編集者はおそろしい精度で感想を伝える──人を編集するということ

人がいちどで理解できる情報量はかぎられている。話し手は聞き手の現状と思考の粒度をそくざに把握し、相手に適した内容と方法で伝える必要がある。11月9日、コルクラボ文化祭2019を締めくくった「サディの虎」で、サディこと編集者・佐渡島さんは、4人の作家から持ち込まれた原稿やアニメに対して公開編集を行った。

4人は出自も状況も、原稿の質も、作品への向き合い方もバラバラだった。1人は大学生で、話を考えるのはうまいが、本気で絵を描くことからは逃げている漫画家。1人は外資のサラリーマンで、ビジネス漫画を描きたいという目標が定まっている漫画家。1人は有名アニメの原画や作画をしてきたアニメーターで、「話を作ったことがないから、最初から教えてほしい」という。最後は、モーニングで連載しドラマにもなった作品をもつプロ漫画家、こしのりょう。

直前に配られた原稿やアニメを見ながら、「ぼくならどうコメントするか」「佐渡島さんはどうコメントするか」を考えていた。事前に考えたものと、実際に佐渡島さんがしゃべったものは、まったく違った。作品に対するコメントというよりも、作品からみえる今のその人に響くコメントをした。

大学生の彼が提出した作品は、骨髄のドナー候補になった話だ。

佐渡島さんは、彼の絵に対する姿勢を突いた。

びっくりするほど絵がひどい。話は人間関係を描けるいいテーマだし、続きが気になる。でも絵や表情を見せたいと思うこだわりを、まったく感じられない。なぜ魅力的な絵のひとをまねようとさえしないのか。やれる努力をすべてして、毎日のなかでベストを尽くしている感じがしない。
大学では課題が出たら、まず調べて素材を集めて考えてアウトプットするはずだ。なぜ絵に対してはそうしないのか。さまざまな漫画家が、絵よりもさきに目がよくなる。目がうまくならないかぎり、絵はうまくならない。きみは普段の生活から、絵を意識していない

「いずれ会社をやめて漫画で食べていく」と決意を表したサラリーマンの方には、その成長スピードとサラリーマンものというテーマを絶賛したうえで、内心の恐れを指摘した。

人は変わるのが怖くなったタイミングで、自分で自分にダメ出しして、状況が変わらないようにしたくなる。「したい」と言っていても、内心では生活が変わるのを恐れているのではないか。あとはやるだけだ。

アニメーターの人には、持ち込まれたアニメについて「何が起きているのか、まったくわからない」と断じたうえで、作品を作るとは何かという根本から話した。

作品は意思決定の連続だ。伝えたいものを見つけて、それを何秒で伝えられる? じゃあそれをどう伝えようか、という意思決定の順序だ。今までのキャリアで、意思決定をする経験がなかったんだと思う。
作者は伝えたいものを抽象的にもっている。その抽象度を何段階か下げて、実際の作品は具体で進んでいく。作者が抽象度を下げる行為を意識的にしないと、読者は作者の伝えたいことを理解できない。感想とは抽象的なもの。
伝えるためには、型がある。有名な作品は、ほとんどジャンル分けできる。まずはジャンルを決めて、そのジャンルのなかで参照する先を見つける。ほかの作品と比べることでしか、考えることはできない。ジャンルと型を覚えて、はじめて自分のものを書けるようにある

漫画家のこしのりょうには、これらの基礎はすべて飛ばしたあとのことを話した。

テーマもいい。設定もいい。しかしキャラが弱い。最初の4ページで、作品をわからせたい。今の最初の4ページは2コマでまとめられる。技術があるから70点で進める癖がついている。絵柄も変える必要がある。
作品は、読者とのあいだで相当のインタラクションがある。読者はそのコマを読んだら、無意識に次のコマを予測する。その意味でクイズになっていないといけない。しかしこの漫画では、予測をさせないコマ運びになっている。だから、読み手はどんどんわからなくなっていく。

これに対するこしのさんの反応は、さらにハイコンテクストのものだった。私はおそらく、理解できなかった。ふたりは何年もまえから打ち合わせを重ねているのだ。

佐渡島さんは、公開編集をこの言葉ではじめた。

感想を聞かれても、9割の人がほんとのことを言わない。正直な感想を言ってくれる人のフィードバックを大事にし、改善するループを回す必要がある。

佐渡島さんは、この編集の場で、感想を言っただけだ。しかし、そのレベルが相当に高かった。4人の作品から各人の現在地を読み取り、それに応じた話をしていく。ほんとうはもっと具体例があり、フロアにもわかりやすいようになっている。

アニメーションを見たとき、佐渡島さんは感想の具体例を出した。「これを見た全員が一致する感想がある。しかしそれを、普通のひとはいわない。明らかな感想を言わずに、4、5番目くらいの感想『ほんわかする』『雰囲気がいい』をいう。それを信じてはいけない。最初の感想は『何が起きているかわからない』だ

だがと思う。はたして、このレベルで感想を抱き、それを言語化し、さらに相手に伝わるように話せる人は、どれほどいるのだろうか。

編集者は、何もしないかもしれない。ただ感想をいうだけかもしれない。ただし、おそろしい完成度で。

サポート金額よりも、サポートメッセージがありがたいんだと気づきました。 読んでいただいて、ありがとうございました。