アンドロイド転生1024
2120年5月20日 夜
池袋 レストランにて
病気によって子宮を失ったカノン。それでも親になりたかった。我が子が欲しかったのだ。だから科学の力を利用した。卵巣は残っていたので卵子を採取し遺伝子バンクで受精卵を作った。
その受精卵をアンドロイドのハルカが誕生まで育てたのだ。ハルカは40体目の治験体だった。最終的には100体が治験に参加して無事に出産まで至ったのは8割だったそうだ。
ハルカは出産まで受胎センターで過ごした。機材に繋がれ栄養を送られるのだ。腹部は弾力性ラバーが用いられる。胎児の成長と共に膨らんでいく。まさしく妊婦のように。
カノンは静かな目をした。
「仕事が終わると毎日お見舞いに行ったの。怖くなる事も…時々あった…。命を…弄んだようで…でも信じてみたの。絶対に産まれるって」
リツもアリスもそうだろうなと思った。命を人工物に預けたのだ。それもまだ治験段階の状態だ。無事に誕生するかどうかは神のみぞ知る。だがカノンは自分を信じて賭けたのだ。
ハルカが外から戻って来て熟睡しているダイキを長椅子に寝かせようとすると給仕アンドロイドがタオルケットを持って来た。ハルカはタオルケットにダイキを包んで髪を優しく撫でた。
カノンはハルカを見つめて満足げに頷く。
「だから私は遺伝的な母でハルカは産みの母ね」
ハルカはニッコリとする。
「はい。ダイキは私達…2人の子供です」
アリスはハルカをじっと見つめた。彼女が命を育てたのか。だが疑問だ。人工子宮で誕生するならばわざわざハルカの首から下を交換する必要があるのか?9ヶ月も寝て過ごすなんて。
カノンがニンマリとする。
「アリスの考えが分かる。人工子宮なんだからハルカが妊婦にならなくてもって思ったでしょ?でもね?子供は愛する人に産んでもらいたいの」
アリスはハッとなった。そう。その通りだ。我が子の誕生に見も知らぬアンドロイドの無機質な人工子宮では嫌なのだ。愛し合う2人は子供の性別を想像したり名前を考えたりしたのだろう。
カノンは微笑んだ。
「勿論、人工子宮のマシンに出産させてもいいの。でも殆どが恋人やメイドとか…元から知ってるマシンに頼んでた。その方が嬉しいのよね」
アリスはそうだろうなと思う。そしてハルカは主人のカノンの願いを叶えるべく身体を交換した。たとえ9ヶ月間横たわったままでもハルカは幸せな妊娠期間を過ごしたに違いない。
アリスは感動していた。
「ハルカさん。素敵です」
「有難う御座います」
「本当に凄いです」
リツがカノンを見つめた。
「法律上はどうなんの?」
「長いこと母親は“出産した者“だったの。けれど今は私が親だって認められてる」
日本は代理出産の場合の母の定義が民法779条で“分娩した者“という規定があったのだ。女性の身体を出産のために道具化することへの倫理的課題などが理由であった。
だが遺伝上何の繋がりがないにも関わらず“母“なのだ。それは如何なものかと言う意見があった。昨今は科学の力によって多くの命が誕生しているのに分娩に拘るのかという疑問だ。
しかも更に別の形の命が誕生する時代だ(同性親、人工子宮)。漸く遺伝子上の親権が認められるようになった。何よりも血の繋がりが優先されるようになったのだ。
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