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『音と言葉と映像で作る新しいJ-POP の世界』(YOASOBI)人生を変えるJ-POP[第6回]

たったひとりのアーティスト、たったひとつの曲に出会うことで、人生が変わってしまうことがあります。まさにこの筆者は、たったひとりのアーティストに出会ったことで音楽評論家になりました。音楽には、それだけの力があるのです。歌手の歌声に特化した分析・評論を得意とする音楽評論家、久道りょうが、J-POPのアーティストを毎回取り上げながら、その声、曲、人となり等の魅力についてとことん語る連載です。

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YOASOBIは、現在、若者の間で非常に人気の高い音楽ユニットです。2020年の紅白歌合戦に出場したことで各年代に一気に認知が広がりました。「小説を音楽にする」というコンセプトは、音楽と言葉の融合性を図った新しい音楽の形として非常にユニークな存在です。

デビュー曲『夜に駆ける』は、わずか5か月で1000万回再生

YOASOBIは、ソニー・ミュージックエンタテインメントが運営する小説&イラスト投稿サイト「monogatary.com」に投稿された小説を音楽にするというプロジェクトのもと企画されたユニットで、2019年10月に結成されました。

デビュー曲『夜に駆ける』は公開後、僅か5ヶ月で動画再生サイトにて1000万回を突破し、2020年末には紅白歌合戦に出場しています。

作詞、作曲などのコンポーザーは、当時、既にボカロPとして活動していたAyase、ボーカリストには、シンガーソングライターのikuraによって構成されているユニットです。

YOASOBIというネーミングは、メンバーそれぞれ個人の活動を昼の顔とし、YOASOBIとしての活動を夜の顔と位置付けてネーミングしたとのことで、あくまでも、個人としての活動も行いながら、YOASOBIとして活動するときには結集する、というスタイルを貫いています。

幼い頃から音楽と共にあった、Ayaseとikura

YOASOBIの楽曲を担当するAyaseは、1994年生まれの現在28歳。ピアノ教師だった祖母や音楽好きの両親のもと、幼少期からピアノやギターなどを習い、小学校高学年には作曲を始めます。

小学校時はピアノの腕前は非常に優れたものがあり、ショパンコンクールで4位に入賞した小林愛実と同じ先生につき、国際コンクールなどにも出場するぐらいの実力でしたが、中学校進学の折に海外留学を打診されたことがきっかけで、ピアノから自分で楽曲を作り演奏するというバンド活動へと気持ちが傾いていったように思われます。また、「中学の時から歌手になりたいと思っていた」と話しています。

彼は小学校からEXILEの曲を聴き、6年の頃から中学にかけてはaikoの楽曲を聴いていたとか。特にaikoに関しては彼自身が「自分の音楽の原点ともいうべき存在」と語るようにメロディーワークの部分で大きな影響を受けたと話しており、「彼女はJ-POPを極めた存在。自分もそうなりたい」というほどリスペクトしています。

また、中学に入り、後に彼がバンド活動を始めるときのルーツともなった存在、「マキシマム ザ ホルモン」の音楽に出会い衝撃を受け、彼らの歌詞をメロディーの中に落とし込んでいくリズム感に多大な影響を受けたと言います。

高校一年生でロックバンド「Davinci」を結成しボーカルを担当して活動を始めますが、やがて高校を中退、本格的な音楽活動へとのめり込んでいきます。

2016年からDavinciは東京進出をして活発に全国活動を行いますが、2018年に彼自身が出血性胃潰瘍を発症したことによって活動休止を余儀なくされました。

彼は入院中に1人でも音楽活動の出来るものを模索する中でVOCALOIDを使って初めて作った初音ミクの『先天性アサルトガール』をニコニコ動画とYouTubeに投稿し、ボカロPとしての活動を始めます。

その後投稿した『ラストリゾート』のブレイクや1st EP『幽霊東京』の即日完売などの活躍が、当時、クリエイターを探していたソニー・ミュージックエンタテインメントのスタッフの目に留まり、声を掛けられました。

YOASOBIのもう1人のメンバーであるボーカリストikuraは、シンガーソングライターとして活躍している幾田りらです。彼女は、現在21歳。3歳までをシカゴで過ごしました。

音楽好きの父親の影響から、いつも身近に音楽のある環境で育ち、ピアノは小学1年生、ギターは6年生から本格的に習い始めています。また3年生から6年生の初めまでミュージカル劇団に所属していて、この時にボイストレーニングをかなり本格的に受けたと話しています。中学から高校2年生まではオーケストラ部にてトランペットも吹いていました。

このように幼い頃から常に音楽がそばにあった彼女の物心ついた頃からの夢は、「歌手になりたい」ということ。またその気持ちと同時に「シンガーソングライターになりたい」という気持ちが芽生えてきたと言います。

それは、彼女が小学校6年生の頃、バレンタインか誕生日かに、母親が書いた詞に父親が曲をつけてプレゼントするのを見て、「自分で曲を作る、詞を作る、ということが凄く素敵に見えた」と話していることからもわかります。

その夢を叶えるべく中学生で路上ライブを始めた彼女は、数々のオーディションを受けながら、2015年、Sony Music主催の『SINGIN'JAPAN』のファイナリストに選出されます。その後、同社のシンガーソングライター養成講座『the LESSON』の4期生となり、作詞、作曲をする技術を身につけていきました。

また、講座終了後は、シンガーソングライター達のアコースティックセッションユニット「ぷらそにか」に入り、YouTubeにて活動を始めたところ、歌唱力がCMスタッフの目に留まり、2019年、スキマスイッチの『全力少年』のカバー曲で東京日動海上あんしん生命保険のCMに起用されたのです。

さらに彼女がInstagramの動画で配信したカバー曲を、当時、ボーカリストを探していたAyaseが目にして声をかけ、YOASOBIのボーカルikuraとして活動を始めることになりました。

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YOASOBIとしてメジャーデビュー

YOASOBIのデビュー曲『夜に駆ける』は、19年7月に行われた「モノコン2019」でソニーミュージック賞の大賞に輝いた星野舞夜の小説『タナトスの誘惑』が原作になっています。

この小説は、自殺をテーマにしていてAyase自身の楽曲『ラストリゾート』に世界観が近く、楽曲にするのに差別化が難しかったとのこと。何度も原作を読み込み、彼なりの解釈を加え、主人公の感情や男女の関係性などを補足して完成させました。

そこには、現在、YOASOBIのプロデューサーを務める山本、屋代両氏と協力しながらの作業があり、ボカロPとして1人で楽曲を作るのとはまた違った楽しみを経験して、「まるでバンドのようだった」と話しています。

このような過程を経て、YOASOBIは、2019年『夜に駆ける』でメジャーレビューを果たしました。

一緒に世界観をつくりあげるプロデュースチーム

このことからもわかるように、YOASOBIには、プロデュースチームの存在が欠かせません。Ayaseの作る楽曲の世界観にプロデューサーのリスナーとしての目線を加えることで、若い世代の感覚を捉えた楽曲が生まれていきます。

また、Ayaseの作るYOASOBIの楽曲の仮歌はボカロで作られており、実際に生身の歌手が歌おうとすると息継ぎなどが考慮されていなかったりすることも多々あると言います。

そのため、レコーディングの段階でikuraの歌がAyaseのイメージと異なる場合もあるとか。そういう場合は、お互いの感性をすり合わせながら一緒に世界観を作り上げていくということで、共同作業によって楽曲が完成されていくという雰囲気があるように思われます。

すなわち、原作小説があり、それを2人が読み込んで、それぞれの世界観をイメージする。Ayaseはそれを楽曲に投影し、ikuraは主人公になった気持ちで歌声に反映させていくことで、2人の世界観の合致した部分で楽曲が出来上がっていく、というのが、YOASOBIの音楽の世界と言えるのではないでしょうか。

これは、AyaseがボカロP、ikuraがシンガーソングライターという全く別軸の音楽を持つことが大きく作用していると考えられ、2人によってのフィードバック作業で音楽が作り上げられていくと言えます。

Ayaseが楽曲を作る最初の着想の部分では仮歌をボカロで作ることで、生身の人間が歌いながら作るなら考えられないような自由なメロディー展開が出てくるのも彼ならではのものです。

それを実際にikuraが歌いながら微調整を行なっていくことで、最初から生身の人間が歌うのを想定したものとは大きく違うものが出来上がっていく。これがYOASOBI の音楽の魅力と言えるでしょう。

原作小説と、ボカロ音楽の発想から生まれたメロディー、そして、それを実際に歌うikuraの歌声、というこの3つの要素が絡み合って、初めてYOASOBIの音楽は成立するのです。

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難曲を軽やかに、かつ正確に歌う、幾多りらの実力と声質

自由な発想から作られてくるAyaseのメロディーを正確に歌に具現化していくのはikuraこと、幾田りらの歌手としての圧倒的実力です。

VOCALOIDで作られた歌の特徴は、初音ミクの歌声にもあるように、非常に機械的、かつ正確な音程によるメロディーラインです。このメロディーラインは、非常に綺麗なラインを作っているのが特徴ですが、実際に歌おうとするとかなり高度なテクニックと正確な音程を要求されるものでもあります。

幾田りらの歌声の特徴は、無色に近い透明感です。混じり気のない透き通った響きの音色はビブラートのない真っ直ぐなストレートボイスの響きでその中心に声の芯を持っています。

声の幅は細く、低音域から高音域まで、その音色に変化はありません。どの音域も透明感溢れた歌声をしており、ファルセットに転換されると、透明感に加えてソフトな温かい音色が現れるのが特徴です。

さらに彼女の歌声は非常に伸びやかで、どんなに高低の移動の激しいメロディーラインが来ても、正確に音程を歌っていくテクニックを持ちます

Ayaseの作る綺麗なメロディーラインは音程の難しさと共に、高速の中で独特のリズム感で言葉を落とし込んで処理する能力が要求されますが、この要求に対し、彼女は見事に応えているのです。

これは、『夜に駆ける』一曲を見てもわかるように、アップテンポとメロディーラインの展開の激しさについて、この楽曲をカバーしたX JAPANのToshiに「Aメロ、Bメロ、サビ、パターンという慣れ親しんだ楽曲のパターンが崩されていてできるかな、と思った」と言わしめたほど、今までの楽曲のスタイルを突き崩すものであり、その難曲を彼女は見事に歌い切っていると言えるのです。

発声に癖がなく、どこにも余分な力が入っていない歌声は、おそらくミュージカル劇団に所属していた頃に「歌う」ということの基礎力を徹底的に鍛えられたことによるものではないかと考えられます。

無理のない発声は、中学時代に路上ライブを開催していた頃の彼女の歌声にもすでに現れている特徴ですが、「自分の声が嫌いだったが、変声期を経て、高校生の頃にやっと好きになった」と彼女自身が言うほど、年齢を重ねるに従って魅力的な歌声へと成長してきたと言えるのかもしれません。

癖のない歌声は、物語の世界観にマッチしやすく、「カメレオンみたいにどの楽曲の主人公にも染まれるよう真っ白でいることが目標」という彼女の言葉通り、どんな人物像にも染まっていける声質です。

この歌声があって初めてYOASOBIの世界が成立するのであって、そういう意味からすると、ボーカリストikuraの存在は大きく、Ayaseの音楽の世界を具現化していくのに彼女の歌声は必要不可欠な存在であると言えるでしょう。

「小説を音楽にする」という音楽スタイルでヒットを飛ばす

「小説を音楽にする」というコンセプトのもと、YOASOBIは『夜に駆ける』以降も『ハルジオン』『群青』『怪物』など順調に次々ヒットを飛ばし、デビュー後、わずか3年でYOASOBIの音楽スタイルを多くの人に強烈に印象付けています。

2021年8月には、ラジオ番組『日本郵便 SUNDAY’S POST』との共同企画「レターソングプロジェクト」でリスナーからの手紙を原作にして楽曲を制作するというコンセプトのもと、小学校6年生が応募してきた「音楽」への感謝を綴った手紙を原作に『ラブレター』を発表し、話題になりました。

また、2022年2月と5月には、島本理生、辻村深月、宮部みゆき、森絵都という直木賞作家4人が「はじめて」をモチーフに書き下ろした小説に楽曲をつけるという企画で、『ミスター』『好きだ』などの楽曲が次々発表されています。

このようにYOASOBIは、「小説を音楽にする」というコンセプトを持ったユニットとして誕生しました。

小説は、平面上の文字だけの二次元の世界であり、音楽は立体的な三次元の世界のものです。二次元の言葉の世界に音楽とMVの映像が加わることで、小説の世界を映像と音楽で表すことになり、人々はより具体的に物語をイメージすることになります。

YOASOBIの楽曲を聴いてから原作を読む人や、原作を読んでから音楽を聴く人など、小説と音楽、映像という三つの文化が一体化することで、新しい小説の読み方、新しい音楽の聴き方を楽しむことが出来ます。

これらの取り組みは、現代の活字離れや、コロナによるエンタメ界全体の低調さを払拭し、新しい文化のあり方を提示していると言えるでしょう。

YOASOBIの再生サイトには海外から多くのコメントが上がり、今後もボカロイド音楽がJ-POP音楽の柱の1つになっていくことの可能性や多くのミュージシャンに多大な影響を与える存在であることを感じさせます。

VOCALOIDというシンセサイザーの出現は、J-POPに新しいシーンを与えました。Ayaseは「幼い頃からJ-POPをずっと聴いてきた人間として究極のJ-POPを作りたい。J-POPを極めたい」と言っています。

今後、彼らの作る曲がJ-POPを牽引していく存在の1つになることは間違いありません。ボカロイド音楽は、J-POPのオリジナリティーを示すのに不可欠なジャンルであり、彼らの存在はその旗頭として、今後も期待されていくに違いないのです。

久道りょう
J-POP音楽評論家。堺市出身。ミュージック・ペンクラブ・ジャパン元理事、日本ポピュラー音楽学会会員。大阪音楽大学声楽学部卒、大阪文学学校専科修了。大学在学中より、ボーカルグループに所属し、クラシックからポップス、歌謡曲、シャンソン、映画音楽などあらゆる分野の楽曲を歌う。
結婚を機に演奏活動から指導活動へシフトし、歌の指導実績は延べ約1万人以上。ある歌手のファンになり、人生で初めて書いたレビューが、コンテストで一位を獲得したことがきっかけで文筆活動に入る。作家を目指して大阪文学学校に入学し、文章表現の基礎を徹底的に学ぶ。その後、本格的に書き始めたJ-POP音楽レビューは、自らのステージ経験から、歌手の歌声の分析と評論を得意としている。また声を聴くだけで、その人の性格や性質、思考・行動パターンなどまで視えてしまうという特技の「声鑑定」は500人以上を鑑定して、好評を博している。
[受賞歴]
2010年10月 韓国におけるレビューコンテスト第一位
同年11月 中国Baidu主催レビューコンテスト優秀作品受賞