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年賀状

昔、色々あった後輩にひさびさに年賀状を出した。

家賃が安いという理由で、ちょっとした訳あり物件に住んでいる、と本人から七年前に聞いていた。数年ぶりに年賀状を送る気になったのは、まだ住んでいるのか確かめてみたかったからだ。
アラフォーともなれば出会って1年で結婚してしまうこともある。心のどこかで、彼はとっくに新しい生活を始めていて、宛所不明で葉書が返ってくることを、私は願っていた。

明けた平成最後の正月。
年賀状は無事に届いて、同じ住所から返事が来た。
差出人をみる前に、文面の文字ですぐにわかった。
ご無沙汰してすみませんで始まる、あまりきれいじゃない文字に、人の良さそうな後輩の顔が浮かんだ。
とりあえず謝るなよ。またも君の人生にひょっこり顔を見せて、私は君を困らせたのではないか。

いかにもありがちな、子供と旦那と三人の家族写真を送りつけた自分を、後輩がどう思っているのか気にしても仕方ないけれど、無性に心が騒いだ。

連絡を取ろうと思えば、メールでもSNSでもいつだって出来る。そんな時代において年賀状は、理由もなく勝手に近況報告を許される、年に一度の無礼講だ。
その無礼講に恥も外聞も配慮もくそもあるかと、心の底で開き直りながら、やはりいつものように図々しい先輩から卒業できない己の業を、改めて思い知る正月だった。

私にとって、彼はいつでも遠い日の優しい光なのだ。
たとえ今が、どうであろうとも。

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