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(浅井茂利著作集)労働者派遣法見直しの不思議

株式会社労働開発研究会『労働と経済』
NO.1576(2014年3月25日)掲載
金属労協政策企画局次長 浅井茂利

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 2014年1月、厚生労働省の労働政策審議会において、労働者派遣制度改正の建議がとりまとめられました。本稿執筆時点では、これに沿った改正法案要綱が発表されているところです。
 労働市場を放置しておくと、労働力の売り手である勤労者が、買い手である企業に対し、著しく弱い立場に置かれてしまいます。労働法制は、労働組合の組織化とともに、労使の「交渉上の地歩」を対等にする役割がありますので、本来、働く者の権利の保護、働く者の利益のために存在するはずですが、今回の見直しは、残念ながらそうしたものになっていないようです。正社員で働くことを望んでいる派遣労働者にはそれを促進する、労働者派遣で働くことを希望する者にはその利益が守られる、そうした両方の側面から、労働者派遣法見直しの作業のやり直しが必要なのではないでしょうか。

「二重の不安定」はそのまま

 職業生活の上で、勤労者にとって何よりも重要なのは、雇用の安定です。確かに、ひとつの企業に縛られたくない、という人もいるでしょう。ザ・ローリング・ストーンズというロックバンドがありますが、日本語では、 「転石苔を生ぜず」と訳されています。肯定的な解釈も、否定的な解釈もありますが、そうした生き方、働き方もあるので、それを尊重することは大事です。しかしながら、そうした働き方であっても、本人のニーズ、本人の判断によるのでない退職は、避けたいのが当然です。
 有期雇用では、期間中の雇用が一応保証されているだけで、まさに雇用が不安定なわけですが、派遣、請負といった間接雇用も、使用者責任が不明確になりやすく、やはり不安定と言えます。有期雇用も間接雇用も、ともに不安定なわけですから、せめて有期雇用でかつ間接雇用という「二重の不安定」の状態は、絶対に避けるべきです。有期雇用なら直接雇用、間接雇用なら無期雇用とすべきです。
 前回の労働者派遣法改正(2012年)の際には、仕事がある時だけ派遣元に雇用される「登録型派遣」について、原則禁止ということで国会に法案が提出されましたが、国会審議の中で、残念ながら削除されてしまいました。今回の見直しでは、これが焦点のひとつとなっていましたが、「建議」では「経済活動や雇用に大きな影響が生じるおそれがあることから、禁止しないことが適当」とされています。
 およそどのような見直しであれ、労働法の改正では「経済活動や雇用に大きな影響」が生じるのは当たり前ですから、登録型派遣存続の理由は、ないも同然です。

派遣元で無期雇用の場合

 現行の労働者派遣法では、いわゆる26業務については、派遣受け入れ期間の制限はありませんが、それ以外は、派遣先が同一の業務に派遣を受け入れることができる期間は、原則1年、派遣先の過半数組合などに意見聴取を行った場合は、プラス2年で最長3年とされています。
 今回の見直しでは、26業務の区分は廃止され、派遣元で無期雇用契約の派遣労働者については、無期限で受け入れることができる、ということになっています。
 しかしながら「建議」では、「派遣元事業主は、無期雇用の派遣労働者を派遣契約の終了のみをもって解雇してはならない」とされるに止まっています。この程度の規制では、無期雇用とは言えません。
 無期雇用契約の派遣労働者も、一般企業に正社員で働く従業員と同等に、解雇権濫用法理や整理解雇の4要件が確立されなくてはなりません。
 また、直接雇用の正社員で働くことを希望している者については、あくまでそうした職に就くことを促進していく必要があります。これは、労働力需給の状況(売り手市場か、買い手市場か)に左右される部分が大きいのですが、もし人手不足時代が到来して、きちんと正社員化が進んだ場合には、理屈的には、派遣労働者は、ひとつの企業に縛られたくない、あるいは好きな時期に働きたい、という人がほとんどになるはずです。
 そうした場合、「あなたは派遣元で無期雇用契約だから、ずっと今の派遣先にいられますよ」と言われても意味がありません。本人が派遣先に定着してもよいのなら、正社員になるべきですし、定着したくないのなら、派遣先を代えるということになるからです。
 しかしながら、派遣先を代えようとした場合、次の派遣先(候補)の会社では、この派遣労働者について、なぜ派遣先を代えるのだろうか、と疑問の目で見るかもしれません。
 派遣先の会社は、派遣元に対して事前の履歴書の提出や面接などを求めてはいけないことになっていますが、自主的に提出したり、会社訪問したりすることは差し支えないので、派遣先が派遣労働者の職務経歴書を事前に見た場合、派遣先が何度も変わっていると、不利に働く可能性があります。
 派遣期間無制限という仕組みは、一見、派遣労働で働きたい人のニーズに沿っているように見えますが、実はひとつの企業に縛られたくない、という労働者派遣制度の典型的な対象者から、派遣先を奪う結果になりかねないわけです。
 ひとつの会社に縛られたくない、という働き方を希望していても、よい会社にめぐりあえば、その会社でずっと働きたい、ということになるかもしれません。
 派遣元で無期雇用契約という仕組みは、前述の「二重の不安定」を解消するために不可欠ですが、その上で、正社員化を促進する制度設計が重要なのではないでしょうか。

有期雇用契約の場合

 派遣元と有期雇用で契約している派遣労働者を派遣先が受け入れる場合、
*同じ派遣労働者は、ひとつの部署に最長3年で延長なし。
*派遣先では、事業所単位で3年ごとに過半数労働組合の意見を聴取した上で、継続して受け入れることができる。
ということになっています。
 前者の場合には、「課」を異動した場合はOK、ということになっているので、例えば製造1課から製造2課へ異動した場合でも、「指揮監督権限を有する単位」が違えば、OKということになるのだと思います。
 後者の場合ですが、まず、過半数労働組合には拒否権がなく、ただ単に意見聴取されるだけなので、そもそも実効性がない、という問題があります。ドイツでは、派遣労働者の利用に関して、それが「一時的」な利用でないと認められる場合、派遣先の従業員代表委員会は、これに対して拒否権を行使することができるとのことです。
 ただし日本の場合、現実には、拒否権があろうがなかろうが、労働組合が「ノー」を言うことは困難なので、意見聴取の実効性はきわめて疑問です。
労働組合が「ノー」を言えないのは、組合の力が弱いとか、そんなことではありません。どんなに強力な組合でも、あるいは、いつも経営側と対立しているような組合でも、労働者派遣の継続については、「ノー」と言うことは困難なのではないでしょうか。
 たとえば、ある事業所で、派遣元と有期雇用で契約している派遣労働者の受け入れを始めてから、ほぼ3年が経過し、継続のために労働組合から意見聴取する時期を迎えたとします。
 労働組合は、組合員はもちろん、たとえ非組合員であっても、同じ職場で働く者は仲間だと認識しています。従って、仲間である派遣労働者の仕事が奪われないように、あるいは派遣労働者の不利にならないように行動するのが普通です。
 3年間の期間制限が来て、労働者派遣の継続に「ノー」を言うことは、これまで一緒に働いていた仲間のそれまでの働きに「ノー」を言うように受け止められてしまいます。とりわけ、事業所としては受け入れ開始から3年経つけれどある派遣労働者はまだ1年しか働いていない、というような場合、継続すれば、その人はあと2年働けるわけですから、「ノー」を言うことは、仲間の解雇につながりかねません。当然ながら、労働組合のメンタリティーとして、とても不可能なことです。
 過半数組合として、「正社員にしろ」という意見表明はできるでしょう。しかしながら、たとえドイツのように、組合が拒否権を持つような制度であったとしても、「正社員にする」ことまで、組合に決定権のある制度にはできませんから、派遣労働者の立場を守ろうとしたら、継続に同意するしかありません。
 結局、労働組合が意見を述べる機会を与えられていても、事実上、ないに等しいということです。イソップ童話で、お皿でスープを出されて、飲むことができなかった鶴を思い出します。

派遣労働者の待遇改善

 「建議」では、派遣労働者に対する「均等待遇」の推進を謳い、
*派遣先の同種の業務に従事する労働者の賃金水準との均衡。
*契約更新の際、就業実態、労働市場の状況、業務内容や技術水準の変化を勘案して賃金を決定。
*派遣料金が引き上げられたときは、派遣労働者の賃金にも反映。
といったことが盛り込まれていますが、抽象的であることは否定できません。
 たとえば、何割以上の業務が同じなら「同種の業務に従事する」ものとみなし、その場合には、賃金格差は最大どのくらいまで、というように具体的な目安がないと、「責任が違うから、同種の業務ではない」ということになってしまいます。
 正社員のいわゆる年功型賃金体系は、かなり修正されてきていますが、
①勤労者の生涯のアウトプットに対し、退職金を含めた生涯賃金で報いる。
②従って、入社直後を除き、若年層では、アウトプットに比べて賃金水準は割安。
という制度設計は、変わっていないのではないかと思います。
 しかしながら派遣労働者の場合は、アウトプットを生涯の賃金で精算する、というわけにはいきませんから、その時点、その時点でアウトプットと賃金が見合っていなくてはなりません。そうすると、「同種の業務に従事する」若年層の正社員よりは、相当程度、高い賃金水準でなくては、理屈に合わないことになります。
 市場経済原理では、売り手のリスクが大きくなれば、そのぶん価格は高くなります。賃貸マンションよりもウイークリーマンションの方が割高なのは、需要が不安定で空室のリスクが大きいからです。
 従って労働市場でも、本来、有期雇用は、無期雇用より賃金が高くてもおかしくないと思いますが、現実は逆の状態となっています。経営側は、正社員の賃金が高すぎるのだと主張したいところでしょうが、この欄でも取り上げたように、労働分配率や賃金の国際比較からすれば、グローバル経済の下で、日本の賃金水準は低位にあるわけですから、そうした主張は成り立ちません。
 ちなみにドイツでは、派遣労働者の賃金総額は、通常、正規労働者の約8割程度と言われていますが、2012年11月、IGメタル(ドイツ金属労組)とBAP(人材サービス業者全国使用者連盟)およびiGZ(ドイツ労働者派遣事業協会)との合意により、派遣労働者に対する特別手当が導入されています。同一の派遣先企業での就労期間によって、給与の15~50%の手当を受けとるというもので、実際の額は、末熟練労働者で月186~621ユーロ、熟練労働者で月246~819ユーロになると見られています。ライエン労働・社会相(当時)が、「派遣労働者の処遇改善について労使が合意できないならば、今後は政府による制度設立もあり得る」と言及していたことに対し、労使で対応したものですが、日本でも、具体的かつ実効的な処遇改善の道筋をつけていく必要があります。(ドイツ情報の出所は、労働政策研究・研修機構ホームページ「海外労働情報」)

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