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【0625】ありのままのあなたを受け入れる場所:岐阜市の不登校特例校、草潤(そうじゅん)中学校の内覧会

以前取り上げたことのある、岐阜市に作られる「不登校特例校」がこの4月からの開校を受けて、内覧会を開いたそうです。

↓以前取り上げたnoteはこちら

永久保存したい開校序幕式の挨拶

この中学校の開校序幕式にて、「問いのデザイン」の著者でもある京都大学の塩瀬先生が挨拶をされたそうですが、その内容とお問い合わせへの回答が、すべての大人が読むべき素晴らしい内容だったので、紹介させていただきます。(塩瀬先生のFacebook投稿より引用させていただきます)

みなさまおはようございます。京都大学の塩瀬と申します。
このたびは、草潤中学校の開校、まことにおめでとうございます。
 
早川教育長よりこのような機会をいただき、まことにありがとうございます。わたくしが最初に早川教育長から、「塩瀬さん、理想の学校ってどんな学校だと思うか?」と聞かれたとき、即答したのがこの『バーバパパのがっこう』のような学校ではないでしょうかというお話です。この絵本の話を少し紹介させてください。

これはフランスの小学校のお話なんですけれども、学級崩壊しそうなときに、親御さんや市長さんからおまわりさんをつけてでもいいので、学校にしばりつけて勉強をさせないと勉強をしないというところからスタートするんですけれども、それを困ってみかねたバーバパパが皆を森の学校へ連れ出します。バーバパパのファミリーは個性豊かな家族がいるので、子どもたちの好きなことにあわせていろんなことを教えることができます。歌を歌うのが好きな子ども、自然観察が好きな子ども、機械いじりが好きな子ども、みんなそれぞれ夢中になるものが違います。好きになったことを突き詰めると、その先に分からないことがあっても、さらに知りたいと思えるのです。その瞬間こそが、まさに勉強したいと思う瞬間で、このときに学校の先生が戻ってくると、以前と同じ算数の授業をしたとしても、子どもたちの食いつき方が違ってきます。そのような瞬間こそが、子どもたちにとっての学びの場であると、半信半疑だった市長も親御さんも、その変わった子どもたちの姿を信じてこの学校に子どもたちを預けたいという風になります。こんな学校こそが、もしかすると理想の学校かも知れない。それが私自身が早川教育長にお話ししたことです。ここで大切なことは、子どもたち自身が学びを選ぶということです。

私自身、世界中、それから日本中、理想的な学校がどういうところなのかというのを調べようとする中で、魅力的な学校に共通することがあります。それは、学びの選択肢がたくさんあるということです。好きな場所で学ぶことができたり、好きなことを学ぶことができたり学ぶ内容を選べたり、さらに学びの設計図である時間割を先生と一緒につくることができる学校こそが子どもたちにとって本当によい学校なのではないか、と思うようになりました。

しかし、子どもたちがこれを選ぶというのはなかなかに難しく、そういう環境はほとんどありません。大人はよかれと思って子どもたちに与えます。時間割も、教室も、担任の先生も、9教科も。子どもたちに必要だと思うから与えるのです。でもこれを子どもたち自身が、自分で選べるチャンスというのはどうすれば作ることができるのか。みんな同じように同じペースで学ばないといけない、これができることが大人になるために必要だと大人は考えます。そのためには我慢をしないといけないし、耐えなければならない。本当にそうでしょうか。我慢して、耐えることだけが、子どもたちに必要なことで、これを6・3・3の12年間、さらに4年間足して16年間耐え続けられた人だけが大人になれるのでしょうか。そうでない場所を作ることが大事だと。

子どもたちが勘違いしている言葉の一つに義務教育という言葉があります。子どもたちのほとんどは、学校に行かなければいけない義務だと感じています。どんなに苦しくても、どんなにしんどくても、行かなければいけないのが義務教育だと勘違いをしています。大人はここで声を大きくして、それが間違いであることを伝えないといけないと思います。子どもたちがもっているのは学習権です。学びたいと考えたときに、学んでいいという権利です。義務を負っているのは大人で、その子どもたちが学びたいと言ったときに、学ぶ方法すべてを提供するのが大人の義務であって、教室の中に正方形のタイルのように並べた子だけが学んでいいという、そういう条件付きの学びではありません。そういった意味で、子どもたちが学びたい、いつ、どこで、だれと、なにを、そのすべてを選んでもいいはずで、その環境を提供できることこそが、大人に課せられた使命だと思います。

そういう意味で、この草潤中学校を作られた皆さんは、ものすごいハードルを乗り越えてこの場を作られたのだと思います。この理想的な学びを、実際に実現するということは非常に難しいことで、このご準備をされたご尽力に敬意を表したいと思いますし、こういう場所を地元の皆さんと一緒に作られたということ自体が素晴らしいことだと思います。

先ほどの学びもそうですけれども、自分で選んで自分で学んだことは忘れないのだと思います。この学校自身も、子どもたちが学ぶ場所を 地元の皆さんと一緒に作れるということ自体が、この街の中で忘れられない学校を作るという意味ですごく大事なことだと思います。いま学校現場はたくさんのことを要求されています。グローバル人材、スーパーサイエンス、SDGsさらにプログラミング。これ全部できたらスーパーマンにしかならないですよね。そんな大人は町の中に何人いるのでしょうか。そんな大人も見当たらないにも関わらず、なぜか学校にはたくさんのことを要求してしまいます。たぶんすべてを学校にやらせすぎな気がします。学校がやるべきことは、子どもたちの学びの機会を奪わないこと。子どもたちが学びたいと思ったときに、学べるような環境を用意することだけが唯一学校に課せられた使命であって、学びを嫌いにさせたり、絶望しそうになったときに学びを諦めない、そういった子どもたちに育ってもらうところが学校なのだと思います。そういう意味で、この草潤中学校は、子どもたちにとっての学びを守る当たり前だけれども、すごく難しいことに挑戦してくださっている、すごい学校だと思います。

これがヨーロッパのどこかの国でもなく、シンガポールのような教育先進国でもなく、日本の真ん中にある岐阜市の自治体の作った公立の学校ということが、もっとも重要なことだと思っています。ここは特別なことではなく、本当に誰でもどの地域にでも、すべての子どもたちが受ける権利のある学校の在り方だと思っています。

そういう意味で、この学校がはじめてチャレンジすることに対しては、まだ戸惑いもあるし、すぐ結果が出るかはわかりませんけれども、ぜひ温かく見守っていただきまして、ここで育った子どもたちが、本当に学ぶことが大事であるということに自信をもって言えるような時間をぜひ待ってあげていただきたいと思います。「待つ」ということが大事だと思うので、ぜひ皆さんもご協力いただけたらと思います。

この草潤中学校の開校、本当におめでとうございます。
ありがとうございました。

そして最も多かったというお問い合わせへのご回答がこちら。

質問:
この学校の成功は不登校の人数が減ることですか?
塩瀬先生:
違います。それでは結局、大人の考え方が変わらないままで、しばらく経ったら「はやく元の学校に戻れる方がよい」と頭のどこかで抱えたままになります。もちろん本人が望み、ご家族も望むならば、それも選択肢の一つです。しかし不登校は学校にいけない可哀そうな子という考え方をそもそも大人が止めることから本当の解決がはじまります。むしろその子たちを受け入れられなかった学校がNO!を突きつけられたと考えてみてください。学びの機会を遍くすべての子どもたちに届けるということができなかっただけです。
 岐阜市立草潤中学校が目指すのは、「もう一度、学校という場を信じてください」という学校にとっての、大人にとっての再チャレンジなのではないでしょうか。もしこれがうまくいかなかったとき、それを子どもたちの失敗に転嫁するのではなく、大人の失敗として受け止めた方がいい。だからこそ時間がかかります。
 すぐうまくいくとは限らないし、皆さんの期待に沿うものではないかも知れません。でも、すぐに叩くのはやめてくださいね。新しいチャレンジには困難が伴います。せっかくのチャレンジを委縮させることのないように。焦らず、ゆっくり、ゆっくり、見守ってください。

草潤中学校、近く、メディアでも特集の予定があるそうです。期待大。

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