390の複雑な音声構造を持つ動物ーー「チンパンジーの鳴き声」の紹介

Screenless Media Lab.ウィークリー・リポート
2022.8/26 TBSラジオ『Session』OA

Screenless Media Lab.は、音声をコミュニケーションメディアとして捉え直すことを目的としています。今回は、チンパンジーの鳴き声と言葉に関する研究を紹介します。

◾チンパンジーの複雑な発音構造

人間は複雑な言語体系を持ちますが、言語の構築の歴史を知る上でも、動物の発話とその構造研究は重要な意味を持ちます。

当ラボでは以前も、ネコや牛、クジラやゴリラが発する音の研究を紹介してきました。今回は、チンパンジーが12の鳴き声を組み合わせ、計390の文(構文)を作っていることが明らかになったという研究を紹介します。

研究は、ドイツのマックス・プランク進化人類学研究所を中心とした研究チームが2022年5月に発表したものです。チームはアフリカのコートジボワールにある国立公園に生息する46頭のチンパンジーを対象に、2019年~2020年にかけて4826回の音を収集。900時間に及ぶ音声データを、発話の構造に注目して分析しました。

研究では、まず唸り声や吠え声、叫び声といった、12の基本単位となる鳴き声があることを確認しました。その上で、基本の鳴き声と別の鳴き声を二重に組み合わせるもの、そして鳴き声を三重に組み合わせるものが確認され、合わせて390のパターンが確認されました。約5000の発話のうち、67.2%は基本の鳴き声(あるいはその繰り返し)であり、16.9%が二重の組み合わせ、9.5%が三重の組み合わせの発話でした。他の霊長類が鳴き声を組み合わせることは少ないこともあり、チンパンジーのパターンの多さが目立つ結果となっています。

もちろん、人間の言語に比較すれば少ないものの、研究者はチンパンジーの音声コミュニケーションシステムが、これまで考えられていたよりもはるかに複雑で構造化されていることが明らかになったと述べています。

◾ヒトの言語獲得のメカニズム

一方、京都大学を中心とした研究チームは2022年8月に論文を発表し、人間がなぜ言語を使用するかについて、43 種のサル類の、喉の標本を利用して、その構造を比較・分析した結果を発表しました。

https://www.science.org/doi/10.1126/science.abm1574

その結果、サル類の声帯には「声帯膜」という膜状構造がありますが、ヒトにはこの構造が欠損していることがわかりました。この声帯膜はチンパンジーにもあり、声帯膜と声帯を同時に利用することで複雑で大きな音声、多様な音声をつくることができますが、安定性に欠けるとのこと。

一方、声帯膜のないヒトは、声帯だけの単純な形態ですが、それ故に長く安定した音声をつくることができます。そこから唇や舌を利用して高さを調節し、複雑に音素を連ねる音声言語を可能にしたと結論づけています。こうして、喉の構造分析から、ヒトの言語獲得のメカニズムがまたひとつ解き明かされました。

動物の鳴き声は、動物のポテンシャルを知るだけでなく、私達人間の進化を知る上でも重要なものです。動物と音に関する研究は、今後も広く続けられるでしょう。

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