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ビジョン|私がコロナ禍の旅館を継いだ理由

はじめに

「扇芳閣」公式Noteへご訪問いただき、誠にありがとうございます。

5代目・経営者の谷口優太です。今回は「扇芳閣」の「Vision|ビジョン」について綴っています。4~5分程度で読める記事です。お付き合いいただけますと幸いです。

旅館「扇芳閣」のビジョン 

私たちは「世界中の子育て家族から愛される上質な旅館になる」を会社のビジョンとして掲げています。ここでは、このビジョンに至るまでの大事な経験を紹介させてください。

①子ども時代の経験

「よっ!扇芳閣の五代目!元気かい!」

小学校へ続く通学路を歩いていれば、白い鉢巻を巻いた寿司屋の大将が、威勢のいい挨拶をしてくる。「谷口優太」という本名ではなく「よ!旅館の五代目」と呼ばれる少年時代でした。

「社長の息子!五代目!」と聞くと、品の良い箱入りのお嬢様や、会社のお金に手を付けるドラ息子を連想される方もいらっしゃるかもしれませんが、私も(そこまで極端ではないですが...)例に違わぬぐらい、とても恵まれた家庭に育ちました。

レスリング、野球、相撲、バスケ、陸上、塾…。毎日休みなく習い事に通い、家に帰れば元教師の母が、宿題を解説してくれる家庭でした。

山頂にある家を一歩出れば、広大な森と川が広がっていて、放課後に友達と自宅の裏庭にある、背丈よりも遥かに高い「ヤマモモの木」に登り、鳥羽のゆったりと流れる海を眺めるのが好きでした。

②大きな分岐点

何の不自由もない人生を過ごしていた私に大きな衝撃が走ったのは高校1年生の秋のことでした...

「とっちゃん(父)が倒れて意識不明なの…」

夏の暑さが残る2008年9月11日。文化祭の途中だった15歳の私は、電話口ですすり泣く母の声を聴き、急ぎ足で近鉄の特急電車に駆け込み、東京・飯田橋にある逓信病院に向いました。

夜9時を過ぎた頃、病院に着くと、沢山の人がいる中をすり抜け、ICU(集中治療室)に通されました。そして、そこにはベットに静かに横たわる父の姿がありました。

③父との思い出

「最後に父と交わした会話は、何だったのだろうか?」

旅館の四代目・経営者、また旅館再建コンサルとして多忙だった父。同様に、野球・陸上などの部活動に邁進していた私。中学を過ぎた頃から、徐々に親子の会話は減っていきました。振り返ると、出張に出て行く父の後姿は残像があれど、交わした最後の言葉は、記憶に残っていませんでした...

お父さんの意識が戻ったとすれば本当に奇跡です
現実的には、非常に難しいことを理解してほしい

主治医から突きつけられた言葉は、当時高校生だった私にはあまりにも唐突で、受け入れ難いものでした。それ以降、亡くなる2020年10月までの約12年間、父は昏睡状態から意識を取り戻すことはありませんでした。

学校の帰り道、旅館のレセプションの前を通る度に、つい先日までそこで接客をしていた父の背中を思い出しました。

「父さん、お疲れ様、いつもありがとう!」というシンプルな感謝をどうして伝えられなかったのか、と悔やみ、「父」という当たり前の存在が、どれだけ特別で、かけがえのないものだったのかを自覚する日々が続きました。

どうして旅館を継いだの?
どんな旅館を目指しているの?
母さんのどこに惹かれて結婚したの?

父に聞きたかった質問は沢山あれど、もう聞けなくなってしまったと思うと「もう少しでいいから、家族との時間を大切にしておけば良かったな」と自分自身を責めるばかりでした。

④旅館を引き継ぐ

「旅館を切り盛りする母を少しでも早く楽にしてあげたい」という思いから「大学卒業から5年で旅館を継ぐ」という区切りを決めて社会に飛び出し、5年後の春に、27歳で旅館を継承しました。

旅館を引き継いだ私に与えられた最初の仕事は「これから『扇芳閣』をどうしていきたいのか?」をスタッフに伝えることでした。父が倒れてから12年間、祖父母と母は居たものの、チームを牽引するリーダーが不在だった組織には、どの方向に進んでいくのか、という「Vision|ビジョン」はありませんでした。

「なぜ、旅館をするのか?何を目指すのか?」

そう問いかけると、自然と湧き上がってきたのは、父や家族との旅行の思い出でした。旅館の繁忙期が落ち着く夏の終わりに、家族一緒に行ったキャンプ場。父と一緒にアユを釣り、焚き火を囲んだ景色が蘇ってきました。

子ども、お母さん、お父さんに
かけがえのない一瞬を過ごして欲しい

それが、私が最も人生を通じて実現していきたいことでした。多忙だった父と私。家族旅行に行けたことは、片手で数えられるほどしかありませんでした。でも、そんな片手ほどしかない思い出でも、振り返れば人生の中では数少ない「何ものにも代え難い、大切な一瞬」でした。

⑤子育てをする家族に、優しい上質な旅館になる

そのような思いから「世界中の子育て家族から愛される上質な旅館になる」ことを私たちは目指しています。

子育て家族から愛される旅館を目指すにあたって、沢山のお母さん、お父さんに「子どもと行く旅行」についてお話を伺いました。すると、皆さん口を揃えて「子どもを連れての旅行は、大変なんです…」と仰られました…

食べれるものが限られていたり…
長距離の移動は子どもには難しかったり…
ベビーカーや玩具など、持ち運ぶ荷物が多かったり…

等々...

子連れ旅行と、そうでない旅行を比べると、その大変さ(気を使うこと)には天と地ほどの差があることがわかりました。

幼いうちから、子どもを色んなところに連れて行ってあげたい!
でも… 大変だから、小さいうちは、やめておく

お母さん・お父さんの「旅行に行きたいけれど、行けない...」というジレンマを軽減し、家族で旅行がし易い環境や、家族に優しい旅館をつくっていくことが、私たちの目標です。

「大切な人を、大切にできている『社会』に変えていく」

小さな田舎の旅館が「社会を変える」などと大それたことを言うな、とお叱りを頂くこともあります。

私自身、欧米での仕事や留学の経験を経て、日本は海外と比べ、労働時間が長く、家族や友人と過ごす時間が短いことを肌で感じました。そんな日本人にとって「自分の近くにいる大切な存在に気付くこと」は、これからの幸せを考えていくうえで、大切なヒントになると思っています。

子育て家族に愛される旅館づくりを通じて「あなたや、あなたの大切な人を大事にしよう」という思いを発信し、これからの日本社会に一石を投じていくことが、私たちに与えられた使命であると考えています。

旅を通じて、人の心は繋がり、満たされ、日本、そして世界はもっと豊かになると信じています。少し話が飛躍しましたが、旅館「扇芳閣」は、そういう視点を持ち、これからの旅館経営を行っていきたいと考えています。

"世界中の子育て家族から最も愛される上質な旅館になる"
~すべては、あなたの大切な人を、大切にできる社会の実現のために~

旅館「扇芳閣」 五代目経営者 谷口優太


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本記事は、旅館「扇芳閣」が「子育て家族に愛される旅館」へと変化する過程での「試行錯誤」や「学び」を整理し、その過程で奮闘する様子を綴ったものです。

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