見出し画像

【ショートショート】アクシデント

それは突然起きた。日本太平洋沖50キロメートル先に大きな「空洞」が突如生まれた。自衛隊の警戒管制レーダーが事態を補足。早期警戒管制機および海上自衛隊の監視船が状況把握のため出動。異変発生より2時間後、巡視船が航行中、突如消失。海上自衛隊巡視船航行開始より1時間遅れて出動した米軍巡視船が、海上自衛隊巡視船消失に遅れること30分後にレーダーから消えた。

日本国内では、事態発生より2時間後、災害対策基本法と自衛隊法に則り、内閣総理大臣を長とする緊急対策本部が設置された。災害対策基本法第105条に基づく災害緊急事態の布告の議論が始まった。内閣は事実上の停止状態となり、国際世論への回答に迫られる事態となる。
「空洞」発生から10時間後、ハワイ沖70キロメートルにて大きな爆発。発生当初海底火山の噴火と推測されたが、その事実は確認できず、招集された専門家による「いきなり消えた」という言葉が全世界のSNSで急上昇ワードとなった。

ハワイ沖爆発と同じ頃、自衛隊が最初の爆発時に特定の周波数をもつ電波を発見。解析を試みるも解読は不能。意味を成さない不規則な「リズム」が永遠と続いている。

「空洞」発生から20時間後、東京上空の大気が裂けたと同時に日本国土の90%、九州の一部を除き消失。燃えたとか崩れたとかではなく、ただ抉り取られていた。地表が露出し、深さは2000キロメートル、下部マントルにも到達する規模であった。世界中がパニックとなる中、ハワイのいくつかの島々が東京同様に消失。以降、曇天となり太陽の光がささなくなった。

広域を一瞬にして消失させ得るエネルギーの発生源を調査するために直前24時間以内の気象、衛星、地質などのデータ解析を国連が主体となり進められた。日本の民営放送の海外支局とハワイのラジオ番組が偶然記録していた映像と音声により超絶エネルギーの根本は日本とハワイの「空洞」から発生していることがわかった。消失直前に、300度30万気圧、表面温度1万度の超エネルギーが瞬時に発生し、幾何級数的に約2分間、広がっていったことがわかった。

ただきっかけがわかったにすぎない。その後、イタリア半島の南部が消失。アフリカ大陸、コンゴ共和国北部を中心に直径500キロメートルの巨大な穴が生まれた。
世界地図から10分の1程度が消え、各国は自国の治安維持、水、食糧確保に終始した。
地球は大きな痛みを受け、静かに星としての機能を終わらせようとしていた。雲が太陽を覆い尽くし、気温は10度低下。地球上のあらゆる生物が被害を受け続けた。

3日前まで世界は平穏だった。各地で紛争はあった。貧困もあった。その中に平和を見出す余裕もあった。高度情報化社会により、世界の隅々まで知ることができた。数多の科学が日々解明されていた。読み解けなかった言語が色とりどりの文化があったことを告げていることもわかった。過去だけでなく、未来でさえも人類は知ることができた。

でも今は違う。
わけのわからない破壊が、それらを破壊した。破壊は絶え間なく続いた。世界規模で起こる崩壊の原因を、意味を、目的もわからずただ、事実として消えていく世界。
赤道上の国々の平均気温がマイナスを切った。はじめの「空洞」から5日目、変化が訪れた。厚い雲が覆っていた世界が突如明るく照らされたのだ。それは地球の裏側までも照らし出した。世界が静寂に包まれた。静寂の中に子どもたちがいたずらっぽく笑う声が聞こえたように感じた。世界が同時に昼。そして、一瞬で暗くなった。何もなくなったのだ。地球の消失。

人類は、もうインプットしなくても良くなった。アウトプットする場所がなくなったのだから。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?