カプセル 2024.08


 ある小説を読んでいて、文中の───急にネクタイでもきりっと締めたくなってきた。をきりっと緩めたくなってきた。と真逆に誤読してひとりで笑った。それはどんな状態なんだろう、私の場合は歩いてる時だと思う。家を出て歩き出すと、すましているようで内心では緊張が拭えない。歩幅にそれが現れるから、せめて上半身ではゆるりとしたくて肩を落とす。心情的には内蔵も一緒に緩んでいる、風を装う。

 きりっと緩める。誤魔化し騙しの使い方じゃなく軽やかな生き方で使えたなら。

 家にたどり着けない時がある。家の前で他人の気配がするとああもう!と内心舌打ちをしつつ、何食わぬ顔で……時には毒々しい感情を隠しもせず家を通り過ぎ意味もなく周辺をウロウロとして恐々と戻る。病院からの帰り道もそうだった。左足がしびれていることに気付かず立ち上がったら見事に捻り、その足で立ち直そうとしたらまた捻ってすっ転んで折れたらしい。少しの間うおおぉぅ……と唸っていたものの、今まで大したけがをしたことがなかったから安静にしてたら大丈夫だろう。と軽く考えていたのに日に日に痛みが増してゆき、しぶしぶ整形外科に行ったら、”ここね、折れてるから。”と診断されてまあ仰天した。
 体を思い通りに動かせないとはこういうものか、いつもより外を歩くのが恐ろしい。早く家に戻って一息付けたい……と思ったのだがこのタイミングで家の前に人がいるではないか。隣人も玄関先で人と話している。こんなタイミングってある?その中に入って家に入る度胸は私にはない。素通りして近くの公園に行こうと思ったけどめったに行かないからたどり着けず、暑さで苛立ちが増す。医師に立ち仕事をすることも顔をしかめられたのに何をしているんだ私は……。もうファミレスでも行こうか、でも微妙に遠いしなぁ。ぐだぐだと歩いていると住宅街の中にある田んぼにたどり着いた。
 灰色の景色が続いていたなかに緑の稲穂と橙と青に染まる空が目いっぱいに広がっている。なんでもない風景のはずなのに、溜まり続けていた濁りが薙ぎ払われた。すごい、いつも気を紛らわせようと花壇や雑草を見てもこうはならないのに。とはいえそのまま清々しく家に帰るなんてことは簡単ではなく、まだ戻りたい気持ちにはなれなくて、コンビニに行きカフェオレを購入し、ふたたび家を通り過ぎて今度はたどり着けた公園のベンチでズゴゴゴ言わせながら飲み干してようやく帰った。


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