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青春とはなんだ? ―高校編 その3(付録)

(前回のつづき)

申し訳ない。忘れてました!

「青春とはなんだ? ― 高校編 その2」を書き終わって、ああ、やれやれ、と思っていたら、なんと、忘れてました。申し訳ない。

あの「真昼の決闘」のエピソードの途中で「マルサン」の説明をし始めたところ、それに夢中になってしまい説明が中途で終わってしまっていた。

あらあら、やはり歳ですね、と、どうしようものかと思ってたら、ただ「その三」を書いて「もともとこのような構成になっていたのだ」と開き直ればよかったのだが、元来が正直者である私はまず謝罪から「その三」を始めることにした。


で、高校の正門から二校の悪ガキどもが河原に下って行く場面からになる。

幸か不幸か、この時の両者には上にも後ろにも繋がりはなかった。
そこで、乗りかけた船ということで、事態は「真昼の決闘」へと進展して行く。

情報交換の際に彼らの様子が「フツーでない」ことに気づいた。

目が異様に据わっているのである。呂律が回ってないヤツもいるし、喋る口からマルサン特有の、シンナーのように鼻にツンとくる臭いではなくトロリと甘い芳香が漂ってくる。
― コイツらマジ、ラリってる。きっと「マルサン」をしこたまやってから来たのだろう。

「その二」ではここでマルサンの説明に入ってしまったのだった。


私たちはほとんど無言で、双方ともにどちらかと言えば、事態を回避する術はないものかと、やや不承不承に河原に降りて行った。

河原には、私たちがよく大きめの平たい石などに座って煙草を吸っていた場所がある。そこだけが葦やススキの生えていない、ちょうど直径 10 メートルほどの空き地になっていた。「決闘の舞台」である。

双方の悪どもはそこで二手に分かれて互いを見合った。
依然としてヤツらの目は据わっている。

するとヤツらの一人が進み出て、「タイマン」を提案してきた。
つまり、双方から一人ずつ代表を出して、皆が取り囲む中、タイマンをはるのである。

一つに、この人数で乱闘になると集団意識に煽られて重度の怪我人が出るのは必至だし、まかり間違えば死人だって出かねない。なので、賢明な提案ではある。

だが私たちの側には、この提案には一つの大きな懸念点があった。

相手の番を張っているヤツがなんと 1 メートル 90 もある、私たちの間では知らない者のない S だったのである。
ひょろ長いのではなく、それなりの筋肉をつけた 1 メートル 90 センチだ。

この場面で「タンマ」と言って、ヤツらの前でくじ引きするわけにもいかない。

私たちは互いに目配せをして「志願者」はないかどうかを地味に確認する。
志願者などあるわけがない。あの S が相手なのである。誰も進み出なかった。
ヤツらの視線が私たち一人ひとりに注がれるなか、いやな沈黙だけがあった。

こんなとき、射手座と O 型の性格が露わになってしまう私は不幸である。

自分の敗北を心配するよりも、この腰のひけた沈黙に耐えられなくなった私は、「オッケィ! オレがいく」と、人生最悪とも思われる決断をしてしまうのである。

腕力にはさして自身はなかったが、サッカー部でも結構活躍していたので動きだけは速い。
同じ負けるにしてもなんとか「タイマン」の格好はつけられるだろう。

そこで私は一歩、二歩前に進み出た。

すると、S のすぐ隣りにいたヤツが手にしていたスポーツバッグから何かを取り出そうとしている。バッグのサイズから見て木刀はあり得ない。するとヌンチャクか。しかし、ソイツはおもむろに一升瓶を 2 本取り出し、低い声で「一升瓶デスマッチ」と言ったのだった。

後悔先に立たず、とはまさにこの事である。「おお、神よ」
でも、もう後には引けない。私は思わず自分の性格を呪った。

そいつは S にその一升瓶を 1 本手渡す。そして私にも 1 本放り投げてくる。
なんとかキャッチにした私は、どうしたものか、と一升瓶を抱え込む。
使い方がイマイチわからない。

すると S はニヤリと不敵にも口もとを歪め、注ぎ口の方を掴んで持っていた瓶を足下の大きめの石に叩きつけて割ったのだった。
瓶の大半は割れ砕け、S の手には鋭くギザギザに割れた瓶の先だけが残った。

それを見て私も習い、自分の瓶を近くの石に叩きつけて割って構えた。
こちらの手元に残ったのは、S のよりもやや大きめの、いかにも人を簡単に殺せそうな鋭い割れ口を残した瓶の先だった。

もう後には引けない。
引けないが、私はそれでもこの事態の回避策を探し回る。
突如のアドレナリンが分泌された私の脳はもうフル回転である。

―― 絶対に死人が出る。
そして恐らく死ぬのはこっちだ。しかも S は相当にラリっている。
口もとは相変わらず不敵に歪めているが、足もとは微妙におぼつかない。

私は考える。
こっちはシラフだし、もともとそれほど度胸があるわけでもない。

唯一、死人を出さずに済む方法、それには先制攻撃あるのみ。

私は間合いを取りながらゆっくりと右に回る。右利きだからだろうか。
サッカーでフェイントをかけて相手を抜くときも本番ではいつも私は右に動いてかわす。

私はボクサーの踏むステップのように右に回りながら足を動かし、いきなり大声を張り上げた。大半は自分に気合を入れるためである。

奇声を発し、そして手にした一升瓶を投げ捨て、相手の左足を狙って蹴りつけた。
S はそれをかわそうと右に回ろうとする。私から見て左である。

その瞬間、神が私に微笑んだ。

その動きで S の足がもつれたのである。それで私の蹴り出した右足がうまく S の左足を捉え、S はもんどり打って地面に転がった。

それを見た私はまず一升瓶を握りしめた S の手首を蹴った。まずは危険物を場から取り去るためである。

続いて、躊躇うことなく S の頭部に一発蹴りを入れた。どれほどのダメージなのかはわからない。私にできたのはそこまでだった。

「今だ! 学校に逃げ込め!」大声で叫んだ。
そして私は敵も仲間も見ることなく、一目散に校門を目指してダッシュした。
仲間も後に続くことを願って。


取り敢えずは校内に潜伏だ。ヤツらがこのあと何をしてくるかなど想像もつかない。私たちはいつもの溜まり場である屋上に上がることにした。
そこからなら河原や校門も見えるのでヤツらの動きがわかるからそこで次のステップを考えよう。

私は震える指先で煙草に火をつけた。
皆もそれぞれに煙草をくわえた。
屋上から立ち登る煙は勝利の狼煙なのか、待ち受けるさらなる危険の徴しなのか、その時点では知る由もなかった。

私たちは時々、屋上のフェンスから頭を出して様子を伺った。
ヤツらの姿は見えない。
取り敢えず今日のところは帰ったのか、それともバス停あるいは駅あたりで待ち伏せをかます魂胆なのか。

私たちは考えられる1番の安全策をとることにした。
それは、一人二人を下に出し、食料の調達をしたり様子を伺ったりさせ、それ以外の全員は屋上にとどまり、取り敢えずは放課後さらには部活が終わる時間まで待つという策である。

私たちの制服は背広なので、学ランのツッパリ族のように襟が高いとかでは目立たないが、ズボンだけはきちんとボンタン型になっていて腿部分が太く、裾部分が細まっているため身元が割れてしまう。
見つかってしまったら袋叩きにあうのは必至である。

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私たちは部室や教室に行って体操着に着替えた。部活を終えて帰る者たちと同じような服装で二人ずつ裏門から出て行くのである。
敢えてバスには乗らず、通常ルートよりも遠回りの田んぼ道を通って駅まで行く。
その時点で仲間は「解散」になるため、別れる前に翌日の行動も話し合っておいた。
翌日は学校をフケるか、時間差登校をすることにした。


私はといえば、大事をとって 2 時間登校を遅らせることにした。
休んでもよかったのだが、その頃はうまく出欠の段取りができなかった日が多かったし、そっち方面のトラブルも抱え込みたくなかったからである。

家を通常時刻に出た私はまずは各駅停車に乗って新宿方面に向かった。
新宿に着くとその電車はまた折り返して逆方面に向かうので、私はそのまま漫画を読みながら座席に座っていた。
明大前駅で下車して駅の立ち食いそばを食べ、構内にある喫茶店でさらに時間を潰した。それから電車に乗り学校へと向かったのである。


駅に着いたのは 11 時頃だった。
待ち伏せがあったとしても、まさかもうこの時間まではいないだろう。それでも注意しながらあたりを見廻しみまわし改札口を出た。
はたして、怪しげなヤツは一人もいなかった。

まずは一安心だが、学校まで歩いて行くと途中でまさかという時にヤバい。
バスなら他の乗客もいるし運転手もいる。一人よりは安全だ、ということで、バスに乗って行くことにした。

だが、ほぼ通学専用の路線なのでその時間帯は本数が少なく、1 時間に 1 本もない。次のバスまでまだ 30 分もある。

ま、仕方ない。安全牌を切ってバスを待つ。私はバス停近くの道路脇にしゃがんでタバコを取り出し火をつけた。ポカポカの良い天気だった。
しゃがみ込んだ自分の影にツバを吐きながら私はそこでさらに時間をつぶす。


突然、私は人の気配を感じた。目の前の自分の影がひとまわり大きくなる。

背後に立つ誰かの影が自分の影に重なって大きくなったのである。
ヤバい!私は咄嗟に考えた。後ろを振り向いたらそのままパンチを浴びてしまう。

だが、誰かが立っているのは明らかである。どうしようもない。観念して、私はゆっくりと後ろを振り向いて見上げた。やはり、アイツだ。S だった。

その時、思ってもみなかったことが起きたのである。「スズキだろ、お前」S はそう言った。昨日蹴られた顔の右頬が黒ずんでいるが、あの口もとの歪みは消えている。
疑心暗鬼の私に S は言った。
「通りの向こうに先輩がやってるサテンがある。そこに行こうか」


やはりそうだった。そんな簡単に逃げおおせるわけがない。きっとその喫茶店で落とし前をつけさせられるのだ。
先に立って進む S の後を、まるで屠殺場に向かう羊のように、ある意味覚悟を決めて、私はおとなしくついて行った。

小さな不動産屋の 2 階にその喫茶店はあった。昼間は喫茶店で、夜になると酒を出すスナックに変わる、いかにもソレっぽい店だった。
私たちは、脇の細い階段を上って店の中に入った。
開店前なのか、中は薄暗くてすえた臭いがする。

S は私を中に通すと入り口近くのテーブル席を私にすすめた。私が椅子に浅く腰掛けると続いて S も座った。

カウンターの裏からきっと誰かが出て来るのだろう。
S 一人だって恐怖の極みなのに、さらに S の仲間が現れたらと思うとマジ、チビりそうだった。
ヤバい、これは絶対にヤバい。昨日の何倍返しを見舞われるのだろう?

すると S は右手を私に差し出してきた。
なんなんだ、これは? 
こちらからも手を出すのを躊躇う私に S は言った。
「握手だ。フツー、オレと向かい合ったら大抵のヤツはビビっちゃうんだが、お前、クソ度胸あったじゃん。ま、油断してたオレもオレだがよ」と、差し出した手をさらに突き出してきた。

だったら、和解の握手なのだ、これは。

私もそこで躊躇いがちに右手を出す。
S の手は大きかったが、握ってみると乾いていて、意外と繊細な指をしていた。顔には笑顔が浮かんでいる。やや垂れ目で人懐こそうな笑顔だった。

私の心配はすべて杞憂に終わった。カウンターの裏からは先輩のヤクザなど出て来なかった。代わりに、同年代と思しき女の子が注文を取りに来た。
S は彼女に「コーヒー」を頼んでから私に向かって「ここ、ナポリタンが美味いんだ。今日はオレ、奢るから遠慮しないで食ってくれ」と言った。


その後、二人はマブダチになった。
仲間も互いに紹介し合い、かなり親しく付き合うようになった。
その分、悪さ加減も当然のことながら、一段も二段もレベルアップしてしまったのだが。


「青春とはなんだ」と聞かれたら、私はやはりこう応える。
「これが青春だ」


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