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“遊学”という言葉を知っていますか?

どーも。sennchannです。

昨日は日記はお休み、今日は勉強はお休みとのんびりしておりました。

休むことも大切です。明日は勉強します!


1.遊学という言葉

さて、今日はみなさんにある言葉を紹介したいと思います。

遊学”という言葉ですが、みなさんご存知でしょうか?

インターネットでその言葉の意味を調べると、このように出てきます。

故郷を離れ、よその土地や国へ行って勉強すること。

現代で言う、留学とほぼ同じ意味になります。


2.福沢諭吉にみる遊学のかたち

この言葉はよく明治時代の初期に出てきます。

例えば、『今こそ名著 学問のすすめ 独立するということ』(福沢諭吉著、道添進編訳、日本能率マネジメントセンター)にはこのような表現が出てきます。

1854年(安政一年)蘭学を志し、長崎に遊学。

福沢諭吉は当時19歳、砲術を学ぶという名目で長崎に行き、蘭学を学んだようです。

また、福沢諭吉はその翌年、

1855年(安政二年)長崎を去り、大坂の緒方洪庵の「適塾」に入る。

※適塾・・・蘭学者 緒方洪庵が開いたもので、オランダ語の習得を通じて西欧の医学や科学にふれる自由闊達な学びの場であったとされる。

適塾の塾生には、福沢諭吉の他に大村益次郎橋本佐内などがいたが、塾生たちは勉強後には羽目を外していたようであり、このような話が残っています。

夜点の提灯をたたいて破ったり、往来でわざと喧嘩のまねごとをする。「わっ、塾生たちがやってきた!」と、近隣の商店は慌てて戸を立てたという。
徳利に動物の骨などを詰めて焼き、硝酸アンモニウムの生成に挑戦したりしていた。これが異臭を放ち、近所中の大ひんしゅくを買った。

このように見ると、江戸末期から明治初期にみる学問とは自由闊達でまさに、遊び心から生まれる、まさに遊学だったのかもしれません。


3.「難しきことを、ひたすら面白く」

また、適塾に属した福沢らのモットーは「難しきことを、ひたすら面白く」というものだったようです。

現代はインターネット社会であり、検索すれば出てくるので、知識など要らないという論調も強く感じます。

しかしながら、元々脳の中に知識がインプットされている状態であるからこそ、その状態で物事に触れたときに出てくるアウトプットというものが存在すると思います。

そういう意味で、知識のインプットというのは重要なのではないでしょうか。


もう一つ思うのは、なぜ多くに人が学問をやめてしまうのか。それは、単純に面白くないからだろうと思います。義務教育内で学ぶことの面白さは軽視され、カリキュラムをこなすということに主眼が置かれてるからであろうかとも思います。


そのような現代においても学問を続けているものの1つが法科大学院生ではないでしょうか。

司法試験に合格するのももちろん大切ですし、法曹になることも大切ですが、最も大切なことは学問で遊ぶことであると思います。まさに遊学の精神です。

知らないことを知るということを面白がる。学ぶプロセス自体に面白さを見出す。学ぶこと自体が目的という感覚。

「司法試験という難しきことを、ひたすら面白く」


京都の地で僕が目指すもの、まさにそれが遊学の精神です。

日本人であれば一度は読んだ方がいいと思いますよ😎

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ありがとうございます!!!
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「日本のGNH(国民総幸福)を向上させたい!」と願う25歳の若者がゆるく弁護士を目指す日々の記録/某大手重工メーカー営業3年→京都大学法科大学院/元トライアスロン国体代表/燃え尽き症候群罹患経験あり/遊学の精神/法学/心理学/精神医学/ウェルビーイング/フィンランドに行きたい

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