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情弱を完全に救うのは無理だけど、少しはマシにしてあげたい【辿り着く情報によって気づきを与える】

情弱を救う 

この言葉を掲げていたことが過去にありましたが、

長い年月をかけて辿り着いた結論、本当の意味(全ての情弱を救う)でこのビジョンを実現させるのは難しい。

「そんなの最初からわかりきってたこと」

のような気もしますが、何周もして、自分の中にストンと腑に落ちました。

というのも、「バカは死んでも治らない!」とまでは言わないですが、「バカは生きなきゃ治らない!」と思うんですね。

最強伝説新黒沢1巻より

これ、ホントその通りだなと思っていて、一回騙されてみないと、失ってみないと、痛い目にあわないと、情弱予備軍たちって、心の底から気付けないんですよね。やらかしを。

だからといって、その心のスキマにつけ込む輩(情報商材野郎)を野放しにしていいかというと、まったくそうではないと思っていますし、ここは、僕としても、引き続き「どうにかならないか?」と考えてはいきます。

...しかしながら、ぶっちゃけ、本当の意味で「情弱を救う」のは難しい。


だから、

今、私が掲げる精一杯は、

情弱に気づきを与える

ということ。

これは私自身「命を懸けてやる理由はあるな」と本気で思っています。

命を懸けるというと大袈裟ですが、私の発信によって、例えば2~3人であっても、運命が変わっていたなら、人生が大きく変わったなら、

僕の貴重な「時間」という最重要アセット使って、この活動を推進する理由は、十分にあると思うのです。

私1人が犠牲になるだけで、多くの人の運命をより良くできる。

であるならば、そうしないに越したことはありません。

情弱を救うという言葉の独り歩き

そういえば、昔、

「趣味で情弱を救うって言ってるけど、君本気でやる気あるの?承認欲求のためなんじゃないの?」

みたいなお言葉を頂いた記憶があります。

その時の言葉、スルーしても良いような気はしたのですが、真にうけることにしたんですよね。

なんでかと言うと、改めて立ち止まって考えてみて、たしかに「手段が目的」になっていたなぁと図星だったからです。

趣味というのは、それが目的ではない時に使う言葉です。

例えば、釣りが趣味の人は釣る行為が好きであって、釣りによって日々の食い扶持をつないでるわけではありません。逆に置き換えると、釣りがライスワーク、すなわち仕事として成立している人は目的と言えるでしょう。

改めて考えると、今までの私自身は、せおくんアカウントとして本気で運用して、情弱たちを変えよう、というよりかは、あくまで趣味的な位置づけとして、不特定多数に「面白い」と思ってもらえるように、コンテンツをせっせと作る、そんなことに意識を向けていたように思います。

つまるところ、本当の意味で「本気」ではなかったのです。

ただ、、まあ、、趣味くらいにやらないと、ミイラ取りがミイラになる、みたいな難しいところもあったんですけど。。。

でも、今は違います。

情弱を救うという定義を改め、情弱に気づきを与えるというテーマで、本気でこの領域の課題を解決するために動いています。

では、情弱に気づきを与える という微妙な違いとは何か?

についてお伝えしていきます。

「情弱を救う」と「情弱に気づきを与える」は何がどう違うのか?

それぞれ整理してみます。

情弱を救う

自分の意志で考えようとしない楽して稼ぎたいだけの心が汚れた人間に正しい方法を伝える
洗脳されまくった人間を強引に正常に戻す(もう取り返しのつかない人を救う)

結論、無理です。

こうした人達を完全に救いきることは出来ないという結論にいきつきました。正直、現段階において「バカは生きなきゃ治らない」と思っています。

だからといって、「バカがバカをみてもOKジャン」と言い放ち、5万、10万、20万するような教材を売りつけて搾取する役割は大変馬鹿げているので、絶対に私はやりません。

とはいっても、この泥沼領域を野放しにするのもキツイので、最終的にはこうした層にもリーチできればいいなぁとは思っています。

情弱に気づきを与える

じゃあ、どういう層だったらいいか?

彼らの...

「運命を少しでも良くできるか」

彼らの...

「未来をより良くしてあげれるか」

彼らにとって...

「強烈な価値になるか」

を考えた時に、その”彼ら”というのは、

自分で何かしら意識高くチャレンジしたいと思っているけど何から始めたら良いかわからない
ネットビジネス()に言語化できない違和感を抱いているけどもその実態について確証をもてない

このあたりだ、というのが私の答えです。

「あくまで探してみてる=初期フェーズ」「根っからの悪ではない」

こうした人達に気づきを与えることなら、僕だって、拙いながらも、SNSを通じ、実現出来ることを確信しました。

それは、Twitterを2年やってきて、沢山の方から「気づけてよかったです」「危なかったです」といった嬉しいお言葉を頂戴する機会が多かったから。


現状において「気づけた層」は気づけない

しかし、現状において、残念ながらこうした人達の行き着く先の体感80%は、

中途半端にマーケティングが上手で、一見まともそうに見える拝金主義者によって、扇動されているように思います。

そして、拝金主義者のほとんどが、いわゆる個人運営で、その雑さゆえに振り回されている。

こうした現状があると私は認識しています。


この状況を目の当たりにし、

せっかく、「個人で稼いでみたい、何かチャレンジしてみたい!」と思っても、正しく指南してくれる媒体がないから正しく推進できない。

それは勿体ない。

と、次第に思うようになったのです。


それに、現状において、「正しい方向性を向いた媒体」というのは、ほぼ無いと感じたのです。

それは資本主義という構造上むずかしいのです。


例えば、そりゃ、ぼくだって、数万とかでノウハウをパッケージングして販売すれば商売としては固いかもしれないけど


しかしながら、それが正しい方向性を向いた媒体だと言えるだろうか?

必ず情報の非対称性がうまれるわけで、そこの非対称性をガッツリとっていく方が儲かるのです。

しかし、早々にマネタイズするのは、ぶっちゃけ、他と同じ。

十把一絡げになりたくない。


たしかに、大昔、ぼくも、中途半端にマーケティング上手な人たちに対して、「すごい」と憧れを持っていた時期も、あります。

だからこそ、その危険性を知っているのです。


人は簡単に人を錯覚して信じてしまう。

イケ八ヤ先生も、「高知に行く!地方を変える!」と言ってた頃は、ボクも「良いジャン!!」と思ってたんですよ。

いや、錯覚してたと、言うべきなのか...。


人は同じ人であることにかわりはない。教祖なんて必要ない。

もう、エセインフルエンサーの時代は終わったのです。

こんな当たり前に思うこと、みんな気づき始めてる部分を、大きく顕在化させたいのです。


エセインフルエンサーだけが儲かる時代は終わり。



稼がせる!これからは個人の時代!

↑こんなことを豪語してた輩は、実際のところ、

耳障りの良いそれっぽい言葉をならべ、個人を食い物にしたかっただけ。

つまるところ、自分が一番儲かるようなモデルを構築したかっただけ。

それに多くの人が錯覚して、全員泥沼にドボンしていってたわけです。


そんな馬鹿げたムーブメントは終わるべきなのです。



細かくお伝えしておきます。注意点です。

僕は、あくまで、「気づきを与える」にフォーカスをあてて、これから活動していきたいのです。

情弱を救うわけじゃないというのがミソ。

ドライかもしれませんが、僕は情弱と深くはつきあいません。情弱は完全に救えません。あくまで情弱に気づきを与えるところまでが僕の仕事。

また、愚行に気づいてからというのも、自分の人生は自分でどうにかするしかありませんしね。


それに、包み隠さず、正直に言うと、個人ってお財布が小さくって、その、お財布が小さい人たちを相手に、ガッツリフォーカスをあててビジネスするのって、そもそも筋が悪いんですよ。

例えば、ぶっちゃけ、情強本と題して本の紹介とかしてますが、あれ、「SEOくんアフィカスじゃん、Amazonリンク多すぎぃ!」と、たまに言われるんですが、

実は裏側って、たしかにリンククリックはされてるけど、そのあと皆メルカリとかで買うので紹介料入らずで、大きく儲かりはしないんですよね...。

もちろん意味のあることだと思ってますが。

本も売れるから著者嬉しいし、購入者は正しい方向に勉強する機会が増えるし、僕はホンのちょっぴり、具体的には牛丼くらいはごちそうになれます。

WIN-WIN-WIN、めっちゃ真っ当なのですが、残念ながら、事業としては成り立ちません。。。難しいですね。。

これが、個人のお財布に限界があることを表す、分かりやすい例ですかね。

となってくると、コンサルやサロンなんてもってのほか。労力の割りに合わない。

なぜ、貴重な資源「時間」を使って、一人一人にコンサルをしないといけないか、まったく理解できない。

「稼がせる!」みたいに言ってる人は、ぶっちゃけたいしたことないと思ってる。

またオンラインサロンのような、「クローズドで面倒を見てやってる」という形式も、実は双方にとってよろしくない。(だからクラファン形式にしました)


また、情弱予備軍と言われる層、彼らのたった1人の運命を本当の意味で変えるのは、おそらく、会社組織じゃないと難しい。そもそもの話。

サラリーマンとして日々、周囲の同僚、上司に色々な角度からフィードバックをもらって、ようやく矯正される。

オンラインサロンとか、SNSでワケワカラン人についていくより、やはり会社組織で歯を食いしばって、努力するほうが遥かに生産的です。

でも、せっかく会社という枠があるのに、なぜか、逆行しようとする人は、おおいんですよね。

謎に、夢を抱いて会社組織から飛び出そうとしていたり、個人で稼ぐために悪手をとろうとしている、そんな人達は多いと思っていて、

そんな彼らに多くの気づきを与えるほうが、現実的だし、価値としては大きいはず。そんな考えに行き着いたのです。

結論、ビジネスモデルとしては、コンシューマーからはできるだけお金は頂かず、コンシューマーにとって役に立つサービスを、僕の視点からピックアップして紹介してあげる。企業からお金をもらう。

情弱に気づきを与えて、より良い方向に促す。その数を増やす。

薄利多売だけど、積み重なればNo.1は目指せる。

そうすれば、きっと、このモデルは存続する。必ず上手くいくはずだ。

と、このように考えたわけです。


そして昨今においても、

副業ってやったほうがいいかも?
個人で生き抜く力も必要なのか?
終身雇用制度ってどうなの?

といったふうに問われてきてる時代のように思いますし、少なからず「個人で正しく稼ぐことを知る」その価値はあると思っているんですよね。

実は、ホントは去年、この取組みを本気でやりたかったのですが、少し精神的に病んでしまって。。。

でも今は違います。病んだ時期も含め、これだけ考えてきたからこそ、価値を生める自信はあります。

わたしが今までつらつらとお伝えしてきた考えをもって、取り組んでるインフルエンサー()はいないとおもっているのも、取り組む理由の1つです。

既に世の中に無いポジションを作ること。そこ価値があると確信しています。

そして、なにより、過去の自分が

「こんなメディアあったら嬉しいな」

「見てみたいな」

と思っていたことを、ようやく創り上げることができる。

ホントに遠回りしてきたけど、今から取り組むことについて、自分自身でも大変ワクワクしているのです。


長くなりましたが、

いよいよクラファンの開催は明日になりました。

色々と非難されたり、

もしかすると、目標額を達成できず、

失敗に終わるかもしれませんが、


僕自身、すごく楽しみなんですよね!




P.S.

これからもSEOくんを応援してくれると嬉しいな。


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せお君。努力型凡人。コツコツと価値を提供し、成果を上げたい人向け。 人生急がば回れ。遠回りこそ、最大の近道。 WEBサイト → https://chant-kasegu.com/ Youtube → https://bit.ly/2X6he2v

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