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(浅井茂利著作集)工業高校は国の宝・地域の宝

株式会社労働開発研究会『労働と経済』
NO.1593(2015年8月25日)掲載
金属労協政策企画局次長 浅井茂利

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 消費税率引き上げをきっかけとした変調を乗り切り、景気は回復基調を取り戻してきています。2015年5月の完全失業率は3.3%、有効求人倍率は実に23年ぶりの1.19倍という水準です。
 いまや人手不足時代に入っていますが、金属労協が従来から重視しているのが、工業高校の人材です。工業高校の卒業生は、金属産業をはじめとする製造業に就職して欲しいと思いますが、現実には、サービス業などに就職する者も少なくないと言われています。
 生産の自動化やインターネット化(IoT、インダストリー4.0など)、そして工場の海外展開などにより、国内製造業のものづくり現場で働く技能者に対するニーズは減っていくのではないか、と考えている人が多いかもしれません。しかしながら、
①超円高で工場の海外展開が進んだ時代から、円高是正、新興国・途上国の賃金高騰という、大きな環境変化が見られること。
②現場で働く技能者の実力の差による生産性格差が、生産の自動化やインターネット化によって、より一層増幅されること。
③機械とインターネットとの擦り合わせこそ、日本の得意とする分野であること。
④国内ものづくり現場の生産性が、日本企業の海外工場の生産性をも左右すること。
⑤生産性向上だけでは、余剰人員が発生するので、雇用確保という一点を堅持することが、企業に売り上げの拡大や新製品開発を促す主要な動機となること。
などといったことが指摘されています。
 グローバル経済の下で、これからも国内製造業のものづくり現場の重要性が揺らぐことはないのではないでしょうか。
 そして国内ものづくり現場を担う中核的人材が、工業高校の卒業生です。最近では、専門職業大学を設けようとの動きもありますが、「技能オリンピック(技能五輪国際大会)」の出場資格がU22(一部の職種を除き、大会開催年に22歳以下)であることが象徴しているように、ものづくりの現場では、工業高校教育が重要であることは明らかです。
 金属労協では、「工業高校は国の宝・地域の宝」をスローガンとして、工業高校教育の一層の強化を主張しています。

工業高校の魅力・利点

 産業・企業の立場からだけでなく、生徒の観点から見ても、就職率が高いこと、そして3年離職率が低いことは、工業高校の魅力・利点です。
 2014年12月末時点における2015年3月高等学校卒業予定者の就職内定状況を見ると、景気の状況を反映し、総じて好調となっていますが、工業科の就職内定率は96.0%に達しており、普通科(81.7%)をはるかに凌駕するとともに、内定率2番目の看護(92.6%)を3.4%ポイント上回る状況となっています。

 3年離職率は、学校卒業後3年以内に何%の人が離職しているか、というデータです。よく「七五三」ということが言われており、中卒は7割、高卒は5割、大卒は3割が離職しているという意味ですが、実際のデータでは、2011年3月卒の場合、中卒は64.8%、高卒は39.6%、大卒は32.4%ですから、「ムシさん」ということになります。
 工業高校に関する3年離職率のデータは、全国的な公式データはありません。離職率を調べているのが厚生労働省で、厚生労働省では、離職者が何科の卒業生かを調べていないためです(就職率は文部科学省が調べているので、当然、科ごとのデータがあります)。
 しかしながら、高校卒業生の就職先の産業ごとに見ると、3年離職率は産業計の39.6%に対し、製造業は27.3%、金属産業は23.5%となっており、金属産業に就職した場合には、3年離職率は産業計のほぼ半分程度に低減していることがわかります。
 工業高校生すべてが金属産業に就職しているわけではないし、金属産業の高卒就職者のすべてが工業高校卒というわけでもありませんが、それでも工業高校生の代表的な就職先である金属産業に就職すれば、離職率が低いということが言えると思います。

 また全国工業高等学校長協会の調査では、東海地区の工業高校の3年離職率は17.3%(2010年4月入社)となっており、日本を代表するものづくり生産拠点ということを多少差し引いたとしても、工業高校の3年離職率は低い傾向にあると言えるのではないかと思います。
 率直に言って、工業高校の偏差値が普通科よりも総じて入りやすいものとなっていることは否定できません。しかしながら、職業人生は偏差値ではなく、結局どのような会社に就職したかによる部分が大きいのは、今でも変わっていません。
 「失われた20年」の間に、国内製造業の雇用維持努力に対する信頼感は、ずいぶん損なわれてしまいました。しかしながら、それでも金属産業は、比較的良質な雇用を提供していると言えるのではないでしょうか。円高是正、新興国・途上国の賃金高騰、国内の人手不足という3点セットの中で、従業員を大事にする経営が、より重視されてくるようになる可能性は十分あると思います。

機械や器具の問題

 このように中学生の進学先として、そして国内製造業のものづくりの中核的人材を養成する場として、きわめて重要な工業高校ではありますが、その状況はかなり厳しいものとなっています。高校における工業科の数は、1990年度に690だったのが、2014年度には540に減少、工業科の生徒数は、48万6千人から25万8千人にほぼ半減しています。高校生の中に占める工業科の生徒の比率で見ても、この間、8.7%から7.8%に低下しています。
 高校数や生徒数だけでなく、その中身に関しても、工業高校で実習に使用する機械の老朽化、本来あるべき器具が備えられていない、実習のための材料の購入費不足、指導体制が不十分、といったことが指摘されています。
 機械については、昭和30年代の機械も多く使われていると言われています。基礎的な技能は古い機械で身につけたほうがよいという人もいますが、故障しがち、精度が出ないなどという状況であれば、それ以前の問題です。生徒が技能検定を受けるので、ものづくりマイスターの方が指導に行ったところ、検定で使用する計測機器がそもそもなかった、という話を聞いたことがあります。工業高校で備えるべき機械、器具については、文部科学省が目安を示していますが、どれだけを備えているか、どのくらい古いものを使っているのかは、調査されていません。
 長野県では、職業科設置高校(32校)から毎年約200点、7億円を超える産業教育設備の更新要望が出されていますが、実際には毎年1,300万円程度で、2014年度には14品目、2015年度予算では6品目が更新されているにすぎません。2013年度には、「地域の元気臨時交付金」を充当して3億6,300万円、70品目の整備をしたのですが、すぐにまた更新要望は7億円分に戻りました。そもそも更新すべき機械を無理に使っているとすれば当然のことだと思います。

実習助手の問題

 工業高校の指導体制で大きな課題となっているのは、実習助手の問題です。「実習助手」というと、実習の準備をしたり、後片付けをしたりする人、というイメージを持ちますが、実体はかなり異なっています。工業高校では、機械科、電気科などの専門学科ごとに、教諭5人に対し実習助手2人が配置され、「機械実習」「電気実習」「製図」など実習を伴う授業の指導を行っています。準備や後片付けだけでなく、指導計画の作成や成績評価も行うなど実質的に技術・技能教育の最前線で生徒の指導にあたっており、多くの実習助手は校務分掌を分担し、部活動の指導を行っています。
 しかしながら、そうした職務にもかかわらず、待遇は「教育職1級」なので、2級である教諭に比べて、賃金水準はかなり低いものとなってしまいます。東京都の場合、例えば大卒・勤続18年で、基本給の格差が6万円くらいになるものと思われます。出張ができないなど活動も制限されており、部活動の指導にも支障をきたしています。また「実習助手」という名称であるために、生徒や保護者にその職務を理解されにくいということもあります。
 こうしたことから、各都道府県では、それなりの工夫をしています。法律上の名称はあくまで「実習助手」なのですが、実習教諭や実習講師といった呼称を設けたり、一定の経験を積んだ人について、2級に任用替えしたりしています。しかしながら、2級に任用替えする場合には、1級での賃金水準に相当する格付けとなりますので、その後の賃金カーブが2級になるだけで、任用替え時点での賃金格差は、その後も解消されません。
 実習助手の半数は教員免許を取得しており、取得していない場合でも、認定講習によって教員免許を取得することができます。工業高校の教育の根幹は言うまでもなく実習であり、「実習助手」については、職務に見合った名称・待遇・活動を確立する必要があります。

地域格差の問題

 工業高校の魅力・利点は先述のとおりですが、現実には、地域ごとに工業高校の実力には大きな違いがあるようです。全国工業高等学校長協会では、「ジュニアマイスター」という顕彰制度を設けています。工業高校生が取得した資格や合格した検定、コンクールなどの成績を得点に換算して顕彰する制度です。ジュニアマイスターがすべて、というわけではありませんが、工業高校の頑張り度合いを示す重要な指標のひとつと言えます。
 2014年度における1校あたりの認定数を見ると、最高は長崎県の76.1人、最低は東京の3.5人です。大都市圏では1桁のところが多いですが、京都や兵庫は2桁であり、都会ではやむをえない、とは言えないと思います。
 どちらかといえば西日本のほうが認定数が多く、中国、四国、九州では1校あたり認定数が1桁の県はありませんし、17県中9県が20人以上となっています。
 これに対して東北、北海道では、7道県のうち20人以上となっているのは、青森、岩手の2県に止まっています。
 先日、山形県のある著名な工業高校を見学しました。山形県では、専門高校の建て替えを順次行ってきており、そのタイミングで、実習用の機械についても必要な更新を行っているとのことです。実習材料などの費用に関しても、市や企業からの支援があるとのことでした。
 都道府県立の工業高校の予算は、当然ながら都道府県の予算となります。国からの支援がないわけではありませんが、ごく少額に止まっています。山形県の工業高校はかなり恵まれた例だと思いますが、グローバル経済における「ものづくり立国」日本を支える重要なインフラとして、工業高校に必要な予算を確保していくことこそ、政府・自治体がなすべき本来の意味での日本の成長戦略と言えるのではないでしょうか。

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