おあついね/真田×鹿嶋

 細貝に呼び出されたのは日曜の午後だった。
 幸い、指定してきた待ち合わせ場所は鹿嶋の家からほど近く、遅くても三十分ぐらいで戻る、と言って家を後にした。鹿嶋はちょうど眠かったらしく「もっと長くてもいい」と言った矢先寝た。故に、鍵は外からかけなければならず、図らずとも真田が預かる形となった。
 好きなヤツの家の鍵を持っている。というのは。
 なんかこう、むずがゆい感じ。
 つい先日梅雨明けしたばかりとは思えないほど、強烈な陽射しがコンクリートを焼く。気温は38℃。肌を焦がすような陽にキャップは不可欠で、これも鹿嶋から借りたものだった。

「亮司ー!」
 駅前のコンビニの近くで手を振っている細貝は、うっすら日に焼けていた。日焼け止めとは無縁の男。帽子ひとつ被らないで、元気を絵に描いたような姿に口元が綻んだ。
「悪い待たせた」
「いやこっちこそいきなり呼んじまってごめんな!」
 これこれ、と細貝に差し出された紙袋を受け取る。
 中には、真田が以前から狙っていた限定デザインのデジタルウォッチが入っていた。予約戦争に負けて以降、完全に諦めていたものだった。
 パッケージをあけて中身を確認すると、そこには確かに現物が入っていて、心なしかキラキラと輝いているように見える。
 ほう、とため息をついて顔をあげると、細貝が満足そうに笑っていた。
「嬉しい?」
「マジで嬉しい。これ値段も結構すんのに……マジでいいの?」
「なんせ俺と東と飯島と相川四人分のプレゼントだからな! これぐらいはな!」
 ついさっき、偶然立ち寄った店で予約キャンセル品を見つけたのだと言う。すぐに三人に連絡して、真田への誕生日プレゼントとして割り勘で購入することを決めてくれたらしい。
「ありがとな。はー……毎日つけるわ」
「そんなに喜んでもらえるならあげた甲斐あるわー。他のヤツらにも言ってやって!」
「勿論」
 ちょっとどっか寄る? と問いかけると、細貝はこのまま映画を観るらしかった。
「亮司は鹿嶋んち戻るんだろ? あ、鹿嶋も呼んで三人で映画観るんでもいいけど」
「あー、あいつ出る前に寝てたんだよな。しばらく起きないと思う」
「マジ!? 自由すぎじゃね? でも二時間戻んないのは流石にって感じだよな〜。また今度一緒になんか観よ!」
「だな。俺も観たいやつ結構あるし」
 映画館前まで送る、と言うと、イッケメーン! と茶化されて頭を叩いた。細貝はカラカラと笑っていて、夏がやけに似合う男だなと思う。風車とか風鈴とか、そういう爽やかなイメージ。
「お前観てると元気出るわ……」
「なに、鹿嶋見てても元気出ねぇの?」
「え、ナニ、ソレ」
「いや、なんか亮司ってよく鹿嶋のこと見てるよなーって思ってたから」
「あ、そう? ……気のせいじゃね?」
 あまりにも下手くそな返しに自分でも驚いたが、細貝は然程気にすることなく「そうかなあ」と返しすぐに別の話題へと移った。え、そんな分かりやすく見てる感じ、あんの? 俺。気をつけよ。
 ――鹿嶋を〝見る〟のは、元気になるとかそういうことじゃなくて。もはや無意識に目で追っているということもあって、元気になるならないの話ではなかった。
 それに、国宝見て感動はしても元気にはなるか? という話でもある。勿論細貝には言えないが。
 だらだらと歩いていたつもりだったけれど、喋りながらだと目的地まではあっという間だった。
「ありがとなー。じゃ、また明日!」
「こっちのセリフだろそれ。ありがとな。また明日」
 手を振って別れ、そのまま元の道を辿っていく。途中コンビニに寄ってアイスを買い、一応LINEに連絡も入れた。が、既読はつかず。まだ寝てると分かっていても、これ以上の寄り道先も思い浮かばなかった。
 まあ、寝かせとけばいいか。なんなら荷物とってすぐに帰るでもいい。隣で寝てしまうのでも。カオリさんが帰ってきたら、起こしてくれるだろうし。
 ちょっと家族っぽいなそれ、と思って、何考えてんの俺、と照れる。いやマジで何考えてんの? なんだ今の。やめやめ。
 頭を振って、アパートの階段を登る。勝手知ったる手付きで鍵をあけて、つい癖で「ただいま」と言いながら入った。玄関でよいしょと靴を脱ぐ。
「あー、おかえり」
 え。
 返ってくると思わなかった言葉に、顔をあげる。
 眠たそうに目を擦りながら、ペットボトルを片手に、鹿嶋が真田をぼんやりと見ていた。
「……なに」
「え、いや、別に」
 ――おかえり。
 頭の中で反芻した瞬間、ドッと心臓が脈打った。顔が赤くなっている気がする。鹿嶋の関心は既に真田の持つプレゼントに移り「なにそれ」と問いかけられたが――しばらく、相槌ひとつ返せそうにない。

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Twitterリクエストで書いた小説をサルベージ。
高校生さなかし、すでにちょっと懐かしい気持ちです。

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