二重のまち
2031年、春
僕の暮らしているまちの下には、
お父さんとお母さんが育ったまちがある
ある日、お父さんが教えてくれた
僕が走ったり跳ねたりしてもびくともしない
この地面の下にまちがあるなんて、
僕は全然気がつかなかった
下のまちの人はどうしているの、と尋ねると、
お父さんは、僕をまちの真ん中の広場まで連れて行った
そこは僕が友だちと遊びに行く、いつもの広場
広場の真ん中には大きな石碑がある
お父さんについて石碑の裏に回ると、ちいさな扉があった
こんな扉があるなんて、僕は知らなかった
扉を開けると、足下に階段がある
ぽつぽつと電灯が灯っていて、ずっと下まで続いている
お父さんと一緒に階段を降りる
足をおろすたびに、コン、と、くぐもったような音が鳴る
その音がたのしくて、僕は、薄暗くても怖いとは思わなかった
いったい何段降りたのだろう
だんだん明るくなってくる
下から風が吹いて、つよい香りがする
階段の終わり
広い、広い、一面の花畑がそこにある
色とりどりの花
ひまわりもあれば、コスモスもある
チューリップの横には、背の高いすすきがある
さまざまな季節が、ここに、一度にある
見渡すと、ぽつりぽつりと人影がある
顔はよく見えない
みんなしずかに、ゆっくりと歩いている
お父さんに、おいで、と手を引かれて歩く
広い広い花畑の中に、いくつもの道筋がある
ひびわれたコンクリート、
消えかけの横断歩道、
はがれかけた小豆色のタイル
ふと、お父さんは立ち止まって、
ここがお父さんの育った家だよ、と言った
そこには、他の場所と変わらないように、
薄ピンク色のコスモスが咲いている
ここが玄関で、ここが居間、
ここがお父さんの部屋で、ここに勉強机があった
お父さんはコスモスの中にどんどんと入って行って、
軽い足取りで、あちこち指をさす
まるで踊っているみたい
僕には見えないものが、お父さんには見えているみたい
僕には見えない家、さまざまな建物、道すじ、人びと
僕はそれが、なんだかうらやましいと思った
お父さんは、足もとのコスモスを2本、
ぽきりと折って、こちらに戻ってくる
そして、僕の足もとに立っていた緑色の筒にいれた
このまちがあるから、上のまちがあるんだよ
そう言って、胸の前で手を合わせる
僕は、そうなんだあと思って、
ありがとう、とつぶやいて手を合わせる
お父さんが、僕の頭をつよく撫でた
お父さんはすこし、泣いていた
2031年、夏
毎年8月には、祭りがある
古くからずっと続いている祭り
この土地で亡くなった者たちを弔う祭り
私が最後に参加したのは、大津波から3回目の祭りだった
私は、私のまちが無くなったことが悲しくて
壊れたまちを避けて暮らしていた
その日、ひさびさに自宅のあった場所を訪ねると、
きれいに草が刈られ、
新しそうな花が手向けられていた
私が私の悲しみでいっぱいだったとき、
誰かが代わりになって、弔いをしてくれていた
情けなくて、ありがたくて、涙が出た
私の部落の山車が、遠くに見える
津波の前よりずっとちいさな山車だけれど、
津波の前とおんなじ、青と黄色が鮮やかに映えていた
私は思わず、きれいだ、とつぶやいた
そして、隣にいた後輩のカメラを奪って、
シャッターを切った
夕焼けを浴びて光る一面の雑草、
簡素でちいさな山車、その奥に壊れた建物
それぞれは、とても受け入れがたいほどに悲しい
けれど、その光景はとてもきれいだった
その後しばらく続いた大工事のすえ、
もとのまちの上に、あたらしいまちが出来た
私は、もとのまちに残ることにした
土の下で迎える何度目かの8月7日
今日も上からは、太鼓と笛の音が響いてくる
そのあとに続く足音から察するに、
まちの人口は随分と減ったものだ
私は、まちの公共施設があった方へと移動する
何年前からか、この真上で山車がしばらく止まるようになった
上から響いてくる演奏が聞きたくて、みんなここに集まる
慣れ親しんだ笛の音が聞こえる
太鼓の音が低く響くのは、
太鼓を地面に下ろしているからだろう
祭りの山車飾りは、空の上まで届くようにと、
背を高くするのが習わしだったが、
いまは、
地底にも届けなければ、
と考えてくれているのだろう
太鼓の音がちいさくなると
そのリズムに合わせて足音が聞こえてくる
地面を擦ったり、跳ねて勢いよく着地したりしている
でも、全体的にゆったりとしている
きっと、踊りを踊っている
ここからでは見ることが出来ないその姿を、じっと想像する
そこに、子どもたちはいるのだろうか
彼らはどんな衣装を着て、どんな手つきで、
どんな表情で踊っているのだろう
この上にあるまちが一体どんな形をして
そこにどんな人たちが暮らしているのか、
私には分からない
心配なことは、考え出すときりがない
ふせていた目を上げる
みんなが、大きな輪になっていく
上から聞こえる音に合わせて、ゆっくりと踊り始める
私は、それを写真に撮る
目の前にある、この光景を、
私はとてもうつくしいと思う
だからきっと、この上にある光景もまた、うつくしい
そう、想像する
私は、ほっと胸をなでおろす
さあて、と、ひとり家に戻ることにした
2031年、秋
おじいちゃんとおばあちゃんの家へとつづく坂道を上がる
坂が急だから、
私はいつもかけ声をあげながら上がる
私の声に気づいて、
庭にいたおばあちゃんが振り返る
くしゃっとして、大きな笑顔
おばあちゃんは一年中花の手入れをしている
なぜそんなに頑張るの、と尋ねると、
これは地底から持って来た花だからねえ、と答える
地底人と約束でもしてるの、と聞くと、
どうだろうねえと笑う
縁側から居間をのぞくと、
おじいちゃんが小さな機械をいじっている
私が小さく手を振ると、
あがりなさい、と優しい顔でにっこりと笑う
私は玄関のドアを開けて靴を脱ぐ
居間に上がる前に、いつもすることがある
玄関の脇のふすまを開ける
花に囲まれた簡素な祭壇がある
真ん中には、50センチくらいのうすっぺらな石の破片が置いてある
周りには大きな花瓶がいくつもあって、
おばあちゃんが育てた花がたくさん刺さっている
これは、地底の石だという
本当はもっともっと大きな石だったのだけれど、
大きすぎて持って来られないから、
こうしてすこしだけ持って来たんだって
石の周りにいつも人が集まってね、
みんなでお話しを聞き合ったり、お茶を飲んだりしてね
子どもたちが石の上で遊んだりしてね
ああいがったねえ、昔のことだ
おじいちゃんがそんな話をしてくれたことがある
石には小さなくぼみがある
そっと耳を近づけると、波みたいな音がする
私は正座をして、石を撫で、手を合わせる
おじいちゃんのいる居間に行く
石にご挨拶してきたのかい、いいこだねえ
ごほうびに、お話を聞かせよう
おじいちゃんはいつも不思議な話をしてくれる
海が大きくふくれる話や
山が涙を流す話
目に見えない花畑の話
おばあちゃんはいつも歌ってくれる
おらいの地面は
青いお山が泣いだあと
あんだの地面は
茶色い土で埋めだあと
土のしたには笑い声
波のうえにひょいと顔出す
あの人にまた会う日まで
なぜ歌うの、と問うと、
わすれないようにね、と答える
おじいちゃんの不思議な話も、
おばあちゃんの歌も、
私の頭の中でいつも繰り返される
私は、それが好き
おじいちゃんとおばあちゃんは今日も元気
けれど、ふたりは私よりも、きっと早く死んでしまうでしょう
だから、ふたりがわすれたくないことは、
私が憶えていたいと思ってる
心配しないで
大丈夫
私のなかに
とっておくからね
2031年、冬
今年もまた雪が降る
雪に覆われると、平らなまちは、
ますます宙に浮かんでいるように思える
もとの地面にのっけられるように出来たまちは、
その境界を埋められることのないまま、
いまだ宙に浮かんでいる
と、私は思う
角張ったまちの淵まで進む
まっしろい防潮堤、囲われた灰色の海、
削られて四角くなった山やま
見慣れたあの曲線たちは、どこに行ったのだろう
このまちで産まれた孫は、
中学3年生と小学5年生と、幼稚園児がひとり
親子三世代、私の家はいつもにぎやかだ
にぎやかになればなるほど、
亡くなった息子が気がかりになる
このまちの下に、この土の下に、
置いてけぼりにしてしまったんじゃないか
息子の婚約者だったあの子も、
別の人と結婚して子どもを産んだ
上の孫と同級生で、ふたりはとても仲がいい
本当によかった
慣れ親しんだまちと息子が流されたあと、
途方に暮れていた私を支えてくれたのは
亡くなった息子の同級生たちだった
みな、それぞれに大人になった
あたらしいまちであたらしい家族、
あたらしい暮らし
それは、手放しで喜ばしいことであるはずだ
なのに私は、どうにも宙ぶらりんの気分のままだ
なあ、前みたいに一緒に飯を食おう
お前が死んだあとも、
このまちに上がって来る前は、いつも一緒にいたじゃないか
お前はいったいどこに行ったんだ
せり出したまちの淵には
味気ない、白いガードレールがひかれている
この下にいるのかな
私はぐっと身を乗り出して、灰色の海を覗き込む
海から、強い風が吹きあがる
うねりながら、やわらかい線をひきながら
生暖かい潮のにおい
細かい雪が目に入って、前が見えなくなる
私は思わず尻もちをついた
なんだ、お前、びっくりして出て来たな
やけにぶっきらぼうじゃないか
お前はいま、どうしているんだ
海に向かって問いかけてみるが、
何かが返ってくる訳でもない
きっと、まだ生きろ、と言ってくれているのだろう
真っ白い防潮堤、囲われた灰色の海、削られた山やま
奇妙に角張った風景
これを、愛せるときが来るだろうか
夕焼けのチャイムが鳴る
孫を迎えに行かなくては
彼らにとっては、この風景がかけがえのないふるさとになる
それでいい
きっと
ーー
『二重のまち』は、復興工事が盛んに行われる2015年の陸前高田を歩きながらつくった物語です(最初の発表は水戸芸術館での個展です)。2011年の大津波のあと、広く流された地面の上に、まちの人びとはさまざまな方法で弔いの所作を施していましたが、復興工事によってそれを続けることができなくなりました。青い山やまは削られ、思い出の痕跡が残っていた地面の上には乾いた土が重ねられていく。大津波のあとの風景や弔いの所作を“とても大切なもの”だと思っていた私は、目の前で膨れていく巨大な土塊の上にあたらしいまちが出来るという事実に戸惑っていました。いままでとこれからを繋いでくれるはずの、現在の風景をうまく受け入れられなくなって、「はて、どうしよう」と思ってつくったのが、この2031年の未来の物語です。
気づけば2020年。震災から9年が経ち、新しい地面の上に新しいまちが出来始めている陸前高田では、2031年もそんなに遠くないと感じられるようになってきました。まちの人たちの会話のなかで、「下のまち」「二重の〜」といった表現を耳にし、おっと思うこともあります。時間が確実に進んでいること、そしてその出来事の現場で営みを続ける人たちの強さを感じます。
けれど、たとえば旅先の広島や神戸で、このお話を「わたしの話」として受け取ってくださる人たちに出会うと、その出来事を思う人にとっては、出来事からの年月に関係なく、風景は二重であり続けるのだということも知ります。そして、そのしんどさと優しさを思うのです。
同時代に生きる人たちは、それぞれに多様な体験を得て、目の前の風景にそれぞれなりの物語を投影し、多層的な意味を含ませ、それを杖にして暮らしています。隣りあう人と見えている世界は違うかもしれないけれど、それを恐れるのではなく、楽しみあうような時間を日常の隙間に持てたらいいな、と思います。
2020年3月
ーー
*『二重のまち』を気に入ってくださった方いらっしゃいましたら、zineはこちらで販売中ですのでぜひ。
*そしてそして、単著「あわいゆくころ 陸前高田、震災後を生きる」もよろしくお願いします。
発災から復興までを繋いでいた7年間を“あわいの日々”と捉え直し、当時のツイート<歩行録>と、一年ごとの振り返りエッセイ<あとがたり>、これまでの時間を“100年後に誰かが語る”そのときを描いた絵物語を収録。