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「買取マクサス」FC200店舗を目指せる仲間を大募集!

みなさんこんにちは!関えもんです!
この度はマクサスでは一緒に働いてくれる仲間を募集中しようと
noteを書かせていただいております
いつもはイキリキャラですが今回はとてもマジメな話。

僕という人間を少しでも知ってくれて
マクサスの過去や未来に共感してくれる人がいれば
是非一度面談をさせて下さい!

このnoteはこんな人に向けた求人記事です↓
・キャリアアップを目指したい
・一緒に大きな夢に向かって走ってみたい
・普通の会社なんてイヤだ!刺激がある職場で働いきたい!
そんな人は是非最後まで見ていって下さい
(10分程度で読める内容になっています)

そもそもマクサスってどんな会社やねん?

いきなり求人って言われてもイメージが出来ない人が多いと思うので簡単にマクサス設立の経緯とここまでの物語を説明させていただきます

僕が起業を決意したのは17歳の時。
高校を退学した日の夜のこと。

3兄弟の末っ子として僕が生まれ育ったのは東京の大崎。今は再開発で立派なオフィスビルが立ち並んでいるが、当時はただの工業地帯だった。祖父は家具屋の社長、父は人材派遣会社の社長をやっていたので、めちゃくちゃ金持ちではなかったけど、貧乏ではない、そんな家庭で育った

喧嘩っ早くてやんちゃだったこともあり、中学のサッカー部の監督と大会前に大げんかして退部。そこからグレ始めた僕は、高校で4回の停学をくらう。素行が悪すぎたのだろう。停学のたびに「もう二度とこんなことはしない」と反省文を書かされるのだが、4回目で「次にこんなことをしたらどんな処罰でも受けます」と書いたら本当に進級できなくなった。そのまま退学を決意。なので最終学歴は高校中退

右が私、関です。笑


起業と同時に組織崩壊

高校中退でまともな仕事にありつけるわけもなく
その後2年~3年間プラプラして結局追い込まれるカタチで起業をすることに
創業のメンバーは地元の友達3人
「SJCコーポレーション」という名前で法人を設立した
Sは関 J Cも別の友達の頭文字を取った物で深い意味は無い

さて、準備は整えたけれど、いったいなんのビジネスをするのか。もちろん何も考えていなかったわけではなく、当初は海外留学時にブームが始まっていたシェアハウスビジネスに目をつけていた。いわゆるエアビーのようなイメージだ。2012年頃、当時はまだ日本でそこまで浸透していなかったので、これはいけるんじゃないかと思った。
浅い思考、カネなし、コネなし、人脈なし。
令和の虎ならあの温厚な林社長でもブチ切れるレベルのビジネスプランだ
当然ながら収益は出なかった

そして創業してわずか1週間、1人目の社員が辞めた

買取業に進出

僕がシェアハウスビジネスに取り組むかたわら、知り合いがやっていた出張買取ビジネスをやってもらっていた。ついにここで出張買取ビジネスの登場である。
 
シェアハウスビジネスをやりたかったけれど、なにせ商材単価が高いので、出張買取は「リスクヘッジのためのビジネス」という位置付けだった。
 
ネットの電話帳にあるリストに片っ端から連絡して「不要なものはありませんか?」と営業するというアナログな手段。一日500件は電話して、不用品を仕入れては売るということを続けた。僕は50%、Bくんは100%の割合で出張買取をやっていたのだが、なんとそちらの芽が少しずつ出始めたのだ。

その頃会社設立時の資金である200万円も底をついてきたので、シェアハウスビジネスはやめて僕も100%出張買取にシフトした。と言っても売り上げは月100万円くらい。社員2人の手取りは10万円程度。

社名をマクサスに変えたのはこのタイミングだ。
マクサスの由来は「MAKE×ASU」。自分の未来は自分でつくる。そんな想いが込められている。

マクサスのロゴ

躍進と崩壊

その後テレアポでの効率の悪さを痛感しネットでの集客を開始する
当時はまだ買取業者がネットを使用していることは稀であったネット集客に注力するだけで買取案件は爆裂に増えた

集客が増えると同時に営業用のトークマニュアルを作りこんだ。
すると会社は面白いようにスケールしていった

そこを徹底したら一気に月の売り上げが500万円に伸びた。粗利だけで月に400万円なんてときもあった。広告費は月に10万円程度だから、とにかくめちゃくちゃ儲かる。そして、そのお金を事業拡大のための投資に回し、売り上げは堅調に伸び続けた。買取の店舗を品川と世田谷にオープン、スタッフもどんどん増やした。

今でもマクサスの買取はネット集客が中心となっている、
その時に経験から自社でのクラウド式買取ツールも開発済み

だがしばらくするとナンバー2として活躍してくれたBくんが辞めてしまった。僕はすべてをかけて事業拡大のために上を目指したいと思っていたのだが、Bくんは目の前のお客様を大事にしたいから現状を維持したいという思いがあり、意見が割れてしまったのだ。

その後、Bくん不在の穴を埋めるためにGさんという人を採用して世田谷店を任せた。が、これが運の尽き

結論から言うと、会社のお金を横領されてしまったのだ。後から聞くと、前職でも組織をぐちゃぐちゃにした人だったみたいで、入社してから1ヶ月で会社のスタッフたちを自分の味方につけ、僕は全員からフルシカトされるようになる。きっと僕を悪者にしてあることないこと吹き込んだのだろう。

その後、1000万円あったキャッシュ残高も100万円になっていたので、世田谷店は早々に閉めた。事業をいったん縮小させようかと思ったのだが、どうせ会社が潰れるなら残高ゼロまでやってやろうと思い、最後まで僕について来てくれたHくんと一緒に必死で頑張った。

2度目の躍進

ありがたいことに僕は運が良い方で、横領事件の後Hくんと地道に営業を頑張り、ギリギリのところで息を吹き返すことができた。

当時の期末売り上げが9000万円、次が1億1000万円まで伸びた。そこからまた新卒の社員を増やし、個人で出張買取ビジネスをやって成功していた友人のKくんにも参加してもらい、次の期の売り上げは2億3000万円。こうなったら3億までやるぞ!と気合を入れて一気にドライブをかけ、広告費を3倍に

さらに「ビデオチャット」の導入「査定」の部分をオンラインにして社員の移動の時間をなくす。そして搬出は外注する。この大きな改革の準備を2016年からスタートし、2017年1月にローンチした。そのサービスが「SEL-LIVE(セルライブ)」だ。とにかくこれが大当たり。システム開発によって、2億3000万円から2倍以上、2018年には4億7000万円まで売り上げを伸ばすことができた。

業界初となるビデオチャット買取のリリース
見事に大当たりをした

この頃の僕はもう向かうところ敵なしで、「世界一になる!」「マクサス・ザッカーバーグになる!」と、ITの力でリユース業界を改革して世界一のリユース企業を作るんだと息巻いていた。

2度目の崩壊でメンタルが終了

すぐに調子に乗ってしまうのが僕の悪いクセ
銀行からどんどん新規融資を引いて新しいツール開発
新卒スタッフもたくさん雇用した

「前回失敗して成長した!俺は学んだ!
今度こそチャンスを掴むんだ!とにかく急げ!」

拡大!拡大!拡大!
拡大することしか頭の中に無かった
新卒ばかりで中間管理職が育っていない?関係ない!
でも走り切ってしまえばなんとかなる

勢いだけの経営をしていたがやはりすぐ限界が来た。
期末に近づくにつれて売り上げは下がり、
不採算事業というか、完全に赤字事業になってしまった。

とどめを指すように銀行から5,000万円を借りて開発していたツールは不正出金を受けて失敗に終わり。文字通り無一文になった

せっかく入ってくれた社員さん達にも何人か頭を下げて辞めてもらった。
銀行へのお金は返せなくなって融資返済はリスケジュールしてもらった
2回目の失敗は完全に身から出た錆、ここから暗黒の1年間が始まる

毎日「死のう」と思いながら生きる

この時期は正直あまり記憶が無い
毎日朝起きた瞬間から「死にたい」と思っていた

1日どれだけ頑張っても請求書1枚作るのが限界

それくらい心身ともに疲弊をしていた
完全に鬱状態の日々が1年近く続いた

3度目の正直に賭ける

2020年の夏頃気力もだいぶ戻り。もう一度チャンスを見つけられないかと模索する中で、出張買取ビジネスのフランチャイズモデルというアイデアが降りて来た。

アイデアというと軽い感じだが、これが成功したら出張買取ビジネスが間違いなく大きな市場を取れると確信した瞬間だった。この背景には、倒産寸前だった他社の買取フランチャイズの店舗を僕がサポートしたことで立て直すことができたという経験があったからだが、これまで培ってきたノウハウやシステム構築が間違っていなかったと感じさせてくれるエピソードでもあった。もう一度挑戦してこのモデルを確立できたら新しい未来を作れるんじゃないか。何より、鬱状態だった僕に元来の行動力が戻ってきたことが大きかった。

2021年、FC事業を設立し、新たな領域拡大を目指すこととなった。
YouTubeなどのメディアにも積極的に出演していった

令和の虎の方々、FCチャンネルの方々大変お世話になりました!

FC加盟200店舗を目指し絶賛拡大中!!!


ここまで長い文章を読んでくれて本当にありがとう。
(ほとんどの人はもう読んでないと思うけど)

上記の流れがあって僕は今
もう一度大きな戦いの場に出ようとしている

ここまで沢山の失敗を1点だけ僕が誇れる点があるとすれば
それは「買取事業では一度も敗北をしていない」ということだ
一度目の崩壊は社内体制の崩壊
二度目の崩壊はツールなど他の道に浮気をしたから

だからこの3回目の挑戦では自分が一番得意な
買取だけ愚直にフォーカスをして事業を展開していこうと思う

現時点でもFCの加盟店様は2ヶ月以内に全員黒字
FC業界でも圧倒的に優秀な実績成長をしている
今後もどんどん加盟者は増えていく予定だ

そしてここからがやっと本題だが

そんな僕にチカラを貸して欲しい。
失敗だらけの社長だし、学歴も高校中退で頭も悪い

安定して働ける職場だと言い切れるのか?正直怪しい
一生倒産しないのか?それも怪しい
もう失敗しないのか?嫌、絶対にする。
だがそれでも前に進み続ける

だから自分の人生を自分で切り拓きたい
そんな主体的で野心溢れる人を募集したい
「MAKE×ASU」。自分の未来は自分でつくる。
このビジョンに共感してもらえる人がいたら応募して面接をさせて欲しい

求人詳細

ここからは、具体的に求める人材像について。
現在、マクサスではさまざまな職種で積極採用中ではあるが、僕が今最も欲しい人材がFCオーナーのコンサルティングができる人だ。誰かの人生を負うということは責任は重いけれど想像以上の喜びとやりがいを感じられる。特に僕はお金に執着がないので、誰かが喜んでくれたり、幸せになってくれることにやりがいを見出している。だから、そんな想いで一緒に喜びを共有できる仲間がもっと増えて欲しいと思っている。

とはいえ、他社でコンサル業をバリバリやっていたって人をヘッドハンティングしたいという想いはない。なぜなら、この仕事は買取ビジネスをゼロから肌で感じたことのある人しか務まらないと僕は思っているからだ。ある意味職人的と言えるかもしれないが、お客様とのコミュニケーションに始まり、査定、買取、販売といった業務はそれぞれスキルを磨けば磨くほど利益を出すことができるし、もちろん大変なことも苦労することもたくさんある。その大変な経験をしていないと買取ビジネス業のコンサルティングなんてできないと思う。

だから、僕が一番理想的だと思っているのが、まずは営業職からスタートして、先輩から基礎的な買取業務を学んでもらい、半年ぐらいで一人立ち。1〜3年でリーダーやマネージャーへとステップアップ。そうやって時間をかけて、FCオーナーのコンサルティングができるくらいまでの成長を目指してもらうことだ。

スタッフは現在15名。男女比は7:3。20代がほとんど。女性ならではの感覚や視点はこの買取ビジネスにとても重要なので、積極的に採用できたら嬉しいと思っている。ECサイトを使っての商品販売業務も女性がメインで活躍してくれているし、出張買取の時にもお客様の立場からすると女性なら安心感があるからだ。不安に感じている人がいるなら大丈夫、何があっても僕が守る!

もちろん未経験者歓迎だし、僕みたいな中卒で人生行き詰まっている!なんて人だってどんどんチャレンジしてほしい。新人は給料25万円〜、中途採用は30万円くらいからスタートしてもらっているが、その後は頑張ったら頑張っただけ、利益を報酬に反映するシステムをとっている。20代で1000万円もまったく夢ではないし、もっと上を目指すこともできる。だからやりがいはめちゃくちゃ感じられると思う。

他にも質問や気になったコトがあればドンドン聞いて下さい!
質疑応答求人応募はコチラから!
熱いメッセージをお待ちしています!

https://lin.ee/ChUsAfE


最後に


クソ長い文章をここまで見てくれて本当にありがとう!
次の僕の挑戦が大成功するのか、はたまた大失敗なのか。
このnoteを見てこんなクソみたいな僕と一緒に夢を見てみたい、新たなステージに立ってみたい、いや、人生を変えてみたいなんて熱い人が
1人でもいてくれたら本当に嬉しい

「MAKE×ASU」。自分の未来は自分でつくる。

                 株式会社マクサス代表取締役 関 憲人


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