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第60話 厳しい退院基準

 台湾では、コロナ感染者は全員入院の上、陰圧病室に個室隔離される。そして、症状軽快後に3回のPCR検査で陰性が続けて出ないと退院できない。すなわち、陰性、陰性と続いても、次陽性だと、もう一回最初からやり直し、ということだ。結果的に入院期間がとても長い。中央値が27日。入院期間が一番短い人で7日、一番長い人は80日。ほとんどの人は、入院期間の終わりでは症状消失しており、ただ検査で陰性が出るのを待っているだけの状態になっていたという。

 コロナ発生当初は2回陰性が続くことを退院基準としていたが、中国で同じ基準で退院した人が退院後に再度検査陽性になったという報告を受け、基準を厳しくしたという経緯がある。ウイルスの感染力がどれぐらい維持されるのか不明瞭だったときは、この対応で良かったのだと思う。

 しかし、新型コロナウイルスの実態がより明らかになった今、台湾の退院基準は厳しすぎるし、医学的にはやりすぎだ。症状改善後のPCR検査陽性は、単にウイルスの断片を拾っているだけで、感染力のあるウイルスを見つけているわけではない。退院時または隔離解除時にはPCR検査を行わない国も多い。この方が、実務的かつ現実的だと思う。

 推測するに、ウイルスの実態がより明らかになる中で退院基準を緩めても良かったのだろうが、台湾では病床にも検査能にもゆとりがあったので、あえて基準を変更する必要もなかったのだと思う。莫大な医療コスト(+被隔離者の自由剥奪という社会的コスト)だが、それを負担してでも慎重な態度を崩さなかったのは、感染者を差別から守る/社会混乱を避けるという目的もあったのかもしれない。PCR検査ひとつとっても、「感染流行規模に応じて使い方が違う」ということを国民/マスコミはなかなか理解しなかったので(日本でも似たような状況だったが)、ましてや退院基準を変えたら、とんでもないことを言い出す人がいたかもしれない。科学が理解できない人は必ずいるのだが、やっかいなのは、誰でも発信できる世の中であるのに加え、台湾ではメディアが情報を精査せずに無責任に発信するので、世論が混乱に陥りやすいのだ。

 コロナ入院患者残り5名という状況になっていた2020年6月10日の記者会見で、近々退院基準を見直すことを政府は発表した。症状だけで判断(=検査なし)というのはどうやらハードルが高いらしく、「検査2回連続陰性」に戻すらしい。医学的見地からは、退院のためのPCR検査は不要だと私は思うが、国民の納得感/社会的合意という意味では(医療側に余力もあるし)妥当なところだろう。コロナの退院基準は、純粋な医学ではなく、「科学を尊重した政策」だということを私も学んだ。

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