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【原発】作業員〝使い捨て撲滅〟を訴える遺族

原発「過労死」未払い残業代訴訟で判決


 東京電力福島第一原発の敷地内で車両の点検整備を担い、2017(平成29)年10月に過労死した猪狩忠昭さん(57)=当時=の遺族が、勤務先のいわきオール㈱を相手取り、未払い残業代など計約1000万円の支払いを求めた訴訟の判決が3月26日、地裁いわき支部であり、名島亨卓裁判長は約270万円の支払いを命じた。原発作業員をめぐっては、正規の賃金が支払われず〝使い捨て〟にされていることが問題になっているが、判決はこれに一石を投じた格好だ。

 猪狩さんの過労死については、本誌2018(平成30)年12月号「過労死作業員の妻が憤る東電『使い捨て体質』」という記事で取り上げている。
 猪狩さんが原発敷地内で働くようになったのは、原発事故が起きた翌年から。きっかけは中古自動車販売と自動車整備のいわきオール㈱(いわき市小名浜、馬目信一社長)に入社したことだった。

東電労災1

東電労災2

東電労災3

 原発敷地内で使われる車両の点検整備は、東電から東電リース㈱が請け負っていたが、いわきオールは東電リースの一次下請けとして原発敷地内に設けられた車両工場に社員を派遣していた。2級整備士の資格を持っていた猪狩さんは入社直後に同社から放射線管理手帳を渡され、この車両工場で働いていた。その後、車両整備の元請けは東電リースから㈱宇徳に変わった。

 点検整備自体は難しい作業ではなかったが、問題は「通常とは異なる労働環境」にあった。

 車両工場は一般服での作業が可能なGゾーンにあったが、車両自体が放射能で汚染されているため、猪狩さんら整備士たちは防護服、ヘルメット、全面マスク、ゴム手袋、安全靴という全身防護姿で作業しなければならなかった。また、車両工場にはトイレがなく、防護服を脱げないため、尿意を催しても昼食休憩中や作業終了後に免震重要棟に戻るまで我慢するしかなかった。おかげで水分補給も控えざるを得なかった。

 夏場の作業はさらに過酷で、クールベストを着用し、ポケットに冷却材を入れても30分ももたない。ペットボトル入りの水を支給されるが、全面マスクを外せないため水分補給ができない。点検整備は車両の下に潜り込んだり、エンジンルームに入ったりするため、噴き出た汗がマスク内にたまり呼吸が苦しくなることもしばしばだった。

 休日は日曜のみで、有給休暇は取れなかった。そのうち猪狩さんは体調を崩し、精密検査を受けると、大動脈弁輪拡張症と大動脈弁閉鎖不全症と診断された。猪狩さんは2016(平成28)年11月、いわき市立総合磐城共立病院で手術を受け、翌月に退院。2017(平成29)年1月に仕事復帰した。 

 しかし、猪狩さんの勤務体系は復帰後も変わらず、体調が万全ではない中で車両工場に通い続けた。作業量が増える一方、逆に整備士の人数は減っていったことも猪狩さんの心身に負担をかけた。

 2017年10月、猪狩さんはとうとう限界に達し、原発敷地内で倒れ〝帰らぬ人〟となった。

 仕事の過酷さもさることながら出退勤も劣悪な状況にあった。猪狩さんが亡くなった後、妻の茜さん(仮名)が同僚らから聞き取り調査をすると次のようなことが分かった。

 ①原発敷地内に入れる車は許可証を発行された社用車のみでマイカーでの直行ができなかったことから、もう一人の社員と社用車に乗り合わるため、いったん会社に集合しなければならなかった。

 ②原発に向かう国道6号は朝夕の渋滞が激しく、午前7時から始まるミーティングに間に合わせるためには早朝に出発する必要があった。

 ③会社から高速道路の利用を許可されていなかった。

 おかげで出社は午前5時。通勤にこれほど過大な負担を強いられたら勤務前に疲弊してしまうのは明白だった。加えて原発から帰社後は、レンタカーの手配業務なども行っていた。

 茜さんが、タイムカードに基づき亡くなる直前6カ月間の時間外労働時間(残業)を調べると、

 直前1カ月 122時間04分
 直前2カ月 112時間37分
 直前3カ月 80時間56分
 直前4カ月 123時間50分
 直前5カ月 130時間38分
 直前6カ月 87時間03分

 と膨大な時間に上っていたことも判明した。

 厚生労働省は過労死の労災認定基準として「発症前1カ月に100時間」あるいは「発症前2~6カ月に1カ月当たり80時間超」の時間外労働があった場合、過労死の危険性が高まるとしている。いわゆる「過労死ライン」と呼ばれる基準だが、これに当てはめるまでもなく、猪狩さんが同ラインを大きく超えていたのは明らかだった。

 茜さんは「夫が亡くなったのは長時間労働による過労が原因」として2018(平成30)年3月、いわき労働基準監督署に労災申請を行い、同年10月、遺族補償年金の支給決定通知が届いた。要するに、労災と認定された〝証拠〟だ。

 これを受け、茜さんは地裁いわき支部に、いわきオールを相手取り未払い残業代などの支払いを求める訴訟と、同社・東電・宇徳を相手取り計約4340万円の損害賠償を求める訴訟を起こした。冒頭で触れた、3月26日に出された判決は前者の訴訟についてだ。

通勤を「労働時間」と認定


 この訴訟で争点となったのは、前述した、いわきオールから福島第一原発までの移動時間のほか、作業開始までの待機時間や昼休憩が「労働時間」に該当するか否かだった。これについて地裁いわき支部は、判決で次のような見解を示している。

   ×  ×  ×  ×
 ▽被告(いわきオール)事業所から1F(福島第一原発)までの移動時間について

 被告は、作業現場までの通勤時間に過ぎないなどとして、労働時間には該当しない旨主張する。しかしながら、被告従業員である忠昭(亡くなった猪狩さん)及びM(判決文では名字が書かれているが、ここではイニシャル表記とする)は、1Fで作業するに当たっては、健康状態のチェックや1Fの入域に必要なIDカードを持ち出すために、被告事業所に出勤してタイムカードを打刻し、血圧測定等を実施してから、(車両整備の元請けである)宇徳広野町事務所を経て(平成28年3月7日まで)又は被告事務所から宇徳広野町事務所を経ずに直接(同月8日以降)1Fに移動することが要求され、かつ、それが常態化していたと認められる。また、移動の時間中、朝食などの購入のためコンビニエンスストアに立ち寄ることはあったが、それ以外には寄り道をすることなどなかったこと、1Fの作業開始の集合時刻の前に宇徳1F事務所に到着し、健康状態の報告やミーティングなどに参加する必要があったことなどに照らせば、忠昭及びMの被告事務所出勤から1Fまでの移動時間は、宇徳広野町事務所への部品の納入の必要性などを考慮するまでもなく、単なる通勤時間ではない被告の指揮監督下に置かれていた時間と評価できるから、労働時間に該当する。

 ▽1F到着後、作業開始までの時間の労働時間該当性について

 被告従業員である忠昭及びMは、1F入域後、免震棟内の宇徳1F事務所に行き、元請けである宇徳に対して健康状態の報告を行った後、当日の作業者全体でのミーティングに参加し、20分程度の待機時間の後、作業のための準備をした上で、作業場所である整備工場に移動しているところ、1F入域後、宇徳1F事務所までの移動時間及び宇徳1F事務所から整備工場への移動時間については、被告の指揮命令下に置かれていた労働時間と評価できる上、宇徳1F事務所到着後、宇徳に対する健康状態の報告、ミーティング及び作業準備に要する時間は、1Fでの作業遂行に伴って行われた行為として、被告の指揮命令下に置かれていたと評価できる。他方、ミーティング後の待機時間については、食事をするなど自由に利用することができていたと認められることから、待機時間20分については被告の指揮命令下にない休憩時間と評価すべきであり、その限度でこれも労働時間とみる原告の主張は採用できない。

和解を拒否した遺族


 ▽昼休憩について

 おおむね、1Fでの整備業務の間、その日の午前11時30分から午後1時まで休憩を取得するとされているところ、実態として、当日午前11時20分頃に整備工場を出発して11時30分頃に免震棟に到着し、着替えを終えた11時35分頃から休憩を開始し、休憩を終えて午後の作業のために整備工場に向かう集合時刻が午後0時50分頃となっていたため、防護服等への着替えを午後0時40分頃に始めていた。この点、被告作業員である忠昭及びMは、1Fでの作業においては防護服及び全面マスクを着用しなければならなかったが、これらの装備を着用したままで休憩時間を自由に利用することが困難というべきであるから、当該装備の着脱に要する時間は、これらの装備を着用して作業することとしていた被告の指揮命令下に置かれていたと評価すべきである。そうであるところ、忠昭は、午前中の整備業務終了後、免震棟に移動して防護服等の装備を脱いで午前11時35分頃から休憩を開始し、午後0時40分頃に午後の作業のために防護服等の着用を開始して午後0時50分頃には整備工場への移動を開始しており、これらの装備の着脱は午前の作業終了後、午後の作業開始までに行われていたと認められるから、忠昭が午前中の作業終了後に1Fを退域したといった事情のない限り、休憩時間とされている午前11時30分から午後1時のうち、防護服等の装備の着脱や休憩場所である免震棟から整備工場への移動に要する時間については労働時間に該当すると認められるから、1F作業があった日の忠昭の昼休憩における休憩時間は、午前11時35分から午後0時40分までの65分と認められ、これに反する限度で原告の主張は採用できない。

 なお、被告は、昼休憩以外にも小休憩をとってよいと指示していたと主張するが、本件調査結果やMの供述を含む証拠を見ても、休憩時間と評価すべき時間は認められず、採用することはできない。
 (中略)
 なお、夏時間において、午前10時から午前10時30分までの間、休憩時間があったことは認められるが、その間、作業場内のエアコンが効いた部屋で涼むことはできたが、防護服などを着脱することはできなかったというその状況等に照らすと、当該時間が労働からの解放が保障された時間と評価することはできないから、当該時間を休憩時間と評価することはできない。
   ×  ×  ×  ×

 いわきオールから福島第一原発に出勤するまでの大変さが、あらためて浮き彫りになった一方、昼休みは防護服をいちいち着脱しなければならない面倒さも垣間見えた。防護服を着た原発作業員にとっては「命懸け」とされる夏場の休憩が、体を成していなかったことも分かった。

 いわきオールの、通勤時間や休憩時間は「労働時間」に当たらないという主張は、一部を除いてほぼ覆された格好だ。

 一方で、茜さんは「1F手当」と使用者への制裁金を意味する「付加金」の支払いも求めていたが、これらは認められなかった。

 最終的に、名島裁判長が認めた金額は未払いの残業代など約270万円だった。

 いわきオールの一連の対応は「悪質な労務管理で、制裁を受けるに値する」と考えていた茜さんは、付加金の支払いが認められなかったことに不満を覚えたが、弁護士から「高裁でも認められる可能性は低い」と助言され、控訴を見送った。いわきオールも控訴しなかったため、判決は確定した。

 いわきオールに問い合わせると

 「コメントできない。対応はすべて弁護士に任せている」

 とのこと。

いわきオール

 対する茜さんは、現在の心境を次のように話してくれた。

 「未払い残業代は約600万円請求し、約270万円の支払いが認められたわけですが、実は途中、いわきオールは約390万円で和解してほしいと申し入れてきました。弁護士からは『和解案を突っぱね、判決をもらうことになれば金額は(約390万円より)下がる』と言われましたが、私にとっては金額の多寡ではなく、裁判所がどういう判断を下すかが最大の関心事だったので、和解を拒否した経緯があります。その後、裁判所からも『四百数十万円で和解してはどうか』と勧められましたが、同様に拒否しました」

 背景には、提訴の前にいわき労基署が遺族補償年金の支給を決定したことがあった。

 「労基署が労災認定したのに、和解案でそのことに触れていないのは納得できませんでした。そもそも夫への謝罪の言葉もなく、ねぎらいの言葉すらなく、誠意が全く感じられなかった。後からねぎらいの言葉は出てきたが、金額は(判決より)高くても和解は到底受け入れられるものではなかった。おそらくいわきオールは、その後に控えていた元従業員の証人尋問を恐れていたのだと思います。法廷でいろいろと証言されれば、会社にとって不都合なことも公になってしまう。だからそうなる前に、慌てて和解を持ち掛けたのではないか」(同)

「労働に見合った対価を」


 茜さんは、約270万円の未払い残業代が認められたことは一定の評価をしている。

 「ただ、これだけの時間と労力をかけなければ〝正規の賃金〟をもらえないのかと思うと本当に虚しい。あらためて、原発作業員を〝使い捨て〟にしている企業は許せないと思いました」(同)

 それだけに付加金の支払いが認められなかったことは、今も納得できずにいる。

 「ともかく夫には、通勤時間も休憩時間も『労働時間』として認められたよと報告しました。今回の判決は夫に対して出されたものですが、広義に捉えると、同じような被害者をこれ以上出さないことにつながるのではないかと考えています。原発に作業員を出している企業には、労働に見合った対価をきちんと支払ってほしいと言いたい」(同)

 茜さんは最後に、こう述べた。

 「誰かが声を上げなければ、原発作業員の境遇は改まらないと思います。過酷な被曝労働をさせられている作業員が〝使い捨て〟にされ、経営者は被曝しない場所で有意義に暮らしている状況を見過ごすわけにはいきません。これは、いわきオールだけでなく、原発にかかわるすべての企業に言えることです」(同)

 今回の判決で退けられた主張は、現在審理が続いている損害賠償請求訴訟であらためて訴えていきたいと語る茜さん。夫の死を無駄にしないためにも、裁判を戦い抜く覚悟だ。


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