【テキスト】スキマゲンジ第35回「若菜下」その2

前回のあらすじ。

柏木が女三の宮の飼っていた猫を手に入れてから5年が過ぎました。源氏の君は女三の宮を院に会わせる計画をたてます。

スキマゲンジ第35回「若菜下」その2。
愛のかたち。

女三の宮の琴は上達していました。源氏の君が褒めると、宮は心から喜んでいます。二十歳を過ぎていますが、まだ大人っぽさは少しもなく、細くかわいらしい様子です。「院には長い間お会いしていませんが、大人になったと思っていただけるよう、気を配るんですよ」と折に触れて教えています。周りの人たちも、源氏の君がいなければ子どもっぽさばかり目立っていただろうと思っています。

年が明けて、公開練習を兼ねた合奏をすることになりました。明石の君には琵琶を、明石の女御には筝の琴を準備し、笛は夕霧を呼び寄せます。明石の君の琵琶はとても上手く、神々しい手つきで澄んだ音色が響きます。紫の上の和琴はやさしく魅力的で華やかな音です。明石の女御の筝の音は可憐で優美でした。女三の宮の琴はそれらに比べると未熟ではありますが、夕霧は「上手になったものだ」と感心しています。

夕霧がそっと女三の宮の姿をのぞいてみると、衣だけがそこにあるような感じでとても小さく、気品があり、二月の半ば頃の柳の新芽のような、鶯のはばたきにも揺れてしまうような、か弱い様子です。「これがこの上もない高貴な女性というものか」と思うのでした。

同じ高貴な女性といえば、明石の女御ですが、こちらは美しく咲いた藤の花を夏の夜明けに見ているような気がします。
紫の上は、やはり桜。辺り一面が照り映えるような美しさです。p明石の君は五月待つ花橘。花も実も一緒に手折った香りはこんな感じなのかなと夕霧は見るのでした。

翌朝、源氏の君が紫の上に「宮の琴はどうでしたか?」と聞くと、紫の上も「最初はどうなることかと思っていましたが、とても上手になられましたね。」と答えます。源氏の君は「後見人として預かった証として教え込みましたよ」と言うついでに「あなたにはこれといって教えてあげる時間もなかったのに、素晴らしい演奏で、感動しました」というのでした。

紫の上は、なにかにつけて非の打ち所がありません。そういう人は長生きができないという俗説もあるので、源氏の君はとても心配して「祈祷など、いつもよりも特別しっかりやってくださいよ」と言葉を尽くします。紫の上は「長生きはできない気がしています。今年は厄年なので心配です。どうか出家をお許しくださいませんか」と言います。源氏の君は涙ぐんで「あなたと離れて私だけが俗世に残って、何の生きがいがあるでしょう。最後まで私の気持ちを見届けてください」と言うのでした。

「あなたのようにおおらかで落ち着いている女性はめったにいないものだと思うようになったのですよ」と源氏の君は続けます。

「夕霧の母親の葵上は、幼い頃に結婚して大事にしなければならない人でしたが、仲良くはなれませんでした。端正で重々しく、不満な点はなかったのですが、くつろぐことができなかったのです。几帳面で頭が良すぎる人でした。

中宮の母親の六条御息所は、人並み外れて趣深く上品でしたが、本心がわかりにくく付き合いづらかった。恨まれてもしかたないことをしてきたのですが、それをずっと思い詰めてしまって、深く恨まれてしまったのはつらかったですね。逢っている間じゅう気を張っていて、気を許したら馬鹿にされるのではないかと体裁ばかりつくろって、疎遠になってしまいました。身分にふさわしくない浮き名を流してしまったことを歎いておられたのが気の毒で、罪滅ぼしに中宮をお世話させていただいたのです。あの世からも見直してくださっているとは思いますが、自分のいい加減さが悔やまれます。」

などと、今までの女性たちのことを少しずつ紫の上に話して聞かせるのでした。

次回スキマゲンジ第35回「若菜下」その3。紫の上が突然の危篤。柏木が大それたことを。

深い苦しみ。お楽しみに。



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