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やる気がないのはなんでだろう。

 「最近の大学生はレベルが低い」なんて言葉を今でも聞く。何故そのように言われているのかはここでは割愛する。詳しいことは下記のURLをクリックしてほしい。

 https://anaximandros1.com/%e3%80%90%e5%ad%a6%e5%8a%9b%e4%bd%8e%e4%b8%8b%e3%80%91%e5%a4%a7%e5%ad%a6%e7%94%9f%e3%81%ae%e5%ad%a6%e5%8a%9b%e4%bd%8e%e4%b8%8b%e3%81%ae%e5%8e%9f%e5%9b%a0%e3%81%af%ef%bc%9f%e5%90%8d%e3%81%b0%e3%81%8b/

 この記事をご覧になれば大学生が勉強をしないというのはわかったと思う。では”何故勉強しないのか”を2つの大学に通学経験を持つ僕が実際にっ経験したこと,周りを見て思ったことを踏まえつつ考えていきたい。

 まず,僕の現在の大学は一応中堅大上位に入ると思う。現役生には舐められがちだが,案外受からないという部類だ。所謂March,早慶の併願といった所だと思う。僕は今回はここを卒業するつもりなので,2月の合格発表後すぐにTwitterで同級生と交流していたのだが,一般勢にはある共通点があった。それは”早慶志望であった。”ということだ。早慶を目指して受けて,そしてここに決まった。今の所私の様なMarch志望は見たことがない。いるのかもしれないが,少なくとも僕はあったことがない。基本的に元早慶志望と推薦勢で大半を占める。推薦勢が勉強をしているのかしていないのかについてはここでは言及しない。しかし,一般勢は「こんなはずではなかった。」という気持ちをもってここに来るのだ。早稲田の入学式の日はTwitterが阿鼻叫喚であったのを覚えている。そしてこれは私も去年経験した。”学歴フィルターに対する不安や将来設計が丸つぶれになった絶望感,周りは楽しい大学生活を送っている,中には自分よりできてなかったのにAOなり推薦なりで自分より上の大学に行く虚しさ”これらが押し寄せ結局やる気がなくなる。何をしても無駄感がするのだ。大学受験の厳格化によって既に入る前からやる気がない人も多いことではないかと思う。

 そうとは言ってもなんだかんだ受け入れて前に進まなければならない。大体春休み辺りで一度受け入れ始めるのだが,そこでまた悲劇が襲う。まず”取りたい授業が取れない”つまり抽選落ちだ。人によっては10単位分以上も抽選落ちになる。それでも,4年で就活をしなければならないので1,2年でフル単をしなければならない。だから必然的に興味のない科目も取らなければならなくなる。それに加えて一年の授業はレベルが低かったりする。「え?こんなことやるの?」なんてのもある。僕は去年仮面先の日本史の授業でそのように感じたことが多かった。実際Twitterでも似たようなつぶやきがこの時期多発している。しかし,これは”それはそうだ”と言えばそうなのだ。今の時代50%が推薦入試で入学しているわけだし,そちらに合わせるのも無理はない。しかし,この段階で一般組は落胆する。「こんな事するために受験勉強した訳じゃないのに…」なんて思うだろう。今の大学は”大学入試において求められる能力”>>>>>>”大学に入って最初の授業の難易度”なのだ。(実際どんどん難易度は上がってくるので気を緩めないで欲しいのだが…)

 以上の理由が大学生が勉強をしないと言われる所以なのではないだろうか。厳しすぎる大学受験と頑張ろうと思った矢先の抽選落ちは大学生を不真面目にするには十分すぎる理由ではなかろうか。それに,大学生の学力レベルはむしろ上がっていると思う。実際センター試験の平均点はどんどん上昇していたし,共通テストの平均点もセンターよりも難易度が上がったにも関わらず殆ど変化が見られなかった。(それに加え共通テストの方が浪人生の人数がはるかに少ないので,少なくとも去年の現役生より今の大学一年の方がはるかに優秀であるのかもしれないと個人的には思うところだ。)若者の学力自体はかつてよりも上がっていると言えるのではないのだろうか。しかし,それを周りが潰してしまっているように思えて仕方がない。

 ではこれを改善するにはどうしたら良いのか。「一般入試の割合を増やすこと」「早慶,Marchなどのくくりを辞めて,やりたいことや教授で選ぶように指導する事」「受験失敗勢の自尊心や自己肯定感を取り戻すこと」「企業や就活コンサルタントなどが学歴フィルターがないことを証明する事(勿論廃止する前提でだ。)」が挙げられる。

 この問題は解決が急がれる問題に部類すると思う。このままでは,若者は頑張ることが出来ない。敗者復活戦がないと考えられている今では(実際そうであるが)何をやっても無駄だから,懲役に備えて遊ぼうとなってしまうのも無理はない。「それを乗り越えるんだ」なんて大人は言うけど,それならそれで環境を整えてから言えと思ってしまう。この問題の責任は学生本人の問題というより,社会の連帯責任と捉えた方がいい。私はそんな気がしてならない。

 

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