし」
「はい、ぜひ」
「比呂ちゃん……向こうに行っても、元気でがんばって」
ルミ子さんは少し涙ぐみながら、わたしの肩を優しく抱いてくれた。
荷造りも終わり、あとは引越し業者のトラックを待つばかりだった。
──これでよしっと。
軍手を外しながら、ぐるりと居間を見まわす。
──この部屋も今日で最後か……。
東京にもどることを美雨ちゃんに伝えたのは、引越しの手はずをすべて整えたあとだった。
美雨ちゃんは寂しがったけれど、最後にはわたしを応援すると言ってくれた。
──今度は逃げたくない。
──もしかしたら、夢は最初に思ったとおりの形にはならないかもしれない。
──だけど、歌だけはやめずにいよう。
──それが後悔せずに生きられる、たったひとつの方法だってわかったから……。
──そして、いつか海翔くんへの気持ちも忘れることができたとき……
──新しいわたしで、海翔くんに会えたらいいな……。
そのときだった。
バッグの中でスマホが鳴った。
──電話……。美雨ちゃんかな?
スマホを取り出すと、画面に知らない番号が表示されている。
──美雨ちゃんじゃない……誰?
思いあたる人もいないまま、電話を受ける。
「もしもし……?」
間が空いてから、聞きおぼえのある声が耳に響く。
『俺……海翔』
──え……海翔……くん?
胸がギュッと締めつけられる。
「ウソ……ど、どうして?」
『美雨からこの番号聞いた』
──み、美雨ちゃん!?
「まだ言わないでって言ったのに……!」
『らしいな。でも、あいつ、我慢できなかったんだって』
「そんな……美雨ちゃん……ひどい……」
『ひどいのはどっちだよっ!』
「わっ!?」
いきなりの怒鳴り声にビクッと身体がすくむ。
『なんですぐ俺に連絡してこない!?』
「す、すぐって……わ、わたしにも心の準備ってものが……」
『はあ? そんなの知るわけねえし!』
「そ、そんなのって……ちょっと! もう少しマシな言い方あるでしょ!?」
『こっちはかなりマシに言ってるつもりだけどな!?』
「それでマシなの? ウソっ、信じらんない!」
すっかり険悪になった雰囲気に、わたしたちはお互い黙ってしまう。
電話の向こう側から、ムッとした気配が伝わってくる。
──なんだろ……海翔くん、性格あんまり変わってないの?
──成長してない。大人げない。もう26でしょ? あの頃と違って、同い年なのに……っ!
意地になって口をつぐんでいると、先に口を開いたのは海翔くんだった。
『比呂って……相変わらず大人げねえな』
「なっ! ど、どっちが──」
『俺が……俺がさ……どれだけ……』
──え……?
辛そうに絞りだされた声に胸が音を立てた。
「もしかして……ずっとわたしを待ってて……くれたの?」
恐る恐る訊いたけれど、海翔くんは答えてくれない。
「あの……海翔くん?」
『……俺、もう比呂と同い年だ』
「うん……」
『フツーここまで人、待たせるってありえねえし』
──海翔くん……。変わってない……。
海翔くんらしいぶっきらぼうな言い方に、涙がこぼれそうになる。
──ホントに……こんなに長い間、わたしのことを……?
『……ごめん……ごめんなさい』
嬉しくて、だけどそれ以上に申し訳なくて、ほかの言葉がなにも思い浮かばない。
『ずっと比呂を探してた。
いつ越してくるんだろうと思って、何度もアパートの前まで通った。
デビューしてからは音楽関係のツテ使って、スクールに問い合わせたり……
思いつくことはなんでもやった。
だけど見つけられなかった……。
そのうち、比呂と出会ったのが、夢だか現実だか自信もなくなってきて……
アパート見に行くことも、怖くてできなくなった』
「海翔くん……」
『でも……見つからなくてあたり前だよな。
苗字、昔のと違ってんじゃねえか』
「あ……」
『そんなのありか?』
「え……っと……」
──そ、そうだった……。海翔くんに会ったときのわたしは、苗字が変わったばかりで……。
気まずい沈黙が流れる。
「み、美雨ちゃんから聞いたんだよね? う、うん、じつは……そう、いろいろ事情が……」
しどろもどろに説明をはじめたけれど……
『でもまあ……それはもう、どうでもいいや』
あっさりと海翔くんが言う。
「え、海翔くん……怒ってないの?」
『よく考えたらさ、俺が好きになったのは今の比呂なんだし。
ムリして俺と会う前の比呂を探す必要はなかったんだよな」
「海翔くん……」
『ま、そんなことも比呂を見つけられたから言えるわけで……だから……』
「だから……?」
『すぐに会いに来いよ』
「なっ……いっ、イギリスまで!?」
『そうだよ。こっちは7年待ったんだ。そのくらいして当然じゃねえの?』
「そんなのムチャクチャだよ!」
『……なんて。冗談』
電話越しに、海翔くんの笑い声がする。
「もう……冗談って」
『俺、下に来てる』
「下? 下って……?」
『アパートの下』
「え……ええっ!?」
『その部屋から見えると思うけど』
──海翔くんが……?
戸惑いながら部屋の窓を開けて、ベランダに出た。
アパートの前で、スマホを手にした海翔くんがわたしを見あげていた。
──海翔くんだ……。
26歳の海翔くんは素直にカッコいいと思ったけれど、相変わらずファッションには無頓着みたいで、
デニムのシャツに、くたくたのパーカーをはおっている。
そしてなにより、怒ったような不機嫌そうな表情が19の頃と少しも変わっていない。
「海翔くん……」
すると海翔くんが急に顔をほころばせ、わたしに向かって手をあげる。
「よっ。久しぶり」
「なに……そのテキトーな挨拶」
「……泣くなよ」
「泣きたくないよ……だけど……」
気がつけば、スマホを耳に押しあてたまま泣きじゃくっていた。
わたしたちは、しばらく見つめあっていたけれど、
やがて、海翔くんがしびれを切らしたように言う。
「あのさ……そろそろ、そっち行っていい?」
「……」
「ちょっと、聞いてんのか?」
「……」
「おい、比呂?」
海翔くんが心配そうにわたしの様子をうかがう。
──困らせたらダメだよね……。
なんとか泣くのをこらえて涙を手の甲で拭き、海翔くんに笑顔を向ける。
そして──
「海翔……!」
わたしは彼の名前を呼んだ。
7年分の想いをこめて──。
(了)
※ ※ ※ ※ ※ ※
最終話までお読みくださり、ありがとうございました。
スキやコメントでも応援してくださったみなさま、心より感謝申し上げます。
気の向くままに短編を投稿していた頃よりも、おかげさまでnoteのアクセスは増え、(動画の方はやっぱりアレでしたが(笑))長編にもかかわらず読んでいただけたことは、本当に励みになりました。
今後はまた以前のペースにもどり、ときどき短編を上げられたらなあと思っております。
4月から連載を開始し、偶然にも5月末でちょうど最終話となりました。
明日から6月。
少しずつ、さまざまなことが動きだしましたね。
気持ちも新たに、2020年後半をスタートいたしましょう٩( ᐛ )و
長いストーリーにおつきあいくださり、誠にありがとうございました。
これからのみなさまの毎日が、健やかで充実した日々でありますように。
三神せらほ
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お読みいただきありがとうございました。
他に短編もございます。
(マガジン【子どもだった大人たちのおとぎ話】)
(予告編:2分弱)
https://youtu.be/9T8k-ItbdRA
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