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小角X線散乱(SAXS)(17) - 【演習】Porod則と球の散乱関数

球の散乱関数(形状因子、干渉因子)がPorod則に従うかどうかの演習です。


【演習】Porod則と球の散乱関数


球の散乱強度$${I(h)}$$は、散乱ベクトル$${h}$$の大きい領域($${h \rightarrow \infty}$$)で漸近的に次式のように、$${h^{-4}}$$にしたがって減少することを示せ(Porod則)[1]:

$$
I(h) \simeq A_e^2 \dfrac{2 \pi \rho_0^2 S}{h^4}
$$

$${h}$$:散乱ベクトル$${\boldsymbol {h}}$$の大きさ、$${A_e^2}$$ :1個の電子の散乱強度[2]、$${\rho_0}$$:電子密度(単位体積あたりの)、$${S}$$:球の表面積


【解説】

図1 半径がRの球

半径が$${R}$$の球の散乱強度$${I(h)}$$は次式で与えられます[3]:

$$
I(h) = A_e^2 |F(h)|^2 =A_e^2 N_e^2 P(h) \;\;\;\;\;\;\;\;\;\;\;\;\;\;\;\;\;\;\;\; (1)
$$

$$
P(h) = \Bigg [ \dfrac{3(\sin{hR} - hR\cos{hR})}{(hR)^3} \Bigg ]^2
$$

ここで、$${N_e}$$は球内に含まれる全電子数、$${F(h)}$$は構造因子、$${P(h)}$$は散乱関数(形状因子または干渉因子)です[2, 3, 4]。$${\lim_{h \rightarrow 0 }P(h) = 1}$$です。
 文献[2]で示したように、散乱関数$${P(h)}$$の箇所をBessel関数で表すと、

$$
P(h) =\Bigg [ \dfrac{3(\sin{hR} - hR\cos{hR})}{(hR)^3} \Bigg ]^2 = \dfrac{9\pi}{2}\bigg ( \dfrac{J_{3/2}(x)}{x^{3/2}} \bigg )^2,  (x=hR)
$$

Bessel関数の漸近展開($${z \rightarrow \infty}$$)は[5]、

$$
J_\nu (z) \sim \displaystyle \sqrt{\dfrac{2}{\pi z}} \cos \Big (z-\dfrac{(2\nu + 1)\pi}{4} \Big )
$$

で与えられるから、$${\nu = 3/2}$$とおくと、

$$
J_{3/2} (x) \sim \displaystyle \sqrt{\dfrac{2}{\pi x}} \cos (x-\pi) =  -\sqrt{\dfrac{2}{\pi x}} \cos x
$$

よって、散乱関数$${P(h)}$$のひとつの漸近解は、

$$
P(h) = \dfrac{9\pi}{2}\bigg ( \dfrac{J_{3/2}(x)}{x^{3/2}} \bigg )^2 \sim \dfrac{9\pi}{2} \cdot \dfrac{1}{x^3} \cdot \dfrac{2}{\pi x} \cos^2 (x-\pi) = \dfrac{9}{x^4} \cos^2 x = \\ = \dfrac{9}{R^4} \cos^2 (hR) \dfrac{1}{h^4} \;\;\;\;\;\;\;\;\;\;\;\;\;\;\;\;\;\; (2) (漸近解1)
$$

ちなみに、回転半径$${R_G}$$で角度依存性($${h}$$依存性)を規格化するときは、半径$${R}$$と回転半径の関係、

$$
R_G = \sqrt \dfrac{3}{5} R
$$

を使います。
 全電子数$${N_e}$$は、

$$
N_e = \dfrac{4\pi}{3} R^3 \rho_0
$$

だから、球の表面積を$${S(=4\pi R^2)}$$とすると、式(1)と(2)から、

$$
I(h) \simeq A_e^2 \cdot \dfrac{16\pi^2}{9} R^6 \rho_0^2 \dfrac{9}{R^4} \cos^2 (hR) \dfrac{1}{h^4} = A_e^2 \dfrac{4\pi \rho_0^2 S}{h^4} \cos^2 (hR)
$$

余弦の倍角公式[6]、

$$
\cos^2 (hR) = \dfrac{1 + \cos(2hR)}{2}
$$

を使うと、

$$
I(h) \simeq A_e^2 \dfrac{2\pi \rho_0^2 S}{h^4} (1 + \cos(2hR))\;\;\;\;\;\;\;\;\;\;\;\;\;\;\;\;\;\;\;\; (3)
$$

式(3)には三角関数が含まれているため、振動します(図2)。しかし、図2を見ると全体的には$${h^4}$$で減少していることがわかります。振動部分をとり去ると[7]、散乱関数$${P(h)}$$は、

$$
P(h) \simeq \dfrac{9}{2(hR)^4} \;\;\;\;\;\; (漸近解2)
$$

また、対応する散乱強度$${I(h)}$$は、

$$
I(h) \simeq A_e^2 \dfrac{2\pi \rho_0^2 S}{h^4} \;\;\;\;\;\;\;\;\;\;\;\;\;\;\;\;\;\; \;\;\;\;\;\;\;\;\; (答)
$$

図2に球の散乱関数$${P(h)}$$、漸近解1、そして漸近解2を両対数プロットで示しました。

図2 球の散乱関数P(h)の角度依存性(h依存性)。横軸は球の半径Rで規格化されています。球の散乱関数の極小が不揃いなのは、グラフを描く点のx座標と極小点のx座標との差がまちまちであるからと思われます。

文献とNote

[1] A. Guinier, G. Fournet, "Small-Angle Scattering of X-rays", John Wiley & Sons, New York, 1955. 原著では、構造因子$${F(h)}$$で表現されています:

$$
\overline {F^2(h)} \approx \dfrac{2\pi \rho^2 S}{h^4}
$$

$${\overline{\cdots}}$$の上の横線は、「ランダムな配向」または「平均をとる」という意味です。また、$${\rho_0}$$と$${\rho}$$は同じ意味です。

[2] 小角X線散乱(SAXS)(1) - 基本的なこと(note記事)
[3] 小角X線散乱(SAXS)(11) - 【演習】球の散乱関数(note記事)
[4] 定義から、散乱関数$${P(h)}$$は、角度0°($${h \rightarrow 0}$$)で規格化されています[2]:$${\lim_{h \rightarrow 0} I(h) = I(0)}$$として、

$$
P(h) = I(h)/I(0)
$$

だから、いつでも

$$
P(0) = 1
$$

になるはずです。

[5] 森口繁一、宇田川銈久、一松信、数学公式Ⅲ(岩波全書)、岩波書店、1960.
[6] 森口繁一、宇田川銈久、一松信、数学公式Ⅱ(岩波全書)、岩波書店、1957.
[7] もしかしたら次の式からくるのかもしれません($${\langle \cdots \rangle}$$は平均を表します):

$$
\langle \cos {2x} \rangle = \dfrac{1}{2\pi} \displaystyle \int_0^{2\pi} \cos {2x} \mathrm{d}x = \dfrac{1}{4\pi} \bigg \lbrack \sin2x \bigg \rbrack_0^{2\pi} = 0
$$

考えていただければ幸いです。



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