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ひな祭り、ひな人形の由来 婚期と関係ある……?

今日は「ひな祭り」ですね。よくよく考えてみれば、家でひな人形を飾る以外には、これと言って何か特別なものを食べたり外で御神輿を担いだり神社に出店が出たりするわけでもないのに「祭り」という言い方なんですよね。菱餅やひなあられを食べたりもするそうですが、そんなに“祭り感”はありません。一体どうして「祭り」なんでしょうか。

気になったら調べてみよう、ということでいろいろ見てみたのですが、どうやら「ひな祭り」の由来は中国の「五節句」という考え方のようです。季節の節目節目で行われる行事で、1年の中に5つあるので「五節句」。この五節句の一つ「上巳(じょうし)」では、川で身を清めるという習慣があったのだとか。これが日本に伝わったときに、「紙などで作った人形に穢れを移して川に流す」という行事として広まったそうです。これが現在でも行われている「流しびな」のルーツになったということです。

この「流しびな」はさいたまの岩槻で今年も行われたようです。

この「流しびな」という行事でならちょっと“お祭り感”はありますよね。

これがどうして「ひな人形を飾る」ということになったかというと、江戸時代頃の女の子の遊びに「人形を使ったおままごと」があったのだとか。それを「ひいな(ひな)遊び」というそうです。もちろん人形のような高価なものを使って遊べるのはお金持ちくらい。公家の女性ですね。この人形はそのまま嫁入り道具にもなったということでした。

上記の「流しびな」とこの公家の女の子の遊び「ひいな遊び」がいつの間にか結びついて桃の節句「ひな祭り」になったということです。高価な人形を川に流してしまうわけにはいきませんからね。水に溶ける紙ならともかく、人形なんて流していたら環境破壊も甚だしいですし……。この頃くらいから「ひな人形を家に飾る」という習慣に変わっていったようですね。

最初は裕福な家庭だけに広まっていたものですが、そのうち一般の家庭にも浸透していきます。おそらくは「流しびな」に使っていたような紙の人形をそのまま飾っていたりしたのではないでしょうか。折り紙を使ってひな人形を作る、なんていうことは今でもやる人がいますよね。

時代は明治、大正と移り、昭和の戦後には一般家庭でもそこそこ豪華なひな壇飾りを家に置くようになりました。「ひな祭り」「ひな人形」ひとつとっても、これだけのいろんな歴史があるんですね。


最後にひとつ。「ひな人形は早めに片付けないと、その家の女性の婚期が遅れる」なんて言いますよね。しかしこれは、どうやらただの噂。正式な言い伝えなどによるものではないようです。

元々は「流しびな」の行事にあるように、人形は穢れを引き受けてくれるもの。その人形を節句が過ぎてもいつまでも出しておくことによって「穢れが人間に戻ってしまう」という考え方もあったのだとか。なるべく早く片付けるに越したことはないですが、婚期がどうとかとは全く関係ないものですね。

このあたりのことは人形屋で有名な吉徳さんのサイトに詳しく書いてあります。よければそちらもご覧ください。

https://www.yoshitoku.co.jp/hina/column/care/dolls-clean-up


今回はこのへんで。

それでは、また。

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