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第17回 サザエさんが住む街、成城

 皆さんは、サザエさんが住む街のモデルはどこだと思われますか? 長谷川町子美術館のある桜新町、それとも最初に漫画が連載された福岡でしょうか……。また、映画やTVドラマでサザエさんを演じた歴代の女優で、漫画のキャラに一番似ているのは誰だとお思いでしょうか。
 この漫画本を置いていない床屋など、一店もなかったほどの‶国民的人気〟を誇る当四コマ漫画。今では日曜夕方のアニメ版ばかりが取り上げられますが、映画やテレビでも度々実写化されました。中でも筆者は、江利チエミが磯野(フグ田)サザエを演じた映画とテレビ版が、最も原作の雰囲気に近いと感じています。そして、映画版で磯野家がある設定となっていたのは、なんと当地成城なのです。

 映画シリーズ全十作を監督したのは青柳信雄。戦前から東宝、新東宝で製作者プロデューサー・監督として活躍、成城に住まい、早撮り・多作の監督としてその名を馳せた方です。成城を心から愛していたのか、はたまた近場で撮るのが楽だったのか、やたら成城ロケが多いことでも知られる青柳監督は、当人気漫画の映画化(56)に際しても、磯野家を〈成城三丁目5番地〉に設定。サザエが並ぶバス停は「成城町」、ワカメ(松島トモ子)が父親(藤原釜足:まだ波平の名はなく、家には磯野松太郎、、、の表札が掲げられる)から靴下を買いに行かされる用品店も、成城に実在した洋品店「マルケー」にするという徹底ぶりを見せています。

 二作目の『続サザエさん』(57)では、サザエが今や「くすりセイジョー(ココカラファイン)」に発展した「成城薬局」前、初のカラー作品『サザエさんの青春』(57)では「三浦屋」(桜並木にあった酒店)や「魚康」(魚屋)、洋品店だった頃の「ネバ」の店先を歩く他、黄金色に輝くいちょう並木で「ビビディ・バビディ・ブー」(全作で披露するディズニー・ソング)を歌う場面が見られます。これは成城の商店街が、サザエが買い物をするに相応しい下町の雰囲気を醸していたことの何よりの証し。当時の成城駅前商店街には金物屋、煎餅屋、肉屋、八百屋、洋品店など、暮らしに必要な様々なお店がひしめいていたのです。

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 マスオさん(小泉博)との結婚に至る『サザエさんの結婚』(59)で、サザエはいちょう並木の外れに位置した丹下健三邸(建築家)や柳田國男邸(民俗学者)前で、波平(藤原釜足)やマスオ、カツオらと愉快なやり取りを展開。丹下邸の特徴あるお屋敷がカラー映像で捉えられていることには、知人の建築家の方も驚愕していたものです。本作では、サザエが雪村いづみ扮する女優・平目スナ子を訪ねて、東宝撮影所に足を運ぶというお遊びシーンも用意されています。

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 さらに、結婚を果たした後の『サザエさんの新婚家庭』(59)では、サザエが遂に成城学園(マスオの妹・タイ子=白川由美が通う大学)内に足を踏み入れ、池周辺や旧制高等学校校舎前(現在の3号館のところにあった)を闊歩、続いては、正門前の「成城堂書店」で店主(夏木順平:東宝大部屋俳優)に立ち読みと間違えられ、咎められるシーンも見られます。

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 同じく長谷川町子が創作したエプロンおばさん(映画では三益愛子が演じる)との共演作『サザエさんとエプロンおばさん』(60)では、行方不明となったタラちゃんを捜して波平が「富士見橋」近辺を走り回るシーンのほか、一家揃って落ち葉が敷かれた〝いちょう並木〟を歩くラスト・シーンまで用意されていて、青柳監督の成城への強いこだわりが見て取れます。
 黄色の落ち葉を踏みしめて歩く、サザエさん一家の幸せそうな後ろ姿……まさにこれは古き良き時代の成城――成城の‶住まい方〟そのものが、人の暮らしとして、ある意味理想的であったこと――を伝える象徴的なショットかもしれません。

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 最終作となった『福の神 サザエさん一家』(61)でも、サザエは母親のフネ(テレビ版でもこの役を演じた清川虹子)と老舗クリーニング店「アート商会」(1923年開業)前を歩いたり、「ローズ美容院」(現在の「とんかつ椿」の二軒隣にあった)前の道でテーマ・ソングの「ビビディ・バビディ・ブー」を歌ったりします。アート商会は森昌子の主演映画『どんぐりっ子』(76)に登場するほか、人気刑事ドラマ『太陽にほえろ!』(NTV)でも、よくその店先でロケが行われていたものでした。

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※『砧』824号(2021年12月発行)より転載(写真・イラストを大幅追加)

【筆者紹介】
高田雅彦(たかだ まさひこ) 日本映画研究家。学校法人成城学園の元職員で、成城の街と日本映画に関する著作を多数執筆。『成城映画散歩』(白桃書房)、『三船敏郎、この10本』(同)、『山の手「成城」の社会史』(共著/青弓社)、『「七人の侍」ロケ地の謎を探る』(アルファベータブックス)の他、近著に『今だから!植木等』(同)がある。