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洗顔の歴史をたどってみた

こんにちは!洗顔王子です。

洗顔という行為が、いつから日本人の当たり前の行為となったのでしょうか?今回はそんな洗顔の歴史についてたどってみました!

いろいろと探ってみましたが、結論からいうと、明確に示されているものは、現時点では見つかりませんでした。残念…。
しかしその中で、おそらくこの時代からであろうと想定できる資料に出会うことができました。洗顔愛好家の皆さまには是非とも一読してもらえたら嬉しい限りです。

洗顔という習慣は江戸時代からが濃厚

洗顔の歴史をたどっていくうちに、2つの本に出合うことができました。

1つは、『女重宝記(おんなちょうほうき)』という本です。

『女重宝記』(おんなちょうほうき)は、江戸時代に編纂された女性用の教訓書。当時の女性が必要とした知識が採録され、一之巻には嗜み、二の巻には祝言、三の巻には懐妊、四之巻には諸芸、五の巻には雑学が記されている。文章も平易で挿絵も多く、当時の家族制度・家庭生活における「女の一生」のあり方に即した内容になっていることから、女子教育の場において広く用いられたそうです。(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)

その中に、「手水(ちょうず)の粉は、紅葉(小麦の麩)、待兼よりは、赤小豆の粉、緑豆の粉をつかひ給うべし。肌細やかになり、汗疹、にきびなど出ず」とあります。

手水(ちょうず)の粉とは、洗い粉のことを指していて、顔や手を洗うのに、当時は糠(ぬか)や麩(ふすま)を使っていたそうですが、小豆や緑豆を使うと肌が細やかになると書かれています。

女性のたしなみとして、毎日欠かさず白粉を塗り、家人が起きてくるまでに髪を整え、お歯黒をし身支度をきちんと整えておくことが当たり前の時代だったそうなので、それを毎日洗って落とすことが必要だったと思われます。

そして2つ目は、江戸時代後期、1813年に書かれた美容本『都風俗化粧伝(みやこふうぞくけわいでん)』という本です。

都風俗化粧伝は、日本の美容史に残る大ベストセラー本であり、大正末期まで100年以上読み継がれた本だそうです。この本には現代につながる様々なスキンケア術も記されているとのことです。

その中で、洗顔については、「毎朝、湯を使うときに、熱いお湯で顔を洗うと顔にシワが出る」「強く糠袋をあてて洗うと、顔のきめを損じる」など、今読んでも「なるほど!」と思えるアドバイスが数々と記されているそうです。

このような2冊の本から、洗顔という行為はおそらく江戸時代、今から200年以上前から引き継がれてきている日本人の習慣だといえそうです。

国民的な規模で洗顔が当たり前になったのは明治時代

そして、洗顔がより国民に身近になり、根づいたのは明治時代。きっかけは明治政府の「富国強兵」政策に基づく「衛生政策」によるものと考えられています。

当時の衛生行政において最大の問題は伝染病予防対策でした。コレラは、明治10年から24年頃までにわたって大流行し、痘瘡や赤痢も相次いで流行しました。当時の環境衛生は極めて劣悪なうえに、文明開化に伴う産業発展、交通の発展が、伝染病流行の温床になっていたようです。

そういった中で、公衆衛生の普及活動によって、国民生活の中に石鹸やクリームといったものが加わることになります。また石鹸が日本でつくられるようになったのも、まさにこの頃、明治時代と言われています。

ただ当時、石けんなどはとても貴重品だったので、一般の人が毎日使う事はできなかったといった話もあります。その後、昭和に入り、日本産の石鹸がだいぶ普及したそうで、それにより一般の人でも固形石鹸で顔を洗うことが普及していったと言われています。

ですので、洗顔は明治時代の富国強兵のための衛生施策から、そして石鹸を使った洗顔の広まりは昭和に入ってからという説が有力ではないかと考えられます。

そして、最近では美容やスキンケアの基本として、「洗顔」は注目されています。近年の洗顔の動向についてまた次回以降へ。

以上、「洗顔の歴史をたどってみた」でした。

少しでも面白がっていただけたら嬉しいです。また更新しますね!

#洗顔 #洗顔協会 #洗顔の歴史  

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日本洗顔協会の代表センガニスタ。『洗顔』好きが高じて協会設立メンバーに!洗顔や肌活(肌のために意識していること)、日々の気づきなどを中心に綴っています。https://kyokai.fans.ne.jp/sengan/exam/exam.php?eid=27