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豆腐メンタルなので計画を立てておかないと息ができない


どうせ変わるのだからその場で決めようって人は心も環境も強強なのだよ。


現在、大きなプロジェクトが同時進行で動いています。あちらを決めるにはこちらが決まらないと。。という状況。そしてうまくいかなかったらどうしようとメンタルが潰れます。ほんまに心臓に悪いです。
もともとメンタル豆腐で自己肯定感マイナスなので毎日落ち込みながら傷だらけになりながら進んでいます。

そんな状態の中、こんなnoteが流れてきました。

私はめっちゃ計画を立てる派です。っていうかスケジュールとメモ、アイデアを毎日3つの媒体(1ヶ月表示のホワイトボード、Googleカレンダー、トラベラーズノート(紙のスケジュール帳)に書いています。そして毎日、毎週、毎月見直します。

ぶっちゃけ毎日、状況が変わるので計画してもその通りに行くことはまずありません。それでもいいんです。書いています。

そもそも、計画を立ててないと「急に変わった時どうすべきか」その場で考えなきゃいけないじゃないですか。そんなの私には絶対無理です。なので「しくじったら殺される」設定から始めるのがデフォ。


状況において1つ1つフローを組み立て、変更を余儀なくされたらこうしようっていう案を少なくとも3つは考えています。


「どうせ変わるんだからその時考えればいいじゃない」という考え方は私は絶対無理です。それはわたしが瞬時に対応できるほどの金銭的な余裕がないことを実感していること、実父を亡くしてから死ぬことを深く考えるようになったこと、そして「時は過ぎたらどんな手を使っても戻ってこないこと」を実感することが多くなったからかもしれません。


失敗やリセットを許せるマインドって心理的と環境的環境、両方があると思うんですよ。そして人には余裕の度合いが違います。自分には余裕がないって思ったら余裕がないんです。そこに比較を入れてしまうと益々自分が苦しくなります。

同時に、時は戻ってこない、死んだらやり直しもできないと思うと、そりゃ慎重になりますし複数案考えます。計画が計画通りに進まないからといって計画を立てないってのは私のようなメンタル弱弱には無理。息ができなくなります。

予定やメモを紙でノートに書くのはこんな理由もあります。

私は実父を東南アジア在中の最中に亡くしました。死に目には会えませんでしら。他の家族も重病にかかった経験もあります。その経験から死を日常的に意識してます。コロナ禍でその思いは一層強くなりました。なので「死んだ時に自分を残すため」に手書きの文字を残すことも意識しています。


あと、本も自分が死んだ時のことを想像して収集してます。通常において死を意識してない人から見たら頭おかしい考え方かもしれません。でもね、これが私の「自然」なんですよ。

計画やメモを3つの違う媒体に残して相互確認するって忘れっぽい人にすごくオススメです。物事を違う側面から観れるので漏れが減りますし、視点が多面的になります。超めんどくさいですけど、でも個人的にすごくオススメします。

私が紙のメモで使ってるのはこちら。

月がチェックできるマンスリー、週の予定を書くウィークリー、そして白紙のノートを挟んでいます。ウィークリーには予定に書き漏らしたホワイトボードに貼りまくったポストイットを貼っています。その日に忘れないようにPCに貼ったメモも貼ります。ウィークリーは数ヶ月分なので、ある程度残りが少なくなったら書き切るのを待たずにどんどん切り替えます。


私が死んだ時、「書き切ってないのね、焦ってたのね」と家族に苦笑いしてもらったら嬉しい。そして最後にお守りのように入れていたこの紙を墓に入れて欲しいです。