雑記:平安京遺跡

794年に桓武天皇が長岡京より遷都して以来、平安京は長きに渡って「都」としての地位にあるが、「京都」の範囲や御所の位置は時代によって相違があり、平安時代の内裏は、現在の京都市中京区の千本通と丸太町通の交差点付近にあった。

千本丸太町交差点北西の公園内には大極殿跡の石碑が建っており、この周辺が内裏で様々な役所や建物があったとされる。

画像1

大極殿跡から少し北東に行った所には内裏の回廊跡(下の写真一枚目)があり、また、大極殿跡の西南には豊楽院の跡が保存されている(下の写真二枚目)。

画像3

画像2

豊楽院は饗宴を行う施設であるが、大極殿跡から丸太町通を西に行った京都アスニー(生涯学習センター)の一階には「平安京創成館」があり、そこで豊楽殿の復元模型を見ることが出来る(なお、京都アスニーは平安京の造酒司の跡地に建っている)。

画像5

平安京創成館内には、他にも白河上皇が造立した法勝寺の復元模型などが展示されている(下の写真二枚目は、法勝寺にあった八角九重塔の模型)。

画像6

画像7

平安京の入り口である羅城門は、現在は公園になっており、大極殿同様石碑が建つだけであるが(下の写真一枚目)、JR京都駅北口(烏丸口)の広場には、十分の一のスケイルの羅城門復元模型がある(下の写真二枚目、三枚目)。

画像9

画像7

画像9


#京都 #平安京 #大極殿 #千本丸太町 #豊楽院 #平安京創成館 #法勝寺 #羅城門 #史跡 #平安時代 #歴史 #日本史


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?