明日の夜空/ASU・NO・YOZORA
これはOrengestar作の曲「アスノヨゾラ哨戒班」を小説化した物です。
プロローグ
かつて栄光を放っていた文明が崩壊した22XX年。今や人類が住めなくなったニホン国の首都“トウキョウ”は大規模な洪水に襲われ、放射線によって汚染された。
その影響で突然変異した生物を管理するための部隊が作られたのであった。
栄光と残骸
ドッドッドッドッ
エンジンの調子の良い音が虚な建物に反響している。
他には音は全くない。
はるか下のアスファルトの海底は太陽の光を浴びて澱んで見えた。
その上を目玉がテニスボールほどもある魚が横切ると、まるで宇宙に浮かぶ星のようにきらめくのだった。
「そのうち見飽きるぜ。新米。」
アフロヘアーの男がタバコを吹かしながら笑った。
彼の肌は褐色で歳は30前後ぐらいだ。手には銛のよう物を持っている。
「なあミゲル。新米じゃなくて名前でよんだ方がいいんじゃないかな?」
船尾の方から禿頭が覗いた。だがミゲルのように褐色の肌では無く真っ白な肌だった。
どうやらエンジンのハンドルを握っているらしい。
「うるさい、ヴェルケ。コイツを立派なアスノヨゾラ哨戒班に鍛え上げるには“新米”と読んだ方が良いんだ。」
ミゲルはタバコの灰を船縁から海中に払い落とした。
灰はパラパラと水の中を舞い、静かに海底に着地した。
「大丈夫だよ、フィロ。ミゲルは良い人だから。」
ヴェルケが慰めるように苦笑した。
フィロは心配そうな顔で二人を見比べた。
こんな人間が本当に元自衛隊所属の特殊作戦群第15アスノヨゾラ哨戒班の隊員なのだろうか。
そもそも世界中の政府が崩壊したこの世界では自衛隊自体が意味をなさない。
このアスノヨゾラ哨戒隊だって北ニホン政府と南大日連邦の国境線に当たるトウキョウの国境警備隊のようなものだ。
国境警備隊でありながらパスポートもないし、飯は自給自足などほぼ原始人と同じ生活を強いられている。
フィロの視線はまた海底に戻った。
アスファルトの上に白い線が海藻の間に見え隠れしている。
どうやらアレは横断歩道というものだったらしい。
はるか昔。人類が地面を席巻していた頃にはたくさんの人々が横断歩道を使ったらしい。
だが今は海藻と珊瑚に覆われ、200年前の混乱以来その上を歩いた者はいない。
突然軽自動車程もある魚影がヌッとフィロの視界に入って来た。
「ピルコグだ。」
ミゲルはタバコを投げ捨てるとフィロと同じように水面を睨んだ。
「新米。水面から離れた方が良いぜ。やっこさん、俺たちのボートを獲物と勘違いしてやがる。」
ミゲルの警告を聞くとフィロは頭を引っ込めた。
「どうだい?」
ヴェルケが聞いた。
「やつだ。」
そう言うとミゲルはパッと顔を上げた。
「新米!そこのライフルを持ってこい!」
フィロはボートの舳先に立てかけてあったGew98ライフルを手に取った。ドイツ製のこの銃器は未だ十代のフィロには重すぎるようだ。ヨロヨロとミゲルにライフルを渡した。
ミゲルは銛を投げ捨てるとライフルを手に取った。そして素早く何か四角い物がついた銃弾を込めると銃を構えた。
パァンと静粛を破って発砲音が辺りのビルに反響した。
銃弾は勢いよく飛び出し、やがてスピードを失いってポチャリと海に落ちた。
するとそこからドス黒い煙がモウモウと海中に立ち込めた。
ミゲルは銛を持つとカチリッと横にあるグリップを押した。
今度は銛の尖った部分がパカッと先端が分かれてまるで爪のように変形した。
「今からバカでかい釣りをやるんだ。新米、よく見とけよ。」
大魚影
魚影はゆっくりと煙の方に移動し始めた。
ヴェルケはそれに合わせて今度はオールで漕ぎ始めた。
黒い煙に十分に近付いた次の瞬間
バシャ!!!
物凄い水飛沫と共にナマズのような醜い顔が緑色の水中から姿を現した。
それと共に物凄い悪臭がフィロ達の鼻を突いた。
「銛を突き刺せ!!」
荒れ狂う水飛沫の舞う中でヴェルケの怒鳴り声が聞こえた。
ミゲルはパッと飛び跳ねると銛をバカでかいナマズの目に突き刺した。
「フギャーーーーー!!!!」
ナマズは叫び声を上げると目に飛びついた奇妙な物体を振り払うためにミゲルごとザブンと海の中に潜った。
「クソ!もぐった!」
ヴェルケが怒鳴った。
「フィロ!コレを!」
そう言って彼がフィロの足元に投げて来たのは何か硬い箱型の物だった。
「そいつは音波放出装置だ!!!」
ヴェルケが辺りをキョロキョロ見回しながら叫んだ。
「海に投げ込め!そうすりゃあ、アイツはそれに反応してそれに食い付くはずだ。」
その時、ボートから少し離れた海面からアフロヘアーがヒョッコリ顔を出した。
「早く!投げろ!!」
ヴェルケに急かされてフィロは装置をアフロヘアーとは反対の方向に放り投げた。
ポチャっと辺りに心地のいい音が反響した。
ミゲルは船縁に手をかけると素早くボートによじ登った。
そして次の瞬間、装置は緑色の海中に引き摺り込まれた。
「ひゃー。一丁前が台無しじゃないか。」
ビチョビチョに濡れた戦闘服を脱いで、下着姿になったミゲルが言った。この状態でもなんとかタバコのライターを付けようと苦戦している。
「タバコより計測器は?!」
ヴェルケがライターを引ったくった。
「ちゃんとあるぜ。まったく......浄化剤の意味は無かったってことだ。」
そう言いながらミゲルは紫色の血がついた銀色の円筒を突き出した。
横幅は30センチメートルであり、太古に使われていた物らしく所々錆び付いている。中央には赤い文字で[ガイガーカインター]と書かれていた。
「北日軍の奴ら......。あの薬のせいで変異がどんどん加速してやがる。おまけに魚も水質も以前より澱んでいる。」
「大体こんなのになったのは太平洋の向こうにあったアメリカとかいう国のせいじゃないか。ニホンに核兵器を持ち込ませて.......。」
「確かSky Arrowていう[AVDRS\アヴドロス]だろ。」
「そいつのせいで大災渦が.......。」
二人が意味のわからない事を喋っている時、フィロの喉が急にカッと熱くなった。
まるでナイフを突き立てたような熱さだ。
フィロが吐き気を覚えた時
「ウッ!!」
物凄い目眩が襲い、フィロはグッと目を瞑った。
何かムラムラした物が腹からクワッと上がって来た。
フィロは口元を必死に押さえたが、そのうち耐え切れなくなり
「オェエエエエ!!!」
吐いてしまった。
「おい!大丈夫か?!!」
ヴェルケの声がぼんやり聞こえた。
もちろん自分の汚物を見たくは無いが人間とは好奇心が抑えられない生物だ。
フィロは薄く目を開けた。
視線に飛び込んで来たのはグロテスクな見た目をした汚物でもなく、白っぽいベチョベチョした痰でもなく、真っ赤な血で染められた自分の手だった。
「放射線にやられたな!」
ミゲルが慌てた様子で立ち上がった。
フィロはそんな声はよそに自分の手をボーッと見つめていた。
-昨日もそうだった。だけどこんな量じゃなかった。
やっぱり日に日に自分が衰弱しているのが分かる。
皮膚の細胞を貫いて遺伝子を木っ端微塵にする目に見えない恐ろしい放射線.......。
「これが承知の上で入ったんだろ。」
そう自分に言い聞かせるも返ってくる返事は
「このまま放射線の餌食になりたく無い!!!俺の明日はどうなるんだ!!え!??なんか答えろ!!!お前が己の未来をどぶに捨てたんだ!!!」
その度に言った自分は思うのだ。
「.....未来なんか嫌いだ........明日なんか来なければ良いのに............もう来ないでよ......。」
「大丈夫か?!おい!」
ヴェルケが体を揺さぶった。
その揺れで口の中に溜まっていた残りの血が流れて来た。
「とにかく帰.......。」
ミゲルの声が聞こえたと思った瞬間、フィロの意識は下へ落ちていった。
下へ......
下へ.....
天使
北日軍の科学責任者サムイル・”セルゲイヴィッチ“・ヴァイマン教授はまるで虎のように笑っていた。
今彼が手渡された報告書にはまったくバカけた事が書かれていたのだ。
「天使だって?!ハハハハハハハハハ!!!」
彼のニホン語は流暢でロシア人のハーフという事を除けば完璧なニホン人だった。
「本当です!」
マリー・J・シャウベルグ。このドイツから引っ張ってこられた29歳の生物学者は赤面しながら叫んだ。
「こんな、ほら話は幼稚園児でも信じないぞ。」
サムイル教授はさらに詰め寄った。
「い......生け取りに.....したんですぅ.......。」
マリーは俯いてしまった。もうこれは負け確定だ。虎の餌食になるしかあるまい。
「生け取りだと?」
突然、サムイル教授の圧力が緩まった。彼もこれは意外だと思ったらしい。
「はい.........。ホッカイドウ上空でレーダー網に引っかかり、F35戦闘機が撃墜しました。現在は治療を受けて良くなりましたが......。」
「なりましたが?」
サムイル教授は身を乗り出した。
「その......“羽”を取られたんです。」
「羽?」
「はい。撃墜した後に落下した地点がカラフトで........。我々が墜落地点についた時には羽は、もぎ取られた状態でした。おそらくロシアの仕業でしょう。」
マリーが説明した。
「ともかく天使の本体は明朝、ニイガタに到着します。」
「空輸かね?」
「はい。輸送機で輸送します。」
「わかった。」
サムイル教授は窓の外を眺めた。
「..........綺麗な星空だな。」
窓の外では水上滑走路の範囲を表すブイが点灯しており、車輪の代わりにジェットスキーをつけたF35戦闘機が堤防に横付けにされていた。
あの堤防だって大災渦の前までは鉄筋コンクリート製のビルの屋上だったのだ。
全てあの大災渦のせいだ。
大災渦......。
ザ・メインストルムとも呼ばれた人類が犯した最大の罪であり神が下した決断......。
事の発端はSky Arrowという[AVDRS\アヴドロス]列島警戒防衛報復システムをアメリカがオキナワに設置したのが始まりだ。
20XX年。八月九日18時20分
Sky Arrowの自動感知システムにエラーが発生。西側諸国の領土に核ミサイルを発射した。
皮肉にも目標にはニホンも入っていた。
八月九日20時57分には世界中が混乱に巻き込まれた。
アメリカの自動報復装置も作動しロシアへ自動的に報復を開始した。
こうして大災渦は始まったと伝えられている。
神は決断したのだ。人類を地上から抹消する事を。
福島上空 高度4万5000フィート地点
B78ストラトヘルパーはかつてアメリカのボーイング社が製造した全長47.45メートル、四発エンジンを積んだ大型輸送機である。
2095年に設計されたこの“成層圏の助け人”はたった三機しか製造されなかった。
そのうちの一機が今福島上空を舞っていた。
「こちらNJA91ナランハ・エストエラ。乱気流を抜けた。これよりオートパイロットに切り替える。」
操縦室からの無線が貨物室まで丸聞こえだ。北日軍の兵士たちは戦闘服を身に付けて貨物室の真ん中に置いてある檻のような物をジロジロと見つめていた。
「おい、あれなんだよ。」
一人の兵士が同僚を小突いた。
「分からねえ。」
小突かれた兵士は目を細くした。
「だけど、白い物が入っているぜ。」
確かに檻の頑丈そうな鉄格子の間からは何か白い布のような物が中にあることが確認出来た。
「お前ら。あの事については喋ってはならない。」
一際目立った戦闘服を着た男が注意した。
おそらくこの部隊の隊長だろう。
貨物室はまた静まりかえった。
不気味なぐらい静かだ。
「まるで......。」
兵士の呟き声が反響した。
「嵐の前の静けさだなぁ」
予想は的中した。
突然機体がガクンと揺れたかと思うと爆発音が響き渡った。
「緊急事態発生!緊急事態発生!ゲリラの.....。」
操縦室から無線が聞こえた次の瞬間、今度は前から爆発音が聞こえ操縦室に通じるドアから黒煙がドッと貨物室に流れ込んできた。
「自爆ドローンだ!!!」
兵士の一人が窓を見ながら叫んだ。
外はだんだん夜が明けて来ているのか、紺色の空が段々と紫色に変わり始めていた。
それを背にして一機の戦闘機がまっしぐらに突進している所だった。
目を凝らすとコックピットには人の代わりに円筒形の物が載せてある。
爆弾だ。
赤いランプが点灯して警告音をけたたましく鳴らした。
「メーデー!!メーデー!!」
サイレンの中、誰かが叫んだ。
「現在トウキョウ方面に迷走中!!操縦室大破!!」
機体はゆっくりと旋回していた。
「ターレットを使え!!」
掛け声と共に数人の兵士がハシゴを登って天井にくっついているガラスドームのような物から頭をひょっこり出した。
このガラスドームには強力なパルスガンが備わっていたのだ。
パルスガンは一斉に自爆ドローンに狙いを定めた。
「撃て!!!」
銃口から赤い発光した三十センチメートルばかりの光線が発射されるとドローンめがけて飛んでいった。
1発目はドローンの機首に命中して爆発を起こした。その次に命中した光線は尾翼をもぎ取った。
それでもドローンは突進して来た。
「現在トウキョウ上空!!」
また誰かが叫んだ。
「バッテリーを装填しろ!!」
「急げ!!」
「貨物室から出ろ!!」
「だったらどこに逃げりゃ良いんだよ!!」
「知るか!!」
ドローンはもう目前まで迫って来ている。
騒ぎはいっそう大きくなった。
「わー!!」
「とにかく積荷を守れ!!」
隊長が拳銃片手に叫んだ。
だが突っ込んでくる戦闘機相手に拳銃なんて効果があるのだろうか。
「おい!衝突するぞ!!」
「衝撃に備えろ!!!!」
鉄がひしゃげる音。
爆発。
誰かの叫び声。
頑丈な檻はペチャンコに潰れて中身は空中に放り出された。
それは白い服を着て、日の出の光を浴びて輝いていた。
白い髪の毛が風に靡いてまるで龍のように靡いた。
それは.....
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