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過ぎると毒。たとえ酸素であっても。

 毒を以て毒を制するという言葉があるように、薬と毒は紙一重の関係です。おそらく「有効量、中毒量、致死量」という概念は、全ての薬剤にあるのだろうと、私は考えます。

 有効量(Effective Dose: ED)は薬剤が好ましい効果を発揮するために必要な量で、治療量といわれることもあります。

 中毒量(Toxic Dose: TD)は薬剤が好ましくない効果を引き起こす量で、○○中毒とか○○の副作用とか、そういった表現を用います。

 致死量(Lethal Dose: LD)はヒトを死に至らしめる量です。醤油の致死量は約1リットルです。

 これらの量は個体差が大きいため、集団の半数を目安に考えます。用量を増やすほど有効率は上がりますが、副作用(中毒)リスクも増え、致死リスクも増えていきます。視覚的に捉えるのが得意な方は、ED50 LD50などで検索すると分かりやすいグラフがヒットします。


 さて、たまには呼吸器内科医っぽい話を織り交ぜようと思います。

 酸素も有毒です。

 正確には酸素濃度の高過ぎる環境が有毒であり、急性酸素中毒によって命を落とすこともあります。

 しかし酸素がなければ有機生命体は生命活動を行うことができませんから、適度な酸素は必要です。

 現在の地球の大気は20.9%が酸素によって構成されています。専門的なトレーニングをしていないヒトの安全域の下限は18%といわれ、閉鎖空間や炭鉱、地下の工事現場等では特に注意を要します。
 酸素濃度16%以下では死の危険があり、様々な中毒症状が出現し始めます。14%以下では普通の精神状態を保つことは不可能で、10%を下回ると動けません。6%以下では呼吸をしただけで失神し、数分以内に完全な死に至ります。

 高濃度の酸素は特殊な状況でなければただちに命に関わるものではありませんが、過ぎたるは猶及ばざるが如し。中毒に至らずとも、過剰な酸素は体内に不要な活性酸素を残し、全身のあらゆる臓器にダメージを与える危険性があります。

 一般的には50%から60%くらいまでの酸素濃度であれば、危険性は少ないと云われています。これを超えると酸素に直接触れる気道や肺の細胞が壊れ始めます。壊れた肺は元には戻りません。

 重症肺炎や間質性肺炎急性増悪では高濃度の酸素を必要とすることが少なくありませんが、初期治療の成否が極めて重要です。いかに素早く回復せしめ酸素投与量を減らすことができるか。それが将来的な呼吸機能に影響を及ぼします。

 では登山用酸素や高圧酸素カプセルはどうか、というと、専門家の指示の下で適切に使う限り、危険は少ないと思います。酸素カプセルの酸素濃度に制限が加えられているのは安全確保のためで、多ければ多いほど良いものではないということです。


 極論は流行ります。ウケがいい。


 しかしながら、ほとんど全ての極論は、危険と隣り合わせであるように感じます。広告収入や発行部数に依存するメディアは、キャッチーな謳い文句を求めます。テレビもそう。中庸な専門家よりも極論に走る奇人変人の方が面白い。問題は発信する側ではなくて、それをエンターテイメントと判断して楽しむことのできない視聴者の側にあると考えます。いかなる情報も鵜呑みにしない姿勢が肝要です。


 極論を言えば、あらゆる科学技術も情報メディアも捨てて、原始的な生活に戻るべきです。

 …と、このように極論は危険です。

 ゼロとイチだけではない。何事も多角的に考えてバランスのとれた生き方を私は好みます。



 拙文に最後までお付き合い頂き誠にありがとうございます。願わくは、過ぎる危険に気付いた誰かが、足るを知ることができますように。



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#業界あるある #高濃度酸素投与されながら救急搬送されたCOPD患者さんのCO2ナルコーシス
#SpO2が100 %なのに疑問を抱かない研修医
#過呼吸ですねーといって見逃される気胸
#動脈血液ガス分析では呼吸不全なのにSpO2が100 %だったら考えることは
#貧血か一酸化炭素中毒か機械の故障
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