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平和と和平

日本語の「平和」と「和平」という言葉。これらは自分がツイッターなどのSNSでこれまで「区別して使い分けよう」と何度も注意喚起している語句です。ただ理解している人がいるかどうか、ことあるごとに心配になってくる語句でもあると私は思っております。

ニュース翻訳においてはとても重要な語句なので、今回はここでもう1回解説してみたいと思います。「何度も聞いているよ。繰り返すなよ」って思われている方はこれを機会に、もう一度おさらいしてみてください。

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「平和」と「和平」ですが、日本のメディアでは朝鮮半島問題やパレスチナ問題、アラブやアフガニスタン問題、ウクライナ・ロシア戦争のニュースが報じられたり、これらの問題を論じるときに専門家が頻繁に口にしたりしている言葉です。非常に似ているこの2つの言葉。しかし実は使われ方は微妙に違います。

辞書を引いてみるとこのような解説が得られるはずです。

平和・・・・戦争や紛争がなく、世の中がおだやかな状態にあること。
和平・・・・人や国が争いをやめて仲直りし、平和になること。

これらの解説を紐解いてみると、平和は現在の平和な「様子」のことを指すのであるのに対し、和平は「今戦争状態になっている場所を平和な状態にすること(または平和な状態になること)」を指します。明確な違いは今、「戦争状態」「紛争状態」になっているかどうかです

やっかいなことに日本語の平和と和平は、中国語では同じ「和平」という言葉で表現されるため、区別がつきにくくなっています。このため、中国語のニュースで登場した「和平」を日本語に翻訳する際には、どちらの訳が適切なのか、翻訳者が自ら決断をしなければなりません。

とはいっても使用されている語句の構造、前後の文章のロジックを詳細に分析していけば、検討を付けることはそれほど難しくないと考えています。

例えば以下の例文を見ていきましょう。

▼和平发展
中国の指導者が、自国の発展を形容するときに良く口にする言葉です。日本語では平和的な発展と訳せるでしょうか。ここの「和平」は、穏やかに発展することを指しているのであって、平和の状態で発展するわけですから、「和平的な発展」にはなりません。

▼和平机制
パレスチナ問題などアラブ問題など紛争地域の問題に関する国際会議などで、中国の国連大使が良く口にする言葉ですね。これに当てる訳としては、「和平(の)メカニズム」のほうが適切だと私は考えます。あえて「平和」という語句を使うならば、「平和『にする』メカニズム」といった意味になるでしょうか。ただこのような訳語はやはり違和感を感じますし、もしこれを「平和メカニズム」と訳してしまったら、メカニズム自体が「平和である」という意味になってしまいます。これでは日本語として通りません。

▼和平共处
「和平共处五项原则(平和共存5原則)」といった言葉を聞いたことがある方もいると思います。この語句の場合は「平和共存」と訳すほうが適切でしょう。「平和的に共存する」という意味なのであり、「和平の共存(平和になることの共存?)」ではありません。ですから「和平共存」は日本語として不自然であることが分かると思います。

これらの語句はごく一部ですが、必ずしも中国語の翻訳の法則として確立しているわけではありません。例外もあるにはあります(「和平演变」=平和的な変化)。ただ1つ言えることは、中国語の国内問題で「和平」という言葉が使われることはまれだということです。

それもそのはず、日本語の「和平」は通常、「戦争状態の地域で」国と国、民族と民族が争いをやめて平和になる(平和にする)ことを指します。

中国政府はウイグルやチベットなど少数民族の問題に関しては、民族問題ではなく「国内の大衆間の問題」という立場をとっています。しかも「国内は民族の調和がとれ、既に平和の状態にある」というのが政府の認識です。このため、中国語で「和平」という語句が国内の民族問題のニュースなどで出てきた場合、「和平」という日本語の訳語をそのまま使用すれば政府のロジックとして破綻してしまうことになります。近い将来、これらの少数民族問題で使用しても問題ない事件が発生する可能性はありますが・・。

私自身は紛争が絶えない「パレスチナ情勢」や「アラブ情勢」、さらには現在戦争状態にある「ウクライナ情勢」で「和平」という言葉が出たら、「和平と使えるかかどうか検討すべき」と思っています。

どちらにせよ日本語の「和平」「平和」の使い分けに対しては、「今戦争状態にあるかどうか」で明確な線引きをすると間違いを回避できると言えるでしょう。


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