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ニューヨークのキットカット

空港の出口を抜けると、そこはNewYorkだった。
でも私が想像していたNew Yorkとは違っていた。
当時の私は交換留学でNewYork州の大学で1年間すごすべく、日本を飛び出した大学生だった。このnoteは当時の私が書き残したメールの下書きを思い出しながら書いている。

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私がNewYorkに期待していたのは、まずはCityの景色だった。立ち並ぶ高層ビル、多国籍な人々がごちゃごちゃになっている感じ。カオスの中に活気がある、いかにも!というものを想像していた。

しかし、私が降り立った実際の空港は小さく、同じ便に乗り合わせた乗客は30名程度。それもそのはず。そこは国際空港ではなく、AlbanyというNewYork州の州都にある国内旅行者向けの空港だったのだ。到着するとすぐに私以外の乗客たちはそそくさと自分の目的地へ散っていった。期待とのギャップの大きさに、私は広く薄暗いロビーにポツンと立ちすくんでいた。

そもそもよく考えたら、日本からNewYorkにたどり着くまでに2回も飛行機を乗り換えたのがおかしかったのだ。安さ重視でチケットを取ったため、フライトの条件は最悪だった。デトロイト州の国内線空港から乗った最後の便は、もはやジェット機。案内された席では、前の人が食べ終わったクッキーのごみが無残に残されていた。日本の航空会社の整備のクオリティの高さを痛感した瞬間だった。

フライト中は激しく揺れた。しかし、安定しない機内の中でもドリンクのサービスはついてきた。搭乗前に熱いブラックコーヒーを飲んだゆえ、船酔い状態の私はフライトを楽しむ余裕なんて一切なかった。

ヤバい、吐くかも。すがる思いでようやく来てくれたキャビンアテンダントに

「Hot water, Please..(お湯をください )」

とお願いした。
彼女は明らかに怪訝そうな顔をして

「You mean, Tea?Coffee?(それはお茶ですか、コーヒーですか?)」

と再度私に尋ねてきた。

「Just hot water works!(お湯でいいんです!) 」

彼女は納得しきれていない表情で、揺れる機内で熱湯とキットカットを渡してきた。熱い。やめて。怖い。そんなグロッキーでスリリングなフライトは3時間ほど続いた。

フライト回数、3回。時差は13時間。ふらふらになりながら空港を出て、適当にタクシーを捕まえた。見知らぬNew York州の州都、Albanyの街中を、知らないおじさんの運転に任せて走り抜けていく。どうにかついたホテルでは、荷物を置くなりベッドへダイブ。そのまま12時間ほど爆睡した。

NewYork時間朝の5時。私はようやく目を覚ました。
仰向けになると、見慣れない天井が広がっている。LINEでは到着報告を待つ家族からのメッセージを受信していた。
すこしずつ、自分が今、New York の田舎のホテルの一室に存在していることを認識していった。想定以上に田舎とはいえ、私は今、NewYork にいる。カーテンを開けると、うっすらと夜が明けはじめているようだった。

私は今、NewYork、私はいまNew York。

そう唱えると、心の中で静かに火が灯ったような感じがした。

小心者の私は大学の寮へのチェックインより2日前に現地入りしていたので、時間にはずいぶん余裕があった。特に何をする予定もない。自分次第でどうにでもできる時間と自由を手に入れた。言い方を変えると、土地勘も知り合いもまったくいない中、サバイバルする必要がでてきた。

「これから始まる2日間とその先の1年間をどう生きようか?そもそも生きていけるのか?」

この自己への問いかけに対し、不安な気持ちの方が大きくなってきた。思わずカバンから機内で渡されたアメリカのKitKat を取り出し、一口齧ってみた。当時一緒に渡された熱湯の熱で一部溶けていたが、味はおなじみの味。

「国を超えても、美味しくいただけるのはなんて幸せなんだ。」

不安と期待でうずく心が、じんわりと柔らかく温かくなっていく。たかが1枚のキットカットに対し、こんなにも集中して、感謝しながら食べたことは今までに無いだろう。

「私は私に負けない。New York Here I am. and I am KitKat!」

ふと、フレーズが閃いた。よし。きっとこの日この瞬間を忘れない。
私はGmail の下書きにこの1文を打ち込み、保存ボタンを押した。

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あれからある程度の月日がたった今、この文章を見ると当時の様子が鮮明に思い出される。しかし、英語がひどい。

「I am KitKat」
直訳すると「私はキットカットです。」

待ちなさいよ。違うでしょう。
人間でしょう。さっき噛み締めながら食べていたじゃない。

「私はきっと負けない!国を超えても愛されるキットカットのようになる!」っていう当時の衝動がもしかしたらこの1文に込められたのかもしれない。

その真相について、今ではだれにもわからない。

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