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十九年前の、あの朝のこと



2023.2.26

昨夜から花粉症がひどい。毎年こんなにひどかったっけ?と思う。ところで六年前の今日はパートナーと初めてデートした日。六本木の美術館でマリー・アントワネット展をみようと待ち合わせしたのが最終日だったようでおそろしく混んでいたので、隣の映画館の最前列に上映時間を過ぎてすべり込み、上体をのけぞらせ首をひねりながら「ララランド」を観たんだった。

国府津の曽我梅林へいく。すこし離れたところにある無料駐車場に運良くさほど待たずに止められたが、メインの駐車場はどこまでつづいているのか見当もつかない長蛇の列で、もはや皆車内から梅を見ている感じである。運転手を交代して順番に梅を見に行っている人たちもいる。ここは三万五千本の梅が植っていて、白梅がメインだが、枝垂れているのや紅梅もちらほらとあり目立っている。地元の人たちがつきたての餅を三百円で売っているので、からみ大根とあんこを買って味わう。手作りの味でお腹にやさしく美味しい。地産のみかんも買う。まこも茶を出している店があったのでいただく。

気になっていたカフェブラッサムでごはんにする。餅を食べたのにぺろっと食べてしまう。おみやげに米粉パンや竹炭入り食パン、豆腐キッシュなど買う。昨年の秋にも来た金太郎の道の駅へ移動し、鉢植えや野菜などを買う。洒水の滝を見にいく。長細い糸を垂らしたような流れ。たぶん朝しか日の当たらないであろう暗い山影にある。付近には住宅も建っている。こんな日の当たらないところに根付いたのはなにかそうしなければならない理由があるんじゃないかと、家々の暗く閉ざされた窓や玄関をみるたびに考える。最乗寺そばの温泉に浸かり、たまたま見つけた大磯の中華で夕飯を食べて帰る。中華は人気店のようでとても繁盛している。それぞれ海鮮ビーフンとあんかけかた焼きそばを頼んだが、とんでもない量だった。


2023.2.28

東京でアルバイト。今日と明日は二十度近くまで気温があがるらしい。今回もスーツケースをぱんぱんにして、えっさこらさと引いていく。前回の滞在は三食スーパーのお惣菜ばかりでからだが疲れてしまったので、今回はできるだけ家から作り置きを持っていこうと発起。昨夜は買い出してきた野菜たちを蒸したりソテーしたりしたそばからどんどん味付けていった。タッパー五個分くらいのおかずのできあがり。今日の昼のぶんは琺瑯容器に入れて包み、かばんの中へ。ところがこのお弁当を、いざ食べ始めてしばらくもしないうちに漫画みたいに全部ひっくり返してしまった。ぶちまけた場所がお弁当包みの上だったので、せっせと拾いさいごまで食べたけれど。椅子の上だったら捨ててしまうしかなかったかも。

ぶちまける三十秒前

仕事後、歩くエスカレーターで移動していると先頭にいた社長が終点に気づかず腰から思いきりずっこけた。これもまた漫画のようだった。うしろの私たちスタッフ三人、さらにそのうしろに続く何十人という人たちもあやうくドミノ倒しになりかける。 
なぜそうなったかというと、社長が私の着ていたグレーのショートダウンを見て「ねえ、このダウン裾が短くない?」とつぶやいた。社長のすぐうしろに立っていたNさんが「それがいい(おしゃれな)んです」と言った次の瞬間だった。ドーン。社長は何が起きているんだか一瞬わからなかったと笑ったが、私にもあの会話のあたりからの光景がぜんぶスローモーションで見えている。なんだか今日は磁場がちょっとおかしいのかもしれない。社長は心配になるくらい派手に腰を打っていたけど、大丈夫そうなのでひとまずよかった。
そのままメンバー四人で豊洲の魚料理のお店へ。じゃこサラダ、まるごとトマト、サーモンハラス焼き、川海老の唐揚げ、名物西京焼きなどいただいて解散。小砂川チト「家庭用安心坑夫」を一気読み。


2023.3.2

バスで仕事場に向かっていると、車内モニターで「パパパン」というアニメをやっている。文字通りパンの顔をしたパパとその家族の話なのだが、私だったら「パパン」にするけどなと思いながらぼんやり見つめる。fuel busというガソリンでなく水素で走るバス?で、窓ガラスが広い。余計な広告もないので次から次へと流れる景色がよく見える。バス停まで猛ダッシュする女の人、交通整理の男の人、バスをきらきらした瞳で見つめる小さな男の子。ここにいる誰もが百年後には当たり前にもういない。まるでいたことが嘘のようにいなくなる。消えてしまう。水がいつのまにか蒸発するように。そういう命をもつわれわれが、それ以外はなにもたないわれわれが、今できることはなんだろう。今日の朝は五月並みの気温だそうだ。

昼休憩中、昨日買った「スピン」を読み始める。ふと目をやると、よく駄菓子屋などで売っている青いプラスチック容器に入ったラムネの粒を吸い上げるように食べている四十代くらいのサラリーマンがいる。サラリーマン時代の父もこれが好きで、ふたり暮らしの時はつねにダイニングの棚に置いてあった。ブドウ糖の補給にいいんだと言っていたのを思い出す。サラリーマンと駄菓子ラムネ、意外なようで私にはしっくりきてしまう組み合わせ。でも、大きな子どもが無心で駄菓子を食べる姿はちょっとだけ切ない。一日立ち仕事の営業みたいなアルバイトをつづけて五年くらい経つが、最近のほうが疲れにくくなった。とはいえ、帰りの電車ではやっと座れたと思ったとたん意識がぷつんと途切れてしまう。寝る前にパートナーが足の裏をマッサージしてくれた。


2023.3.3

南足柄で買ったおいしいお餅を焼き、昨日買ったお惣菜のじゃがいもをふかして青のりをまぶしたものと、納豆と一緒に食べる。歩いて江ノ島まで行く。歩くのはいつもたのしい。散歩の道のりには、どうしてあんなところにあれが?とか、あれはいったいどうしてああなってしまったのだろう?とか、同じ道でもその日その時にしか起こらない面白いできことがまんべんなく散りばめられているので、ぜんぜん飽きない。 

片瀬江ノ島駅のホームで、はつらつとした声で世間話をしている車掌さんふたりに「新宿行きのホームに近い車両はどこですか」と質問をしてみた。主任と書かれたバッジをつけたほうの車掌さんがずしんと重たそうなカバンから分厚い手帳をすっと出し、「えー藤沢に10時29分に着いてそのまますぐ反対側のホームで10時37分の快速新宿行きがあるので、この電車の一番前の車両に乗ってください」と一瞬の隙なく答えてくれた。一連の仕草や空気からこの仕事をする人の誇りや気概のようなものを感じて、かっこいいなあと思った。

それにしても電車で東京へ行くのはたまの営業アルバイトの時だけで行き先は湾岸方面なので、大都会新宿行きの電車へ乗るというのが久しぶりでどきどきした。この蛇のように長くて怪しくうねる乗り物が私を行きたい場所へ、一定の時間をかけてちゃんと運んでくれるのだということにとてもどきどきする。

それは、当時ここは世界のどんづまりなんだと思っていた片田舎の街で育ったからかもしれない。その街から少しでも早く飛び出したくて、義務教育が終わったら絶対にここを出ると思っていた。今振り返れば海外の高校へ留学する道を希望したかったが、当時はそんな選択肢があることさえ知らず、だれも教えてはくれず、精一杯のつもりで選んだのは住んでいる街から電車でなるべく遠い街にある高校へ通うことだった。

受験の朝。自宅最寄り駅の寂しいホームに、真新しい朝日を受けながらしずかに入ってくる、私がこれからまさに乗ろうとしている一本の電車を見て思った。ああ、この電車が私を夢のほうへ連れていくのだ。私の人生はこの電車に乗るところから始まるのだ、と。その時の気持ちを思い出して胸の奥がかさかさとくすぐったい音を立てた。






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