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私がオジさんになっても

もう40歳を過ぎてしまった。

医療が発達して長寿高齢社会とは言うものの、明らかに私の人生は後半戦である。

仏教の世界では

「若いからと言って先が長いわけではなく、いつ生命を終えるかわからない人生を大切に生きましょう」

とお話するわけだが、やはり年齢を重ねてくると生命の残り時間を意識するタイミングは増えてくる。

自分に残された時間はどれくらいなんだろう。

いつまで元気に動けるのだろうか。


思い出してみると、中学生の頃「うわー、だいぶおじさんだな」と思っていた担任の先生も、今の自分よりだいぶ年下だし、

大相撲中継を見ても、出ている関取さんたちはみんな年下である。

先日は初めて、幼稚園の子どもたちに自分のことを「おじさんはねー」と言ってしまった。


苦しみとは、人と比べる時にハッキリと浮き彫りになる。

「あの人はまだ若くてうらやましい。自分ももっと若ければ...」

「あの人はあんなものを持っている。私は持ってないのに...」

「あの人はみんなに注目されていてうらやましい。私はもっとがんばっているのに...」

古来、悩みや苦しみとは人と比べることによって生まれてきたように思う。

大切なのは他人がどういう状態か、ということではなく、

自分はどうありたいのか。
自分が何をしたいのか。

ということだ。

ではどうしたら良いのか、というと

時々立ち止まって自分をよく観察してみる。

自分の持っていないものではなく、持っているものを確認してみる。

これが自分を大切にするために必要なことだと思う。

自分を大切にする人は他の人も大切にできる。

そして、他の人を大切にする人は、良い意味で自分という存在にこだわらなくなる。

そのままの自分でもいいじゃない。

今のまま、今持っているものも素敵だよ。

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