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嗅覚って五感の中で一番記憶力がいいのかもしれないっていう話

忘れられない匂いがある。
雨上がりの土の匂いとか、花火の火薬の匂いとか、好きだった人の香水の匂いとか。
どれだけ一緒にいて、大切だと思っていても、案外顔や声はすぐ忘れてしまったりする。
けれど、匂いは一生忘れないと思う。

私はいろんなことを嗅覚で覚えている。

例えば、コーヒーの匂いを嗅ぐと、好きだった人と一緒にギルバートグレイプを見た午後の空気を思い出す。
あの人はコーヒーにミルクを入れる人だったとか、部屋に入り込む空気が冷たかったこととか、その日は一日中雨が降っていたこととか。

例えば、あの人が吸っていたタバコの匂い。
ゆらゆらとベットサイドで揺れる煙。
ほんとはタバコを吸う人は嫌いなのに、あの人が吸っていたからちょっとだけ好きになったこと。

例えば、あの子の運転する車の助手席。
蒸し暑い夏の日。もくもくとした雲と青い空。濃い夏の匂い。スキマスイッチのアイスクリームシンドローム。私が永遠に歌い続けるので、うんざりしたようなあの子の顔。

人は声から忘れていくと言う。
だけど、匂いは忘れない。
嗅覚って、五感の中で一番記憶力がいいのかもしれない。
冷凍保存された空気みたいに、解凍された瞬間、その時の空気感や情景がパッと思い起こされるからすごい。

思いもよらない場所で、急に思い出がフラッシュバックすることがある。
そういう時は、クラッとする。
ああ、この匂いは、あの人と同じだ。なんて思って、後ろを振り返ってみたりして。

街の中で、ふと立ち止まってしまっても許してほしい。
だって、私は忘れられないのだ。
なにひとつ忘れられないのだ。
いつも、片手で収まってしまう思い出を、一生懸命両手に抱えている。
だから匂いだって、忘れられない。
あの人のタバコの匂いが、今も、私の周りで燻ってる。

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