ホームセンター戦闘員、浅間! 「配達ブラックリスト」編 第二話 「襲撃! 配達を頼んでおいて自ら店に突撃してくる掛井!」
俺は東村店長から渡された配達ブラックリストとしばし睨めっこし、途方に暮れて自室を眺めまわす、というループをすでに八回は繰り返していた。
今回のペナルティで押し付けられた配達は、リストの中の六件。他は配達専門武装チームが行く。あいつらに比べれば、俺の担当件数は少ない。だが、生きて帰れる可能性は明らかに俺の方が低い。明日一日かけて配達に回る予定だが、どこまで回れるか。下手したら一件目でくたばるかもしれない。
途中で俺が死ねば、配達が行き届かなかった連中の報復を店が受ける。店長としても、そういうリスクを負った上でのことだ。文句を言うわけにもいかない。しかし、一人で嘆く権利くらいはあるだろう。何せ、並んでいる名前が名前だ。
『店の敷地内の雑草が伸びてくると現れて雑草も店員も刈り払う草加』。
『買った物が壊れたと言って実物も持ってこずにスマホで撮影した商品写真を見せて無償修理を迫る水畑』。
『大量のポリタンクを持ち込んで灯油を全部買い叩く木滑』。
『あらかじめ家の中につけておいた傷をお前が配達した家具でぶつけた傷だと因縁をつける寺田』。
『ひたすら怒鳴りまくり殺し尽くす中和泉一家』。
『荘園領主・岡森家の威張り散らす小作人ナンバー1前島』
俺自身、遭遇したことのある奴もない奴もいるが、いずれも近隣の小売り店に悪名を轟かせているモンスタークレーマーばかりだ。少なくとも、それぞれ数十人は小売り店員を殺しているだろう。
特に最後の岡森家小作人、前島は最悪だ。日夜、射殺する相手を求めて彷徨う警官たちが支配する公道以外の土地では、常にその持ち主が最大の権力を有する。故に現代における土地持ちの力は、そこいらの一般市民どもの比じゃない。
更に言えば岡森家は、俗に荘園領主と呼ばれる大地主の家の一つ。荘園領主たちは広大な土地に小作人たちを住まわせ、凶悪な農具で武装させている。実質的な私設軍隊みたいなもんだ。そんな中に、たかが小売り店の戦闘員如きが、単身で配達に向かわなきゃならない。一歩間違えば、寄ってたかってなぶり殺しだ。
まあ、これではそもそも岡森家に辿り着けるかも怪しいもんではある。
「遺書を書く相手もいねえとはいえ、これはねえよ……」
一人呟く。返事をする奴はいないし、俺が死んだ後に葬式を出してくれるような人間もいない。そもそも、闘争本能溢れる俺達人類が日夜殺し合うこの世の中、葬式なんて余程の物好きくらいしかやりはしないが。
◆◆◆
「浅間! すぐに手ぇ貸せ!」「モンスタークレーマーが攻め込んできた! 『配達を頼んでおいて自ら店に突撃してくる掛井』だ!」
昨夜から続く暗澹たる気持ちに苛まれていた俺は、出勤早々に浴びせられた西堂と山尾の怒号によって更なるどん底に叩き落された。
『配達を頼んでおいて自ら店に突撃してくる掛井』は、今回の俺の配達先には入っていなかったが、配達ブラックリストに名を連ねる一人だ。
奴にこの店が目をつけられたきっかけは、残念ながら店員側のミスだった。数週間前、表面上は大人しい客を装った掛井が、配達を依頼してきた。
それを、今は亡き根本の奴が、配達伝票を予定日とは違う日付の伝票ファイルに入れるという、初歩的かつ致命的なミスをやらかしやがったのだ。とはいえ、相手がモンスタークレーマーでなかったら、根本も東村店長からの制裁と客からの報復でボコボコにされる程度で済んだだろう。
だが、掛井は配達が遅れたことを悟るや、改造電動自転車を駆って店に突撃してきた。自動ドアをぶち破り、ガラス片塗れになりながら店内を走り回り、「この店の自動ドアはどうなっとんじゃ! 治療費出せ!」と叫んで店員たちを威嚇した。
直後、根本を見つけるや否や自転車で突き倒し、その首をゴツいタイヤで何度も轢いてへし折った。それから慰謝料と治療費をせしめて、嵐のように去っていった。
あの時は東村店長も黒河店長代理もおらず、きっかけがこちらのミスだったこともあって、負けを認める他なかった。無惨な最期を迎えた根本の死体は、俺が回収コンテナに放り込んだ。配達ブラックリストを渡されるまでは、このことがここ最近で一番ひどい出来事だった。ブラックリストを渡された時に、ワースト二位になった。今、掛井が攻めて来たことでワースト三位に転落した。
「また配達遅れてんだろうが! どうなってんだこの店は!」
怒号と共に、改造電動自転車が俺達の立つ24番通路に走り込んできた。掛井だ。初老に差し掛かった中肉中背の男だが、その歪み切った表情は年齢を感じさせない生気と殺意に満ちていた。
「ざけんじゃねえ! 配達時間は指定出来ねえって何度も言ったぞ!」
「13時から16時の間って事で納得したんじゃねえのかよ! 今13時過ぎたとこだろうが!」
俺達は口々に叫ぶが、当然これを聞き入れるようならモンスタークレーマーなんて呼ばれていない。根本の一件以来、掛井は配達を頼んではまた遅れたと難癖をつけて攻撃を仕掛けてくるようになった。この襲撃はすでに四回目。金まで持っていかれたのは最初の一回だけだが、そのたびに店員が殺傷されている。どうにかして今回で仕留めなければ。
自転車に轢かれそうになり、慌てて身を引く。根本を殺したゴツいタイヤが俺の安全靴の先端を掠めた。鉄心入り安全靴と硬質エプロンは重いが、やはり小売り店員をやるなら必要な装備だと実感する。
「ダメだ、早すぎる!」「回り込む前に突破されちまう!」「応援まだかよ!」
西堂と山尾と共に必死に掛井を追い、武器を振るうが掠りもしない。店の床にタイヤ跡が残る。またモップ掛けしなきゃならないじゃないかチクショウめ!
「遅れてんだよ! 配達が! こっちはずっと待ってたんだよ! どう始末つけて――――」「ハイそこまで」
通路の端に到達し、Uターンをかけた掛井の首を、商品棚の影からぬっと突き出された太い腕が掴んだ。東村店長だった。眼鏡の奥の目が冷酷に光った。
「てめっ……ぐぶっ!!」「三回目まではうちの店員どもが不甲斐ないで済ませたが、四回目となるとそうもいかない」
言葉の途中ですでに、東村店長の千枚通しが掛井の首を刺し貫いていた。引き抜き、また突き刺す。二度、三度。Uターンで速度が落ちた、その一瞬のうちに決着はついた。
いくら掛井がモンスタークレーマーの中では下位とはいえ、この手際。やはり店長は化け物だ。もっとも、そうでなければ小売り店の店長なんてやってられないが。
掛井が血泡を吹いて崩れ落ちると、東村店長は硬直している俺と西堂と山尾に向き直った。さっきまでの冷徹な声ではなく、いつもの粘着質な声に戻っていたが、それが余計に恐ろしかった。
「やってしまったねえ、君たち。私の手を煩わせてくれちゃって。西堂、君は今日一日、屋上駐車場警備だ。山尾、君は浅間について配達に出なさい」
西堂と山尾はこの世の終わりみたいな顔をした。俺の方は、神妙な顔をしつつ内心では喜んでいた。少なくとも一人よりは生還率が上がる。
西堂が食らった屋上駐車場警備も相当にきついが、まだ配達よりはマシだろう。そんなことを考えていた俺に、東村店長は言った。
「しかし、最近はうち狙いのモンスタークレーマーも増えた。ここいらで少し見せしめをやって、うちに手出しする奴を減らさないとダメかな。……浅間。山尾」
「……はい」「……なんでしょう店長」
店長が俺達を見た。冷や汗がこめかみを伝った。
「小作人の前島は構わない。こっちもただじゃ済まないからね。だが、他は全員殺してきなさい。いいね?」
もうダメだ。俺は持っていた金槌を取り落とした。
【続く】
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