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描き切れない最後の恋

目をひらくと
ホクロ一つないなめらかな背部が
飛び込んできた

肩甲骨が綺麗に浮かび上がり
腰にかけて美しい逆三角形が
フリーハンドで描かれている


薄暗いバスルームで
シャワーを浴びる男性の身体を
生まれて初めて目にしたとき

「ダビデ像だ」
と感嘆の声をもらした日を
唐突に思い出した





毎日のように描き続けたダビデ像は
頭部しか馴染みはなかったけれど
いつか全身をデッサンしてみたいと
当時の心が疼きだす

たまらずその一番広い部分に左手を当てる
堅い筋肉を覆う一切無駄のない
ほどよい厚みの肉付き
適度に水分を含み
しっとりと温かさを伝えてくれる


鉛筆で描くように
指先で骨と筋肉の筋に沿って
そっとなぞっていく

一通り背部を描き終えると
満足して首筋に軽く口づけをする


「うーん、くすぐったい」


あなたが振り返り、おはようと微笑んだ

カーテンからもれるやわらかい光の様子から
まだおはようするには少し早そうよと
あなたに微笑み返す


わたしの腰に腕を回し
足を絡ませ
胸元に顔をうずめるようにして
じゃあ、おやすみとあなたは言う

何も掛けずに寝ていたのに
ちっとも冷たくなっていない身体

頭部を抱きかかえるように包み込んで
前髪をかき上げて額に口づけをする

思い切り鼻で息を吸い込み
あなたの香りで心を満たしていくの


温かく充実した時間


でも心一杯に満たされているそれは
「愛」じゃないってこと
わたしもあなたもわかっている



横になりながら部屋を見渡すと
小さなテーブルの上に転がったお酒の缶と
お菓子の空袋に、空き瓶がいくつか並んでいる

隣のベッドはシーツが激しく乱れ
とても寝られる状態ではなかった

軽い頭の痛みに心地よさを感じながらも
少しずつ昨日の夜のことを思い出してきた


必死に抵抗するフリをしていたけれど
結局あっさり堕ちてしまったと
軽く自己反省会

夢まどろむあなたを起こさぬように
そっと腕を外しぬくもりから抜け出すと
わたしは夜の記憶を洗い流しに行く


髪をかきあげた左手首を
不意にそっと握られた

「細いね、折れてしまいそう」

いっそ砕けるまで
強く握りしめて

そのまま連れ去ってくれれば
”よかった” のに

不覚にも願ってしまった夜を
きれいに洗い落としていく


温かいシャワーを浴びながら思う

”よかった”

特に何も欠けていないし
特に何も失っていないし
特に何も感じることはない

男としての価値
女としての価値を
お互いに測り合うためだけの
交わり

愛じゃないものに満たされて
ただすっきりとした気持ちで
帰ることができそう




髪を乾かし下着を身に付けて部屋に戻ると
あなたはイスに腰かけながらスマホをいじっていた

そのままベッドに腰かけてスキンケアを始めていく


「すごい綺麗」


下着姿のままのわたしを眺めながら
変な事をつぶやいていた


「何が? 」

「ゆりさんの身体」


女の身体なんて見慣れているでしょうにと
言葉のままを受け取らないように
必死で感情を抑える

コト済んだ後の男性からの誉め言葉は
あながち嘘ではない

わたしを見つめるせつなげな瞳からも
それはひしと伝わってくる


この言葉一つで
わたしは女としての価値を
自分自身に見い出すことができた

それだけで
あなたに出逢えて
”よかった”ことなの


「ねぇ、一つ聞いてもいい? 」

「うん? 」


わたしはあっという間にメイクで女を創り上げいく


「運命の彼女の探し方って、先に身体の相性から確かめるの? 」

「そんなこと考えないよ」

あなたは慌てて否定をする


「ゆりさんが思うほど経験ないからね」


髪を左右から編みこんでまとめると
えんじのブラウスと桜色のロングスカートに着替えて
手際よく荷物を一つにする

あなたはまだ上半身裸のままだ


「じゃあ、今までキスした女の人数は? 」

「うーん……  」


真面目に指を折り数え始めるけれど
途中でぱっと両手を広げるとあなたは肩をすくめる
それに応えるように呆れた視線を送ってあげた


いろんな形の愛があって
いろんな形の好きがあって
いろんな形の男女の付き合いがあって
それに「運命」という言葉が
絡みつく

わたしの歪んだ愛の先に
あなたはいないし
あなたの歪んだ愛の先にも
わたしはいない


もうあなたと会うことはないでしょう


いつでも出発出来るように
両耳にピアスをつけ身なりを整えると
ベッドに腰かける


窓際でスマホをいじるあなたを見つめながら
急に名残惜しい気持ちに襲われる


「ねぇ、最後にキスしてくれる? 」


驚いたように顔を上げると、スマホをテーブルに置き
あなたはすぐわたしの目の前に来てくれた


「最後って何? 」

「もう会わないって言ったでしょう」

あなたの首元に手を回す


「本当に最後? 」

唇が触れ合う


「本当に最後」


”最後”という言葉が火に油を注ぐように
抑え込んだはずの想いを燃え上がらせる

止まらない口づけに
激しく交わり合う舌先


「したい」


せっかくきれいに整えたブラウスを乱されて
中に手が入っていく


「ダメ、もうすぐ時間だから」

「間に合わせる」




また
あっさり堕ちてしまう

最後の朝



わたしに
描き切れる最後の恋は
巡ってくるのかしらと


ゆっくり目を閉じた




~『救えなかったマフラーの香り』より


「描き切れない最後の恋」

~END



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