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箭内道彦氏の〝功罪〟

裏方が一番目立つ違和感

(2021年3月号より)

 箭内道彦氏(56)。クリエイティブディレクター(CD)として数々の広告やイベントに携わる同氏は「福島県クリエイティブディレクター」という肩書きで、震災と原発事故で被災した本県の復興を後押ししている。しかし、業界内からは「CDは本来〝裏方〟なのに、本人が目立ち過ぎる状況は変」と疑問を呈する声が上がっている。

(顔写真は東京芸術大学美術学部デザイン科HPより)

 箭内氏は郡山市出身。安積高校、東京芸術大学を経て博報堂に入社。その後独立し、フリーペーパーの刊行、番組制作、イベント開催、バンド活動など幅広い分野で活躍している。携わった広告、ロゴマーク、グラフィック、ミュージックビデオ、映像、書籍、テレビ・ラジオ等は数知れず、まさに日本を代表するCDと言って過言ではない。

 そんな箭内氏が2015年4月に福島県CDに就任したのは、単に本県出身という理由だけではなく、内堀雅雄知事との個人的繋がりが強く影響している。

 箭内氏がメディアに語っているところによると、内堀氏との出会いは震災前、箭内氏が地元紙の広告に書いた「207万人の天才。」というコピーに興味を持った内堀氏が、箭内氏のライブの楽屋を訪ねたことがきっかけ。当時副知事だった内堀氏の来訪を「最初は警戒した」という箭内氏だが、話し始めると福島に対する思いは共通する部分が多く、年齢もちょうど同じだったため、ふたりはすぐに意気投合したという。

 その数年後、震災と原発事故が起こり、当時ふたりで話していた「福島県民は伝えるのが下手」、すなわちコミュニケーションや発信力のあり方が問われるようになった。地震・津波・放射能汚染といった直接的被害だけではなく風評・差別・分断といった間接的被害など、さまざまな困難に直面する本県の姿を広く知ってもらうには「伝わる力を持った言葉」を操る箭内氏の力が必要――そう考えた内堀氏が箭内氏を〝三顧の礼〟で迎え入れ、全国の先駆けとなる自治体のCDが誕生したのだ。

 県広報課によると、箭内氏との契約は県が定める単価に基づき1回の相談につき2万8000円(年間予算100万円)を支払っている。〝破格の安さ〟なのは間違いない。

 「箭内さんが福島県CDに就任したことで、県全体の広告宣伝の質は大きく上がると期待しました」

 こう話すのは県内の某CD。このCDによると、それまでの県のプロポーザル審査は疑問を感じる部分が少なくなかったという。

 「通常、審査はその事業に関係する部署の職員らが行うが、彼らは公務員に過ぎず審査能力を備えた専門家ではない。こちらが練りに練った提案をいわば素人が審査することに対しては、多くのCDが不満に思っていたはず。だから箭内氏の福島県CD就任を知ったときは、県の審査能力が上がり、広告宣伝の底上げになると喜びました」(同)

 しかし、現実はどうだったか。某代理店の担当者がこんな裏話を披露してくれた。

 「県はこの間、さまざまな動画制作業務の公募型プロポーザルを行っているが、その仕様書を見ると箭内氏の存在が前面に出過ぎていて、提案する側からすると〝やりにくいことこの上ない〟のです」

 本誌は2017年3月以降に行われた動画、ポスター、新聞広告等の制作に関する公募型プロポーザルについて、県に情報公開請求を行い関連資料を入手した。その中の仕様書を見ると、ほとんどのプロポーザルで「福島県クリエイティブディレクター・箭内道彦氏監修のもと動画を制作すること」と書かれている。

 「要するに、こちらは箭内氏の意向に沿った動画を制作しなければならない。あるいは箭内氏の意向を汲んだ企画を提案しないと、審査に通らないのです」(同)

 発信する内容は一定のコンセプトに沿う必要があるため、箭内氏が全面監修しなければならない事情は理解できる。しかし、箭内氏の存在がここまでクローズアップされると、同氏の意向を無視した企画は提案できない。そのため、提案する側はやりにくさを覚えるのだという。

 「業界の人たちはプロポーザルが行われるたびに『どうせ〝箭内チェック〟が入るもんな』とボヤいています」(同)

 もう一つの懸念は、次のような見方が根強く存在することだ。

 「箭内氏は博報堂出身のため、プロポーザルに複数の業者が応募した場合、審査は同系列の会社が優位と考える業界の人は多い」(同)

 つまり東北博報堂優位説があるというのだが、実際どうなのか。

 情報公開請求で入手した資料から分かったことは別表①の通り。確かに東北博報堂は金額の大きい事業を受託するなど目立っているが、他社も受注しており、同社優位説は一見当てはまらない。

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 ただ、プロポーザルの中身を一つひとつ見ていくと、こんな傾向が浮かび上がってくる。

箭内氏―博報堂ライン

 箭内氏が2016年から総合プロデュースを務めた「チャレンジふくしまプロジェクト」は本県のイメージ向上や現状を正しく伝えることを目的としたPR企画だが、3年目となる2018年に発表されたショート・ミュージカル・ムービー「MIRAI2061」は、箭内氏が原案を手がけ、映像ディレクターの児玉裕一氏が監督を務めたことで話題を集めた。この動画制作を受託したのが東北博報堂だが、その1年前に行われたプロポーザルには電通東日本も参加していた。

 そのときの審査結果が別表②だが、これを見て前出・某代理店の担当者はこんな疑問を呈するのだ。

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 「(本誌が情報公開請求で入手した資料を見ながら)他の審査結果は特段違和感を覚えないが、このプロポーザルの審査結果は明らかにおかしい。審査は普通、関係する部署から選ばれた職員で行うが、このときは広報課の職員のみで行っており閉鎖的だ。また『鈴木課長』と『佐藤主任主査』の配点は僅差なのに、他の6人の配点はだいぶ差が開いている。もし両社の案とも捨て難いということであれば、全員の配点が僅差になるはずだが、2人が僅差で6人の配点に開きがあるのは、審査の体を成していない」

 さらに仕様書にある「福島県クリエイティブディレクターが指定した映像監督とともに動画の制作を行うこと」という部分についても

 「プロポーザルなのに最初から監督が決められているのも珍しい。ここにも箭内氏の影響が強く感じられます」(同)

 このとき監督を務めた児玉裕一氏は、椎名林檎などのミュージックビデオを手がける超売れっ子で、

 「かなり前からスケジュールを押さえないと起用は無理。当然ギャランティーも高いと思うが、事業全体の契約金額が約4600万円であることを
踏まえると、児玉氏はギャランティーではなく、箭内氏との関係でこの仕事を引き受けた様子がうかがえる」(同)

 こうなると、同事業は「博報堂」出身の箭内氏が絵を描き、「東北博報堂」が受託することが最初から決まっていた――と業界の人たちが口にするのも納得できる。

 「事業によっては、仕様書を見ただけで『あー、県はあそこに受託させたいんだな』と分かるものもありますからね。後に『MIRAI2061』がつくられることになるプロポーザルも、最初から東北博報堂にやらせたかったのでしょう」(同)

 ちなみに「MIRAI2061」の2年前には、同じ「チャレンジふくしまプロジェクト」の企画として箭内氏と福島ガイナックス(現福島ガイナ)の浅尾芳宣社長が制作に携わったドキュメンタリーアニメ「みらいへの手紙」が発表されている。同事業に関する資料は情報開示請求していないが、ネット検索すると、県のサイトとともに東北博報堂のサイトでアニメが紹介されており、同社が受託した可能性が高い。

 「『チャレンジふくしまプロジェクト』では、2019年にも赤べこのキャラクターなどが登場する動画が発表されているが、このときのプロポーザルはもはや東北博報堂1社しか参加していなかった。同プロジェクトは箭内―同社ラインで進むことがミエミエだったので、どこも手を出さなかったのです」(同)

若手の育成に注力すべき

 記事の冒頭で箭内氏への期待を口にしていた某CDも、時間とともに落胆に変わっていったと口にする。

 「プロポーザルで電通が取った事業が突然白紙になり、業界内で話題になったことがあります。『箭内氏が〇〇社とやりたいと言うので、この件はなかったことにしてほしい』と県が電通に謝罪したというのです。発注者からそう言われれば、受託者は不満に思っても従わざるを得ないが、そんな横やりで白紙になるならプロポーザルをやる意味がない」

 これが事実なら、監修を飛び越えた越権行為と言わざるを得ない。

 某CDは同業者の立場から、箭内氏の功罪をこう指摘する。

 「箭内氏はCDという存在を世に知らしめてくれた。そこは感謝しているが、CDは本来〝裏方〟の仕事です。例えば一つの広告をつくろうとしたとき、タレントやモデル、スタイリストやヘアメイク、カメラマン、営業、そしてクライアントをまとめ上げるのがCDの仕事です。目立つのはタレント・モデルやクライアントであり、CDではない。ところが箭内氏の場合は、自身が一番目立っている。私だって自分が手がけた広告を『オレがつくったんだ』と言いたくなるときはある。でも裏方には裏方としての〝美学〟があり、あくまで黒子に徹するべきというのが私の考えです」

 この話だけを聞くと「箭内氏へのやっかみ」ととらえる人もいるだろうが、某CDが箭内氏に期待する役割を聞くと合点がいく。

 「本県出身のCDとして、地元の若手CDの育成に携わるべきではないか。例えば、箭内氏の人脈がなければ起用できないタレントを連れてきて『この素材を使ってこんな動画をつくってほしい』と若手CDを競わせ、最終的にはプロポーザルで決定する、とか。箭内氏は、いつかは福島県CDを退く。そのとき、後に続く人材がいなかったら困るのは県です。CDは教えてできる仕事ではなく当人のセンスが問われるが〝原石探し〟は先駆者として行うべき。しかし、いまの箭内氏は『オレがオレが』という感じで、後進の育成・発掘に注力する様子はない」(同)

 箭内氏が震災と原発事故からの復興に貢献してきたことは、もちろん承知している。しかし、同じ体制が長く続くと〝ひずみ〟が生じることも事実。某CDは

 「箭内氏が今後も福島県CDとして監修に携わる以上、県職員は『この動画はおかしい』と思っても、そうは言えないでしょうね。内堀知事との個人的繋がりで就任していることも、県職員が異論を差し挟めない要因になっていると思います」

 と県職員に同情を寄せるが、箭内氏をトップとする県の情報発信は過渡期に入っているのかもしれない。

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