若人は星に手を伸ばす

 本田さんによる「ほしとんで」を読んだ。
https://www.kadokawa.co.jp/product/321806000478/
 大学に入学し、意図せずして俳句ゼミに配属された青年とその周囲を描いたコメディ漫画である。
 本田さんの既刊は「ガイコツ書店員 本田さん」のコミックスを持っている。軽妙な話運びと小売業の現場(とそこに関わる営業マン)あるあるに深く共感したことで、好きな漫画家の一人となっていた。
 その本田さんが、今度は俳句をテーマにした作品を連載しているという。気がついたときには2巻まで刊行されていた。不覚である。すぐに購入し、両方とも5回ずつ読んだ。連載中の作品であるので、続きが気になって仕方がない。

 主人公の名前が表題に入っている漫画は名作であるというのは個人的な意見だが、この作品も例に漏れず読者を新しい世界へ誘う役割と、物語としての面白さを両立している稀有な作品である。
 私が御託を並べたところでその魅力の一割も伝わらないので、先に挙げたURLから今すぐ試し読みをしてほしい。あわよくば既刊を全て購入して、その世界を体感していただきたい。

*以下、ネタバレあります。

 「ほしとんで」は作者の本田さんのTwitterに投稿された連続ツイート(https://twitter.com/honda_001/status/1226827240375111681?s=21)がリツイートで回ってきたことで知った。私は好きな作家のSNSを探すのが大変下手で、先日も別の小説家のTwitterアカウントを作品が好きになってから十年越しに発見して感動していたのであった。本田さんのアカウントもすぐにフォローした。これでもう見逃すことはないだろう。
 連続ツイートなさっていたのは作品の一部分である。その回のメインキャストが俳句ゼミで自作の句を添削されるというくだりで、私は雷に打たれたような衝撃を受けた。なぜなら、その登場人物の煩悶が手に取るように分かったからである。「この人は私だ……!」と思い、大変興奮した。同じように、この人物と自分を重ね合わせている読者は多いらしい。
 「ほしとんで」の魅力は先述の通り大別して二点ある。一点目は、俳句という誰もが知っていても深くは分かっていない芸術への入り口となっていること。二点目は、魅力的な登場人物たちの持つ多様な背景が物語を推進していく機能を担っており、その見せ方が巧みであること。他にも細かいことをあげればきりがない。ここまでにしておこう。
 俳句という芸術を作中で取り扱うにあたって、主人公(とその学友たち)は新入生であるために初めて学ぶことであるという体裁がある。そのため、俳句に関する解説があっても、説明的すぎるということはない。読者も彼らと共に無理なく俳句に詳しくなっていくことができる。彼らは次から次へと提示されていく俳句の約束事につまづき、乗り越えながら、読者と一緒にその世界の面白さに導かれていく。
 主人公の学友たちも個性派ぞろいだ。舞台となっている作中の芸術大学には様々な事情や背景を抱えた人が集まっている。話数が進むにつれてそれが明らかになっていくこともこの作品の楽しみのうちの一つである。この辺りは漫画という表現方法を効果的に用いて、かなり繊細に描写されている。後々に効いてくる書込みがコマの隅々まで配置されていて、そのさりげなさと周到さに思わず天を仰いだほどである。
 さて、既刊2巻で俳句の世界の水先案内人を務めているのは、俳句ゼミの担当講師・坂本先生とゼミの先輩・隼さんである。
 第2巻の中で、一行は鎌倉を歩きながら俳句を作り、その成果物を互いに講評する。そのときに隼先輩の出した句のセンスといったら! これはぜひその回を読んでいただきたい。明らかに周りの一年生とは違う出来である。私はこの句を読んですっかり隼さんのファンになってしまった。作中で坂本先生が隼さんの俳句に対し、「結構うまいよ ほんと」と称している。それを絶妙に表現しているように思われる句であった。作者の本田さんと、監修の堀本裕樹さんの素晴らしい仕事ぶりが光っている場面だと思う。こんな表現をされたら、いざ坂本先生の句が作中に登場したときに私はどうなってしまうのだろうか。
 その坂本先生である。彼は芸術に対して真摯で、その入口に新入生たちを誘い、魅力を伝えることに労を惜しまない。だからといって堅すぎることもなく、ユーモアに溢れている人物として造形されている。学生時代にこういう先生に出会えていたら、間違いなく私は影響を受けていたはずである。というか、彼の講義を登場人物たちと受けていく中で、現実に影響を受けてしまった。日常の中に詩情を見出し、それを書き留めておきたい。そんな気持ちがふつふつと湧いてきて、こういったまとまりのない文を書き散らしているのである。まったく罪深い先生だ。

 他にも魅力的な登場人物は多数いるが、その性格と機能が深く作品世界と結びついているため、ネタバレなしには語ることができない。これを読む人には初見の感想を大事にしてもらいたい。特にアマチュアとして何らかの芸術に関わっていたことのある方におすすめしたい漫画である。登場人物たちの一挙手一投足に共感できることは間違いないであろう。
 とにもかくにも、「ほしとんで」は俳句の世界の奥深さを教えてくれるすばらしい漫画である。今後の展開も楽しみだ。

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