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2021|作文|365日のバガテル

偶然の旅行者

主演 ウイリアム・ハート
パンダが好き。ボーダーコリーが好き。バーニーズ・マウンテンが好き。コーギー好きそれも断尾しないカーディガン・コーギーが好きということで観た映画『偶然の旅行者』。主演のウイリアム・ハートは映画『スモーク』や『ペスト』など、80年代から90年代にかけて、良い作品のヘッドライナーとして活躍していた。コーギーのモフモフ目当てで観たはずなのに、ストーリーが素晴らしくてぐっと来た。それ以来、その後30年近く今にいたるまで、俺は“偶然の旅行者”というフレーズをちょいちょい使ってテキストを打ってきた。原題は『THE ACCIDENTAL TOURIST』。邦題がこれでもかっていうくらい的外れな作品があるけれど、これはそうじゃなくてよかった。それで、何をメモしておこうと思ったか。例のウイルスによって長期旅行が憚られる昨今。実際的な旅というものが夢物語のように思える。どういうことが旅だっけ? “GO TOキャンペーン”に踊れば旅だっけ? ふと、そんなことを考えた。

主演 綾瀬はるか
旅に出たくなるきっかけといったら、何を思い出すか。90年代のテレビコーマシャルで耳に残っている“知らない日本を見てみたい”っていうフレーズ。それから、2000年代のジャックスカードのコマーシャルとANAのコマーシャル。山下達郎さんの名曲『蒼氓』をBGMに村上淳さんがフォトグラファーを目指すシリーズもの。それとモンドグロッソの『ライフ』をBGMに本上まなみさんが沖縄に飛ぶやつ。モンドグロッソの『ライフ』を使って、ANAはハワイ版にアップグレードしたやつを数年前にコマーシャルしていた。ハワイにはまったく反応しなかった。沖縄の方が旅の何かがある気がするから。だけど、アップグレード版にキャスティングされた綾瀬はるかさんにはぐっときた。彼女の透明感は、本上まなみさんより旅する彼の地へのノスタルジアを感じさせるからだと思う。とにかく、旅した先にある景色や情景に馳せた思いがいよいよ収まりつかなくなる。それが俺の旅立ちたくなる1番の理由だろう。旅につきまとう不安や心配や未知数なハプニングを上回ってしまう、そこにあるであろう美しき景色、素敵な場面、びっくりする出会い、笑ってしまう出来事たち。パッキングする段階で、心配事のいくつかは具体的に想像と予測ができる。だけれど、出発してから彼の地まで、素晴らしいものは想像すらできない。何かがあるという高揚感だけ。傾向と対策という規範に飼いならされた俺たちが、まるで映画の主人公になったようにフレッシュになれるのが旅なんだろう。

主演 ジャスティン・ピアース他
例えば。こっちの社会(クラスとか職場とか)では、なかなかツライあたりをされていたとする。だけど、そういうモヤモヤを飛び越えて旅した先では、ヒーローみたいな歓待を受ける可能性だってある。そういうった暗転が繰り広げられるのも旅の良いところだと思う。だから、世界がぜーんぶ一緒の文化みたいになったら、それこそ逃げ場がなくなってしまうような気がしてならない。だから、何でもかんでも均一化っていうのは、未来のどこかで首をしめることになるかもしれない。これは倫理の部分じゃなくてね。このような飛行機や車や電車なんかを使って、一気に環境を変化させる旅があれば、もう1つ。卑近なところでの偶発的な旅がある。その瞬間、長いこと旅してきたんだと思えて、ぐっとくることがある。どういうことか。自分でもよくわってはいないところもあるのだけれど………………。
20年前、この店を開くとき、友だちが新しい本を創刊させた。そいつは、大学の卒業旅行で一緒にニューヨークに行ったときに、自分にアメリカン・トイの魅力をうえつけた張本人だ。ワシントン・スクエアパークで、ラリー・クラークが、映画『KIDS』の撮影をしていた。もしかしたら、この映画のプロデューサーだったガス・ヴァンサント監督も、そこにいたかもしれない。大好きな映画『小説家を見つけたら』や『ドラッグストア・カウボーイ』などは、すべてガス・ヴァンサント監督によるものだ。そいつは、『KIDS』に主演していたスケーターのジャスティン・ピアースやハロルド・ハンターが好きだった。あの時から3年後、そいつは彼らに会いに行き、ハロルド・ハンターに取材はできたが、ジャスティン・ピアースには会えそうで会えなかった。そして、その後すぐに、ジャスティン・ピアースは亡くなってしまった。とにかく、ニューヨークにいれば、ここに来たからこその何かが目の前にあるっていうのは実感した。俺とそいつは、ソーホーやマンハッタン、ブルックリンやコニー・アイランド、トライベッカやグリニッジ・ヴィレッジ、おもちゃ屋かコミックショップを見つけると、ドアを開けて入っていった。そのショップで1番のお気に入りを見つけると、たいがいそれはティム・バートンの『ナイトメア・ビフォアー・クリスマス』のジャックか、『レン&スティンピー』のスティンピンーのブリスターパックなんだけれど、拙い英語で持参した鉄人28号の超合金とトレードしようと持ちかけていた。そいつは、ニューヨーカーのおもちゃ屋が、ガンダムじゃなくて鉄人とかライディンーンとかマジンガーZの超合金を好むのを知っていた。そして、ジャックやスティンピーが当時の日本には全然入ってこないとボヤいていた。観光しておこうと言って、旅の終盤に立ち寄った今はなき大型トイショップのFAOシュワルツ。(観光もおもちゃ屋かよ)って思ったけれど、そいつは、そこで売り出されたばかりのスティンピーの特大もこもこのぬいぐるみを買おうかどうか、散々迷っていた。結局、あきらめて帰国した。そして、そいつだけまんまと留年していた。どんなにネットが便利になっても、あのFAOシュワルツのスティンピーのぬいぐるみは見つからない。今でも、そいつに会うと、あのときに買わなかったことを悔やんでいる。卒業後、そいつはバイトしていた輸入系おもちゃ屋でそのまま働くものだと思っていた。しかし、そいつは、俺に後を任せてさっさと辞めてしまった。数年後、俺は独立して、下北沢でおもちゃ屋をはじめた。そいつは、同じタイミングで、出版社から独立、自分でマガジンを発行するようになった。それが20年前の話。そして、20年後の今も、俺は毎日店に立っている。そいつのマガジンも細々ながら続いている。大震災の日、東京も激しく揺れたときもこの店にいた。大雪や台風でも、とりあえず店に立っていた。娘が生まれるときは慌てて店をしめて電車に乗った。そいつの息子に初めて会ったのも店でだった。そいつに抱っこされた子は、ようやくヨチヨチ歩きができるようになったくらいなのに、髪の毛は黒々ともっさりと生えていて、眉間にしわを寄せてこちらを見る顔は、思わず部長!って言いたくなるほどオッサンだった。店にあるホットウィールのアメリカンなおもちゃが気に入ったようだったので、欲しいといったやつ全部をくれてやった。おもちゃをたくさんもらうなんて初めてだろ? いつもならお母さんに怒られちゃうかもな? って思って、抱えきれないほどホットウィールを持たせてやった。たまにはこういうハプニングもいいだろうって。喜んでたなあ、息子くん。そして、そいつも。おたがい、独立して、財政的にいっぱいいっぱいでやってるときだった。それから、息子くんと数枚写真を撮って、「いつでもおいで!」「またな!」ってバイバイした。どうせ、すぐ会えると思っていた。たまに、成長した姿を見て、くだらないギャグを言い合えると思っていた。そいつとの友人関係は、途切れることなく今日の今日まで続いている。ただ、息子くんとはそれから会うことはなかった。そいつから、息子くんの近況はその都度聞くのだけれど、どうやら奥さんの実家にいるらしかった。離婚したと聞かされたのは、離婚してから10年経った頃だった。水くさいと思ったが、そういうことに対して、ひとりで向き合い続けたいという考え方は、そいつらしいところでもあった。だから、俺も何も言わなかった。とにかく、俺はそんなこと以上にいろいろ日々やることはあって、自分の家族にもいろいろドラマがあって、世の中もいろいろあるけれど、店に立ち続けた。誰かがたまにふらっとやってきてくれる。お客さんがやってきてくれる。業者さんとお茶を飲む。先週は、遅れていた新作アイテムがアメリカからどっさり届いた。昨日は、常連さんがホットウィールの取り置きをピックアップに来た。そして今日。音もなくふらっと人影が揺れた。ぱっと見ただけで、だいぶ背が高いのがわかる。こっちを見て、会釈した。(はて。知り合いか? それにしては若いな)。それからの記憶は、感情的な温度とか色とかでしか言い表せない。ぐっときたというやつ。ぐっときて、なんかあつくなって、わぁってなる感じ。俺の中でそういった変化が起きているのは間違いなかった。だが、表面的にはいたって冷静に、「息子くん? 久しぶりだね!」と声をかけていた。ほぼ20年ぶりの再会だった。大学進学で上京してきたという。この店のことも、そいつから聞いてて覚えているという。再会するまでにだいぶ時間がかかったけれど、こうして、思いもよらない日にそれが起きる。20年間、店に立って見たきた景色と情景。見慣れている、いつもとあまり変わらない景色と情景。だけど、それがひたすら続くのかといえば、そうではない。昨日は昨日、今日は今日、そして明日は明日で何かが違う。そして今日のように嬉しい偶然の来訪者があったりする。『偶然の旅行者』のように出発する旅があれば、こうして『偶然の旅行者』がドアをあけてやってきてくれる旅もある。
これもまた旅の出来事だと言っていいんじゃないかと、俺は思う。久しぶりに撮影旅行、オヤジ旅に出発する直前のメモ。


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