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どうして代田に、青森が?2人の男の出会いが生んだ、 “代田でしか”できない、りんごだけじゃない青森のお店。

4月13日、小田急電鉄が運営する複合施設「世田谷代田キャンパス」に、青森県の名産品などを販売するDAITADESICA(ダイタデシカ)フロム青森がオープンしました。

青森県黒石市の農業法人アグリーンハートと、代田の道具店ダイタデシカ、がタッグを組むことで誕生した同店。アグリーンハートの代表・佐藤拓郎さんは有機農法にこだわった「たくろん米」などを手掛ける農家である一方、地元の青森ではテレビ番組のレポーターとしても有名な人物で、“たくろん”という愛称で親しまれています。

そんな“たくろん”と共に同店を切り盛りしているのが、代田で家具工房や道具店を営みながら、全国のものづくりを紹介してきた「ダイタデシカ、」店主の南秀治さん。一見、つながりがなさそうな2人は、なぜ「DAITADESICAフロム青森」を始めることになったのか? そもそも、なぜ代田に青森のお店がオープンしたのか?

青森県の名産品と全国から集められた食器に囲まれた店内で、南さんと佐藤さんにお話をうかがいました。黒石市在住の佐藤さんはMessengerによるリモート参加です。

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「この人を応援したい」という思いから生まれた店

――「DAITADESICAフロム青森」はコロナの影響が最も大きかった時期のオープンでしたが、いろいろ予定通りにいかないこともあったのでは?

南:そうですね。そもそもオープンしてから、たくろんがまだお店に来られてないんです。だから、自粛が明けたら、何よりもまずお店を見てもらいたいな、と。

――そのたくろんさんですが、リモートで参加される予定ですがまだMessengerがつながらないみたいですね。

南:多分、まだ田んぼに出ているのだと思います(笑)。先に始めておきましょうか。

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南秀治さん。たくろんさんを待ちながらお話をスタート。


――そうですね。よろしくお願いします。まず単刀直入にうかがいますが、佐藤さんと南さんは長いお付き合いなんでしょうか?

南:いえ、初めて会ったのは去年の5月頃ですね。

――そうなんですか。こうしてお店をやられるくらいですから、以前からお知り合いだったのかと。

南:このお店を始めた経緯をお話しますと、まず1年前、小田急線の線路跡地に「世田谷代田キャンパス」が施設としてオープンしましたよね。そこで小田急さんが「代田の人たちとの距離を縮めたい」ということで、この街で道具店や家具工房をやってきた僕に声をかけてくれたんです。それから「世田谷代田キャンパス」の広場を使った朝市などを手伝ってきました。

その出店者の中に、青森県からいらっしゃった方々がいて、そこでたくろんが育てたお米やアスパラガス、にんにくといったものを販売していました。僕がたくろんのことを知ったのは、それが最初です。

そのとき知った青森県の食べ物がどれもびっくりするほど美味しかったこともあり、「世田谷代田キャンパス」に青森県の農家の方々が定期的に出品できるスペースを作ったらどうだろうという話が小田急さんから浮上してきました。だから、もともとはたくろんたちがお店をやるってことで、当時の僕はプロジェクトのメンバーのひとりに過ぎなかったんです。たくろんたちの活動を外野として応援するつもりでした。

――そのプロジェクトが立ち上がったのは?

南:去年の年末ですね。

――そこから4月オープンですから、急な話だったんですね。

南:はい(笑)。そのときはたくろんたちが中心になってやるって話だったんですけど、ちょうど同じタイミングで、僕の家具工房(「monocoto」)が入っている建物が壊されることが決まって。それで道具店の一部を工房に改装して、商品の一部はこっち(「DAITADESICAフロム青森」)に持ってくるということもできるなと思ったんです。

それでたくろんに電話をかけて、「一緒にお店をやるという可能性もあると思うんですけど、どう思いますか?」と聞いてみました。すると、「ぜひ一緒にやりたい」と即答してくれて。僕としては、工房の移転ありきの話だったんですけど、その反応を聞いていたらこっちも嬉しくなって、「この人を応援したい」という気持ちになりました。

――それで一緒に南さんが店主として経営することになったんですね。

南:ええ。結果的に工房の問題は解決しなかったんですけど、「この人と一緒にやってみたい」という思いのほうが大きくなって。今ではやってみて良かったと感じています。

――なぜ、たくろんさんは南さんと一緒にやりたいと?

南:それは……あ、ちょうどたくろんがつながったみたいなので、直接聞いてみてください。

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たくろんこと、佐藤拓郎さんも登場。

コロナ渦中のオープンでも売れ行きが好調だった理由

――ちょうど今、たくろんさんと南さんが一緒にお店をやることになった経緯をうかがっていました。

たくろん:テナントの話が最初に出たとき、わざわざ小田急さんがうち(黒石市)に来られたんですけど、そのときに南さんもいらっしゃったんです。

「この人は何にもメリットがないだろうに、なんでわざわざ来たのかな?」

と考えました(笑)。でも、「純粋に代田を盛り上げたい」という気持ちがすごくわかって、この人だったら信用できると思いました。

それに私は生産者ですから、小売業は素人なんですよね。だから、南さんがいてくれると心強い。それで相談していただいたとき、すぐ「ぜひ一緒にできたら嬉しいです」と伝えました。

南:たくろんと僕は考えていることが近くて。僕はものづくりの未来を変えたいと思っているけど、それは説教がましいやり方ではなく、とにかくいいものに触れてもらって、その結果としてものづくりの楽しさや素敵さを感じ取ってもらえればいいと思っています。たくろんは同じことを食べ物というフィールドで考え、実際に活動していた。ビジョンがあって、行動力もある。尊敬できるし、活動のスタイルも近い。応援したいと思ったのは、そこが大きかったですね。

――たくろんさんから見た、世田谷代田の印象は?

たくろん:第一印象は「人が歩いていないな」かな(笑)。でも、僕はその光景を氷山の一角として見ているんです。見えない部分にすごい可能性がある。世田谷代田駅の半径1キロ以内に3万5000世帯くらい住んでいるんですよね。しかも、周辺にスーパーもない。これは僕らがやろうとしている地域密着型のビジネスにとって、チャンスしかないと思いました。

南:ここは小田急沿線でも特殊な街で、駅前に八百屋とか肉屋といった生鮮食品の店がまったくない場所なんです。たくろんは自分でお米や野菜を育てているだけでなく、漁港や市場とのつながりもあるので、ここにお店を出せば、新鮮な食品がいつでも買えるようになる。だから、小田急さんから話を聞いたとき、代田の人は嬉しいだろうなと直感しました。それで「僕が行くことで力になるなら」と、黒石市に同行したんです。

実際にオープンしたら、住民の人たちがすごく喜んでくれて。これまで下北沢や梅ヶ丘まで行かないとスーパーがなかったのに、駅前で青森直送の新鮮な食品を買うことができる。コロナの真っただ中のオープンでしたけど、外出自粛の影響もあり、家庭料理の需要が増したんでしょうね。予想よりもはるかに売れ行きは好調でした。

青森県の名産品は「りんごだけじゃない」

――店内の品ぞろえの基準は?

たくろん:店のコンセプトは、「人とその物語を伝える」。ここで言う「人」は、生産者のことです。生産者の人柄と、その食品がどうやって生まれたかという物語を伝えたい。代田の人たちが青森の食品を通じて農業や漁業に触れてもらって、美味しい食べ物がどうやってできているかということも知ってもらう。そういう食育みたいなことをやっていきたいと思っています。

だから、基本的には私のセレクションというか、私が自分で選んだ青森の食品だけを並べてもらっています。自信を持っておすすめできるものしか仕入れたくないんですよ。あとは、みなさんがあまり知らない青森を紹介したいとも思っていて。

去年から代田でリサーチをしていたんですが、例えば私が青森で採れたスイカを持っていきますよね。すると、「えー、青森でスイカって採れるんですか!?」と驚かれる。私が育てているアスパラガスも同じ反応です。寒暖差があって水が綺麗だから、本当に美味しい野菜がいっぱい育つんです。それを伝えたいんです。

――実はお店に入った瞬間に思ったんですが、青森県の名産品を売るってなると、普通は真っ先にりんごを推しますよね。でも、ここはそれをやっていない。そこがすごくいいと思いました。

たくろん:そうなんですよ。りんごもいいけど、青森はそれだけじゃないと知ってほしい。それに魚介もびっくりされますね。青森は3つの海(日本海・陸奥湾・太平洋)に囲まれていますから、とんでもないくらい美味しい魚介がいっぱい穫れる。コロナの期間は加工場もちょっと止まっていたんですけど、やっと許可が降りたので、今後は魚介もたくさん瞬間冷凍で新鮮なものを届けたいと思っています。

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――南さんにとって、青森の食べ物の印象は?

南:いや、もう何を食べても美味しいです。

たくろん:ありがとうございます(笑)。

南:僕がたくろんを応援したいと思った理由は、さっき「ビジョンに共感した」って言いましたけど、そもそもはたくろんのお米がめちゃくちゃ美味しくて感動したんですよね。

――「たくろん米」ですね。全国で唯一「GLOBAL GAP」「有機JAS認証」「ノウフクJAS」の3つを取得したお米として作られています。

南:あれを家族で食べたときに、「今まで食べていたお米はなんだったの?」っていうくらいびっくりして。減農薬や無農薬の食品って、「こだわっているけど、美味しさはどうなのかな?」という先入観があったんですが、「たくろん米」は美味しくて安全で作っている人たちも面白い。この感動を代田の人たちにおすそ分けしたいって心から思いました。

もちろん、ほかの野菜や魚介も本当に美味しいです。たくろんが作っているアスパラガスも、東京のスーパーでは見たことがないくらい太くて瑞々しい。それもたくろんが夜明け前に収穫して、翌日には届くように送ってくれるから、現地で食べるような美味しさのまま代田の人たちに届けることができています。

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――店内の食器は南さんがセレクトを?

南:そうですね。土鍋やお櫃など、「ダイタデシカ、」では置いてなかったものも仕入れました。やっぱりたくろんは米農家なので、お米が美味しく食べられる食器を中心に全国の作家のものを集めています。

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都会にいながら農業の現場を感じられる、画期的な取り組み

――今回お話をうかがって、「感動したものをみんなにおすそ分けしたい」という思いが共通点なのかもと感じました。「自分や自分の商品を売りたい、知ってもらいたい」っていうより、「ここにいいものがあるよ」と伝えたい感覚が強いというか。

たくろん:私も南さんも、やりたいことは根本では変わらないと思っています。南さんは全国の作家さんを伝えるということをやられていて、私は農家を伝えたい。私にとっては農家もアーティストで、作物は作品なので、これは一緒だなと。

――まだまだコロナは予断を許さない状況ですが、逆にこの期間をポジティブに捉えて、新しいことをしてみようという計画はありますか?

たくろん:コロナの影響は何かと言われたら、私は生産者が消費者との関係づくりの大切さに気付かされたことにあると思っています。質より量でたくさん作っているだけではダメで、美味しくて良い食品を、適正な値段で買ってくれる場所とお客さんを育てる。それから食品がどうやって作られるか知ってもらうことで、一次産業の大切さも知ってもらう。さっき「食育」って言いましたけど、そういうことが必要になると思っています。

だから、私は前からお米や野菜の配達ビジネスをやりたかったんです。そうすることでお客さんともっと強いつながりを作れますから。ここで6月からスタートしましたが、まさに時代の先手を打てたと思っています。


――コロナでお店の営業が不振だから始めたわけではなくて、以前からそういうビジネスが必要だと考えていたわけですね。

南:配達のほかにも、農業を身近に感じてもらうための試みとして、会員制の「だいたんぼプロジェクト」も展開しています。これはたくろんたちが育てる田んぼのお米を食べる権利を購入してもらうプロジェクトで、一定の量を定額で買ってもらうものではありません。その年の気候によっては、収穫量が予定よりも少ないかもしれない。その場合は、少ない中でみんなで分け合っていただく。でも、これって本来は当たり前のことなんですよね。

食べ物は工場でスイッチを押して作られるわけじゃない。自然の中で誰かが苦労しながら作っているわけです。予定通りにいかないこともいっぱいある。こういう仕組みにすることで、世田谷と黒石市は遠く離れているけど、あたかも隣の畑で作っているような感覚をもってもらえるんじゃないかと思っています。

――欲しい量に対してお金を出すのではなく、「代わりに作ってもらう」ことにお金を出すということですね。画期的な取り組みです。

たくろん:僕のお米では品種を表示していないんですが、それは同じ品種でも同じ作り方でも、作り手と環境によって味が全然違ってしまうからなんですね。私の田んぼでも、気候が違ったら毎年味が違う。それを知ってもらいたいし、それをわかったうえで、「ここのお米を買いたい」というファンを増やしていきたい。それが農家にとって今後重要になっていくと思っています。

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――南さんはこの場所をどんなふうに発展させていきたいと考えていますか?

南:コロナがどうなるかはわからないですけど、ゆくゆくは、目の前の広場に人が常に座っていたり、子どもたちが遊んでいたりする場所にしていきたいと思っています。そのために僕たちができることを、どんどんやっていきたいですね。

――商品を売るってことも大事ですけど、まずは人が気軽に集まって、青森や生産者の方々のことを知ってもらう場所にしたい、と。

南:そういうことですね。定期的にここに来たくなる理由さえあれば、商品は確実に喜んでもらえるものをそろえていると思っているので。

――そして、たくろんさんは……。

たくろん:まずはお店に行きたい(笑)。そして、早くみなさんに会いたいです。その日の朝に採れたアスパラガスを持って行こうと思っています。

――それはぜひ食べたいです! 会える日を、楽しみにしています!


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佐藤拓郎さん(たくろん)
アグリーンハート代表取締役/農音楽家。黒石市観光大使や青森県学校教育サポーターも務めるほか、テレビ番組のレポーターとしても青森県を中心に活躍中。

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南秀治さん(写真左)
代田で、家具工房monocoto、ありがとうを届ける道具店「ダイタデシカ、」を営むほか、「世田谷代田ものこと祭り」の発起人、実行委員でもある。DAITADESICA フロム青森のみなさんと共に。


撮影/石原敦志 取材・文/小山田裕哉 編集/木村俊介(散歩社)


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