アナザー・バスカッシュ! #07

第七話『ディテクティブ・ストーリー』

 俺の名前はグレゴリー・リンクス。ホワイトシティの三番街でオフィスを構えている。請け負う仕事は人探し、浮気の調査、その他諸々……人の言う、探偵稼業が俺の仕事だ。とはいえ、最近は探偵なんてモノは流行らない。いつの間にやら、馴染みの店の『アンクル・ブレーカー』でバーテンまがいな事をするのが日々の常になっていた。同じく常連のダニエルが言う。
「グレッグ、お前さん、だんだんエプロン姿が似合ってきたんじゃねえのかい?」
 痛いところを突きやがる。確かに最近、グラスを磨いていると心が落ち着くようになってきたような気がする。店に向かう足取りも軽い。以前は苦手だった『いらっしゃいませ』の挨拶も笑顔だ。
「アネゴも最近は学校のコーチが大変そうだからな。ここは一つ、グレッグがこの店を頑張って、あの人にはバスケに専念してもらうってのもいいかもしれないぞ」

 アネゴと呼ばれているのは、この店のオーナーのケイト・ヤング、長身のプラチナだ。昔はバスケの名選手だったらしいが、膝をやっちまって引退。親類から譲り受けた店舗を改装して、ここ『アンクルブレーカー』を始めたという。最近、オーナーはバスケ熱が再燃したのか、地元の子供達にバスケットを教えている。そのきっかけは、ケイトの旧来からの友人であるジョナサンの活躍なのだろう。ジョナサンはBFBリーグの地元チーム・ホワイトナイツのエースだ。BFBリーグってのはビッグフットに乗ってバスケをするという酔狂な連中の集まりで、ちょいと前まではそれなりに人気競技だったんだが、今じゃ閑古鳥の鳴くという……まぁ、世間の流行り廃りなんてそんなもんだと言ってしまえばそれまでだが、去年のシーズン最終試合にヤツはとんでも無い事をしでかした。
 あの時もホームチームの試合だというのにステラドームはガラガラで、俺はケイトに頼まれてサクラよろしく、『アンクルブレーカー』の他の常連達とスタンドに陣取っていた。最初は、ほんの気まぐれだった。しかし、いざ試合が始まると俺は自分の気まぐれに感謝した。ジョナサンは、ほんのわずかなステラドームの観客達を前に、「ビッグフットでバスケをやる事のヤバさ」を良い意味でも悪い意味でも体現した。

 ビッグフットは人よりも早い。

 ビッグフットは人よりも高く跳ぶ。

 今まではただの建設機械だと思っていたが、人型にした意味は、こういう事なのかと思うぐらいに、ビッグフットは人間以上の動きでボールを操り、ゴールに殺到した。最後は負荷が過ぎちまってぶっ壊れるマシンが続出。試合は中止になったが、俺達はそのまま、街に繰り出して伝説の試合を肴に飲んで騒いだ。あの試合を見た時の興奮をどうにも始末しきれなかった為だ。ケイトはその晩、『アンクルブレーカー』を貸切にして、ジョナサンとしみじみ飲み明かしたらしい。ケイトが、バスケットに再び関わろうという気になったのは、あの時の試合がきっかけだったと思う。彼女は今日も子供達のクラブチームに付き添ってエクセレントシティへ遠征中だ。

「お前、ひょっとしてアネゴに惚れてる? やめとけよ、アネゴにはジョナサンがいる」
 言われなくてもわかってるぜ。ケイトは常連の店のオーナーであり、雇用主であり、そして何よりも俺のアパートの大家でもある。大家に惚れる探偵なんているものか。
「それよりダニエル、お前はBFBの練習はいいのか?」
「今日はオフだ。ブラックイーグルスとの三連戦が終わったからな、調整は明日からでいい」
 俺の目の前で、一杯のビールで延々粘っている短髪の男はダニエル・サミエルソン、ジョナサン率いるホワイトナイツのBFB選手だ。口は悪いが、俺とは妙に気が合う。奴は試合の後には必ずジョナサンとやって来て、この店で軽い『打ち上げ』を行うのが常だった。兄貴分のジョナサンはきっとオフでも練習をしてるんだろう。それに比べてダニエルは──
「ジョナサンは釣りに行ってるよ。ビッグフットに乗るのは結構神経使うんだぜ。たまの休みはリラックスしないと、次の試合で使い物にならねえ」
 ダニエルが来る度にビッグフットの事、BFBリーグの情勢などを話してくれるせいか、今では俺は、ネットによくいるBFB評論家よりも物知りになっていた。ジョナサンが立ち寄る店と聞いてやって来る新規のお客にも、愛想めいたBFBバナシが出来るほどだ。
「何かあんたが店にいた方が、新しいお客の獲得にはいいかもね」
 以前、久しぶりに店に顔を出したケイトがそう言った事がある。やめてくれ、俺の本業は探偵だ。今はあくまでも仮の姿だ。仕事が入っちまったらエプロンは用無しだ。
「わかってるわよ。だけど、人と話をするってのも探偵のチカラなのかしらねえ。評判良いよ、あんたのトーク。カクテルの腕はもうちょいだけどね」
 褒められているのかどうなのか。探偵は商売柄、人から情報を聞き出すのが常だ。したがって自然、聞き上手になる。どんな無口な探偵でも最低限、依頼主とギャラの交渉はやらなければならない。そりゃあ、普通の奴よりは口は立つだろう。しかし、それはカウンターで客と軽口を叩くためのものじゃない。
と、そこへ、店に一人の男がやって来た。
「あなたが探偵さん、ですか?」
 気弱そうな痩せ気味の男がダニエルに尋ねる。性急な口調で、あごの剃り残しの髭を撫でている。見たところ、神経質な技術者タイプのようだ。
「は? この俺が探偵だと?!」
 思わずダニエルが素っ頓狂な声を上げる。BFB選手の彼は大柄で声も大きい。思わず男はビクッと身をすくめた。
「え、で、でも……事務所には……」
「お探しの探偵、グレゴリー・リンクスは、この私です──」
 アルバイトとはいえ、俺はこの店のボーイだ。出来るだけ丁寧に、この新規の客に応対した。
「何か御用でしょうか?」
「驚いた。客じゃなくて店主の方か」
 どうやら、男はアパートの貼り紙を見たらしい。最近では、ますますこの店のカウンターでグラスを磨く時間の方が長くなっている。依頼が無いのだから仕方が無い。しかし、折角の飛び込みの客を留守で逃してしまうのも勿体ない。そういうわけで、自宅兼事務所の扉にこういう文面の紙を貼り付けた。

『探偵は今、アンクルブレーカーに居ます』

 敢えて「働いている」と書かないのは俺の意地だ。いずれにしても居る事には変わりない。

   ×   ×   ×

「女を捜して欲しいんだ」
 男は、ホットウイスキーを飲みながら言った。
「へえ、よかったな、グレッグ。探偵仕事なんか久しぶりなんじゃねえか」
 何も言わずに俺は、底にほんの少しだけが残っていたダニエルのビールグラスを取り下げた。
「わっ、何すんだよ! まだ残ってただろ!」
「もう一杯いかがですか、お客さん?」
 俺はありったけの笑みを浮かべてこう言った。
「よせやい。はは、わかったよ。しっかり稼げよ、探偵!」
 コインを一枚置いて、ダニエルは出ていった。店内には俺と男の二人しかいない。
「あなたのお名前は?」
「カイル・マクレーン。整備技師」
「お探しの女性というのは?」
「名前は、クリス・シルバーマン。月の女だ」
「月?月というと、ムーニーズですか?」
「ああ。半年ほど前に、彼女はムーニーズからやって来た。そして……いなくなった」
「あなたと、その女性とのご関係は?」
「そんな! 僕とクリスはそんな!」
 男は、慌てて手を振って否定した。どうやら横恋慕らしい。しかし、それなりに親しかったのだろう。だからこうして俺の所にわざわざやって来た。
「お友達、という事ですか?」
「……一緒に働いていたんだ」
 自意識過剰を悟ったカイルは顔を赤らめながら、クリスという女について語り出した。
「僕は、スタナー建機という建設機械のメーカーで働いている。最近はルナテックとの提携で、ビッグフットの整備一般も任されるようになって…彼女はルナテックから派遣されてきた」
 どうやらクリスは、カイル達技術者のアドバイザー的な立場でやってきたらしい。第一印象としては、亜麻色の髪と、澄んだ湖のようなブルーアイが印象的だったそうだ。
「そして、とても胸が大きいんだ…」
 そう、月の女は総じて胸がでかい。地上よりも重力が無いので胸が育つんだ、と冗談半分でよく言われるが、月の女は胸と目を見ればわかる。目の色が例えブルーだろうと、ブラウンだろうと、地上の男達を見下すその視線は冷たい。例え世界中の女を選び放題だと言われても、俺は月の女だけは御免だ。
「クリスも、最初のうちは近寄りがたい雰囲気だったんですけど──」
 驚く事に、赴任して来て二週間後、女の態度が変わったそうだ。カイルはビッグフットの整備をよりやりやすくする一環として、自らも機体に乗り、その性能や技術的問題のチェックを行い、ある研究をしていた。それはあくまでも自主的なものであり、上の方に提出する気は無かったそうだが、それがたまたま偶然、彼女の目に触れた。
「偶然?」
 世の中の偶然を疑う俺は即座に聞いた。人の関わる偶然には大抵裏がある。しかし、カイルは顔を赤らめつつも、胸を張った。
「そうなんですよ。オフィスの僕の机までわざわざクリスがやって来て、こう言ったんです。『偶然、あなたのレポートを見てしまったの。すごいわね、あなた!』って」
 俺には、月の女に声を掛けられたその時のカイルの有頂天さが手に取るように分かる。正直カイルは女に持てるような感じの男ではない。どちらかと言うと、酒場の隅で、地味に一人で酒を飲んで、そして帰る。居たか居ないか皆が覚えていないタイプの男だ。しかし、そんな彼の日常が、クリスという美しい月の女の登場で一変した。
「彼女の方から誘ってくれたんです、ディナーに。そして『あなたには才能がある』『あなたの研究を続けなさい。きっと良い事がある』と言うもんですから…」
 月の女の言葉に勇気づけられたカイルは、漠然と抱いていた疑問を解決するために更なる研究に着手した。それはビッグフットの機関部、ブラックボックスの解析だった。
「何で、エンジンがブラックボックスなんですか?」
 俺はてっきり、自動車と同じで、ビッグフットもエンジンやモーターみたいなもので動いているものと思っていた。しかし、そうじゃあないらしい。
「手足の駆動部は基本は地上の技術でも対応出来るんです。ですが、大本である内燃機関については、ルナテックの方から『絶対に手を触れるな。不調時には何もせずに月に送り返せ』という指導が来ていたもので、我々にとっては近くにあって遠い存在でした」
 カイルはそうした面倒さを避けるために、ちょっとしたトラブルならばこちらでどうにかしようと思って、アレコレとブラックボックスをいじくったらしい。そして、ついに禁断の箱をこじ開け、どういう仕組みでビッグフットが動くのか、その秘密を垣間見ちまったというわけだ。本来ならば、派遣されているクリスは取り締まる側だろうから、そんな不埒な事をしていたカイルに対してそれなりの罰を与えていた筈だ。なのにその女は、もっとやれとそそのかした。挙げ句に二人は──
「僕とクリスが恋に落ちたのは時間の問題でした。彼女は僕のアパートに転がり込み、二人の生活が始まりました」
 なのに、幸せな時間は続かない。クリスはカイルの研究成果を持って姿を消した。女に逃げられた男は、なかなか現実を認めたがらない。カイルは、クリスが何かのトラブルに巻き込まれたと思っているようだ。
「会社は、クリスの事は忘れろと言うんです。何か隠してる! きっとルナテック絡みの何か企業戦争に彼女は巻き込まれたんですよ。ああ、こうしている間にも、クリスの身に何が起きているのか心配でたまらない。探偵さん、彼女を見つけ、助け出して下さい。よろしくお願いします!」
 オーケー、了解だ。カイルの夢語りはともかくとして、俺はこの仕事を引き受けた。ジョナサンのあの試合以来、俺もビッグフットというものが気になっていたからに違いない。

   ×   ×   ×

 俺はまず、カイルの勤めているスタナー建機の向かった。会社の同僚や周辺の人間への聞き込みをする為だ。案の定、あの男が言っていた事は、妄想と思い込みがかなり入り交じっていた。
「クリスがカイルに? そりゃ、逆だ。あのウラナリが月の姐さんにベタぼれだったんだよ」
「カイルって人、よくクリスさんの後を付けてたりしたみたいよ。彼女のマンションの下でずーっと立ってたとか」
「クリスさんは、偏執狂から逃れるために、別の所に移られたとか……月に帰られたんじゃないですか?」
 案の定、カイルの横恋慕だったようだ。あの手の男の思い込みは現実を越える。見下している女の視線をあたかも女神の慈悲の目と違える才能は、いつしか自身を偽りの高みへと誘う。しかし、本当にそれだけなのか? 一方ではこういう証言もある。

「あー、確かにカイルさん、ビッグフットのかなりヤバイところまで分解(バラ)してたね。挙げ句に『ビッグフットは石で動くんだ!』とか何とか言ってたけど、機械が石で動くわけないよねえ」
「カイルはクリス女史にかなり食いついてたね。石の正体を教えろ、とか何とか。最初は、そんな感じだったんだけど、途中から色香にやられちゃったのかな。彼女のマンションに入りびたるようになってから、石云々は言わなくなったかな」
 カイルがビッグフットのブラックボックスを開けたというのは本人だけの秘密ではなく、周知の事実だった。しかし、クリスとの色恋によって、うやむやになってしまったようだ。カイルに関して、周囲はクリスへのストーキングの方に関心が向いていて、おそらく奴が大発見をしたと騒いでも真に受ける友人や上司はいないだろう。女が入りびたったのか、男が入りびたったのかそれはどちらでもいい。カイルはいずれにしても、クリスという女にチャンスを潰されたと見ていい。問題は、カイルのレポートを持ってクリスは何処に消えたのか、だ。まず俺は素直にスタナー建機に問い合わせる事にした。
「宅配会社の者ですが、受取人のクリス・シルバーマンさんが転居されているようで困っています。お宅の社員だということでご連絡を──」
「我が社にはシルバーマンなどという社員は所属しておりません」
「そうなんですか?何でもルナテック社から派遣された方だという事を、以前配達したウチの社員がうかがっておりましたが?」
「そういう方もいらっしゃらないようです」
 電話に出た女性社員は、きっぱりこう言った。何とクリスという女は居ない事になっている。しかし、カイルの周辺の会社関係者はそんな事は言っていない。カイルのストーキングに業を煮やした会社の上部が手を打ったのか? 謎の答えは、意外にも向こうからやって来た。

   ×   ×   ×

「この店で飲んでる探偵さん、って何処です?」
 クリス・シルバーマンの件が行き詰まりかけたある日の午後、『アンクルブレーカー』に一人の珍客が現れた。
「お探しの探偵、グレゴリー・リンクスは、この私です──」
 いつもの様に俺は答えたが、その時の俺の声は震えていたかもしれない。目の前に立っているのは、中背の男であった。しかし、その顔は女と言ってもおかしくないくらいに美しかった。銀色の髪に青い瞳、薄化粧もその中性的な顔立ちにはよく似合っている。
「折角ですから、カクテルを」
 男はムーンレイカーを頼んだ。甘い香りに反して、実は辛口のブランデーベースなカクテルだ。
「いい酒を使ってますね」
 一口飲んで男が言った。
「ペイシュが芳醇でいて軽やかだ」
「オーナーがこだわり屋でね」
 俺はいまだに何処の何という酒が美味い、という事まではわからない。しかし、そんな俺がケイトのメモ頼りで作っただけのカクテルでも意外と評判が良い。それもこれも、ケイトが揃えた酒が美味い銘柄だという事だろう。
「あなた、この間からスタナー建機を嗅ぎ回っていますよね」
 二口目を飲むとグラスを置いて男は言った。
「同業者かい?」
 何となく感じていた予感を、俺はぶつけた。
「みたいなもの、かな。私は月からやって来た」
「ルナテックの人間か?」
「私も雇われ者だ。まあ、トラブルバスターみたいなものだと思っていただければ」
 静かに男は微笑んだ。しかし、その目は笑っていない。俺は、いつでも手元の引き出しにある銃を取り出せるようにさりげに構えた。
「私は、あなたとやり合うつもりはありません」
 月の男は、クリス・シルバーマンが、企業スパイである事を告げた。
「ライバル企業から買収されたのか、或いは当初からスパイ目的で入社したのかわかりませんが、彼女はビッグフットに関しての情報を探るために自ら地上勤務を希望し、スタナー建機にやって来たのです」
 カイルの研究は実は大した物だったらしく、クリスはその成果を色香で奪った──端的に言うとそういう事らしい。
「実は、この話には続きがありましてね」
 男は何と、カイルとクリスはまだ切れていない、と言うのだ。色ボケしているように見せて、実はカイルは研究を続け、新たにまとめた研究成果を携えてクリスと合流するつもりらしい。
「合流する女をどうして探偵に探させる? 切れていないのならば、連絡を取り合っている筈だろう?」
「あらためてカイル・マクレーンが、クリス・シルバーマンに対して横恋慕をしている事を周囲に知らしめるためでしょうね」
「何のために?」
「更に言えば、カイルとクリスには何ら恋愛関係が存在していない、その事を強調するためです」
「……味方を裏切るためか。ネタを更に高い値段で余所に売るとか?」
「御名答。あなたはなかなか頭が良い」
「で、俺は何をすればいい?」
「ご自分の職務に忠実に」
 男はグラスを掲げた。
「月と地上の、未来に乾杯──」

   ×   ×   ×

 俺はカイル・マクレーンに、クリス・シルバーマンの居場所が分かった事を知らせた。案の定、奴は喜ぶよりも驚いて『アンクルブレーカー』に慌ててやって来た。
「か、金は後で口座に振り込んでおくよ。あ、ありがとう」
 わかりやすい狼狽ぶりに、俺は苦笑した。よほど情報提供者の事を教えてやろうかと思ったが、同業の仁義だ。こう言うだけに留めておいた。

「お前さんが思っているより、周りは物知りだって事だ。幸せにな」

 二週間後、ホワイトシティより遥かに離れたエリアゼロで、男女二人の身元不明の死体が発見されたという噂を聞いた。当然、新聞にも載っていないし、ニュースにもならない。俺はそれについて詮索をする事はしなかった。カイルからは、あれから何の連絡はない。つまりはそういう事だ。
「やあ、こんにちは」
 昼下がりに、再びあの男が『アンクルブレーカー』にやって来た。以前より顎の線が鋭くなっている。体つきもどこか大きくなったようだ。男はムーンレイカーを注文した。
「お宅、最近ジムにでも行っているのか?」
「昔の体に戻そうと思いまして。どうにも昔の勘はなかなか」
「俺の口座に金を振り込んだのは、お前さんかい?」
「さあ、知りませんね。カイル・マクレーンの仕業じゃないんですか?」
「額が二桁違ってる」
「私があなたに渡したいのは、こちらです」
 男は懐から一束のチケットを取り出した。
「OCB?何だい、これは?」
「新しいスポーツですよ。今度リーグ戦が始まるので、機会が合えば皆さんでいらして下さい」
「ルナテック絡みか。探偵やらチケット屋やら、色々やらされてあんたも大変だな」
「ええ。時間も人手も無いんですよ」
 男は静かに笑った。

   ×   ×   ×

 それから半年後、月の急接近に伴う未曾有の大災害がアースダッシュを襲った。俺は、ケイトやダニエル、そしてジョナサン達と小高い丘の上からホワイトシティが次々と隕石によって破壊される様を呆然と眺めていた。
「月からの臨時放送だってよ!」
 携帯テレビを持ったダニエルが叫ぶ。何気に画面を覗き込んだ俺は驚愕した。そこに映っていた人物は、あのムーンレイカーの男であった。

「私は月評議会議長、スラッシュ・キーンです」

 男は演説を始めた。
 俺は月に向かって、スキットボトルを掲げた。

「あんたも大変だな、大将──」

初出:Blu-ray「バスカッシュ!」shoot:7(2010年2月17日発売)初回特典
   (発売・販売元:ポニーキャニオン)

読んで下さってありがとうございます。現在オリジナル新作の脚本をちょうど書いている最中なのでまた何か記事をアップするかもしれません。よろしく!(サポートも)