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香辛料よ、永遠に -我が家の秘伝レシピ

キャラウェイ

子供のころ、代官山に住んでいた。
夏休みは、しばしば元麻布の母の実家で過ごした。
祖父の朝食は、黒パン、ホットミルク、ピーナッツバター、そしてジャムであった。
私もしばしばご相伴にあずかり、酸っぱい黒パンにバターをたっぷりつけて食べた。

母は進駐軍に英語を習って以来、欧米に憧れ、キリスト教系女子大学の英文学科を卒業した。
そんな母の手料理のうち、私の好物はビーフ・ストロガノフであった。
玉ねぎ・マシュルーム・牛肉をバターで炒め、サワークリームとキャラウェイを入れる。
母はキャラウェイが好きであった。

母は70になる前に亡くなったが、
現在も、我が家には、キャラウェイが常備されている。

確かに、使い勝手の良い香辛料である。
例えば、サラダに、カッテージチーズとマヨネーズとキャラウェイを混ぜたものを添える。
爽やかなだけでなく、私には思い出の味がする。


クミン

フランスに留学したときに覚えたのは、クミンであった。
当時、一緒に暮らしていたパリジェンヌの台所にはクミンの瓶があった。

クミンの使用方法は多い。
クスクスにバターをのせてクミンをふりかけるだけで、なかなかの副菜に早がわり。

また、2センチほどに切ったカボチャと、これまた小さく切った鶏肉と、ベーコンを炒めて、クミンをかける。
これは、フランスの婦人雑誌で覚えたレシピだが、
ピノ・ノワールと、メチャクチャ、あう。

(ちなみにフランスのレシピでは、必ずと言っていいほど、料理に合わせるワインが紹介されている。日本でも、この風習は取り入れた方が良いだろう。コレコレの大根料理には、コレコレの日本酒が良く合います、とか。)


バジル

最近、はまっているのは、ジェノベーゼ・ソースである。
昔の教え子の御亭主が農業をしており、
この夏、山のように、バジルを送っていただいた。

彼女がジェノベーゼを勧めてくれたので、
私は、松の実の代わりに、クルミを入れて、作ってみた。

できたばかりのジェノベーゼは、眩しいほどあざやかな黄緑である。
夏の太陽を浴びてきらめく草原の色だ。
けど18秒ほどで、抹茶色になってしまう。

さて、これをゆでたてのパスタにからめて、熱いうちに、急いで、ほふほふ、ばふばふ、食すのだが、まるで香りを食べているようである。
豊潤な香りが、顔ぜんたいをおおう。
そのとき、「味わう」などという能動的かつ批評的な態度は無意味になる。
私はバジルの雲につつまれて、ただ空を漂う。


シナモン

ふふふ。
みなさんは、餃子のタネに、シナモンを入れる技を御存知か?
シナモンは焼きリンゴのためだけに存在するのではないのだよ。

これは、私の親友が教えてくれた秘中のレシピだ。
彼女はどこぞの中華料理店で教わったと言う。

二口、噛むと、キャベツのサクサク感に心が打ち震え、しっとりとした肉汁に喉がときめき、そしてシナモンが、嗚呼、シナモンが、私をどこかに連れていく。
耳の奥で、シャマード(chamade)が鳴り響く。
朦朧としながら私は思う、
この魅惑的な味わいを前に、降伏することは、恥ではない。

お試しあれ。


蛇足

残念なことに、まだまだ日本では、香辛料は普及していないように思われる。

スーパーで、バニラ・エッセンスは入手可能だが、バニラ・ビーンズは入手困難だ。
わざわざamazonで注文しなければならない。
しかし、クレーム・ブリュレを作るには、バニラ・ビーンズが必要不可欠であろう。

コンビニに置いてあるアイスクリームだって、ピスタチオ味、ココナッツ味は、稀だ。
べつに、抹茶アイスや小豆アイスを否定するつもりはない。
ただ、あんパンを作るまえに、ふつうにまじめなバゲットを作ってほしいように、
きなこアイスを作るまえに、ごくありきたりのピスタチオアイス、ごくごくあたりまえのココナッツアイスを作ってほしいだけだ。

標準的な味で、かまわないから。

キワモノはキワモノで結構だが、ふつうを愛する気持ちも忘れないでほしい。
ふつうだって、愛すれば、特別になるのだから。


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