第11回「夜が来る! -Square of the Moon-」
現代の日本で「桜」と言えばほとんど多くの人が好き嫌いは別としてソメイヨシノの花が頭に浮かぶと思う。
ただ、個人的にはあまり好きではない。
小学生の頃、通学路にびっしりと生えたソメイヨシノから春~夏の時分は毛虫がボトボト落ちてきて、毎日そこを往復しなければ学校に行けないと言うかなりネガティブな記憶が蘇るのもあって、あまり良い印象はない。昆虫少年であり、恐竜少年だったかつての自分でもそういう悪印象を植え付けられるほどの中々の地獄街道だった。
この桜が人工的に生み出されたのか、あるいは自然交配で偶然できたのかは現代の科学でも分からないが、少なくとも江戸時代の頃にはあったと言われている。
そのソメイヨシノだが、少々厄介な性癖を持っている。一般的な植物によくある「受粉して種が出来て、土の中から芽を出す」と言うような増え方が出来ないのだ。
はて、そんな品種なのにSNSのスパムかマクドナルドのハンバーガーのように、日本中どこに行っても春になればソメイヨシノが見れるのだろうか。
ソメイヨシノは挿し木、あるいは接ぎ木と言う形で繁殖ーー否、クローニングを続けている品種なのだ。もちろん比喩ではない。日本全国ありとあらゆる場所に立っているソメイヨシノのDNAは全て同じだ。
挿し木と言うのは若いソメイヨシノの枝を剪定し、それを地面に植えることで新たに生み出すと言う形で、園芸初心者でも出来るような簡単な方法だ。
ただ、挿し木をするのに適した長さの枝と言うのは中々手に入らない。
そのため、一般的には接ぎ木と言う手段で増やしていくことになる。
接ぎ木とは何か。手っ取り早く言うならば、既に生えている他の品種の桜を切り倒し、切り株にソメイヨシノの枝を突き刺して乗っ取る。そういう手段だ。それなりに理系学問をやった人間の目線でも少々グロテスクな方法だと思う。
日本には昔から多くの桜の品種があった。
江戸彼岸、山桜、深山桜、八重桜、丁子桜……2018年に新種だと断定された熊野桜……天城吉野や伊豆吉野、河津桜などは自然交雑で生まれたと言われている。自分の住む横須賀でも人間の手が及んでいない山間では山桜や枝垂桜が見られる。古い寺には陽光桜の濃い色合いが見られとても綺羅びやかだ。
だが、これら数々の桜だが、第二次大戦後の都市再建の際に当時園芸屋で大量に生産されていたソメイヨシノの苗木に接ぎ木されて多くが乗っ取られ都市からは姿を消した。
ソメイヨシノの花は戦後復興の象徴かのように扱われ、やがてこれが国の花であると国民は刷り込まれていったのだ。
樹木なのに寿命は僅か30年ほどと極めて短い生命であり、クローンだから、自らの花粉で受精することもできない。
ソメイヨシノは人の生きている場所でしか花を愛でられることはなく、繁殖する事もできない。
今年の春もきっと桜は咲くだろう。日本全国、南から北まで同じ顔をしたソメイヨシノが順々と花開いていく。
美しい、と多くの人が言うだろう。それを否定するつもりはない。
ただ、どこもかしこもソメイヨシノと言う風景は、自分にとってはSNSのTLを埋め尽くす粗造されたAIイラストを見るような気分になる。
まぁ、普通の人間の感性を持ち合わせてないから、普通の人向けの文章が書けずに金儲けが出来ないってことの証明でもあるのだけれど。
The blue moon
エロゲの話をする、となった時に前回の「天使のいない12月」の次に何を書こうかと頭に浮かんだのが、アリスソフトさんの「夜が来る!」だった。
アリスソフトさんの作品、と言うと今も昔もランスシリーズが有名で、それ以外となると言っちゃなんだが語る人の数が途端に少なくなる。
ただ、ボクにとっての最初のアリスソフトさんのゲームは本作だ。
異端かもしれないが、誰しもがそうであるように「最初に見たガンダムがその人にとっての原初体験として刻まれる」に似た話だと思う。
本作は今でこそ珍しくもない、学園を舞台にした現代ファンタジー物だ。
しかし、発売当初は非常に珍しいジャンルだった。
TYPE-MOONさんのFateも、アトラスさんのペルソナ3もこの作品の後発にあたると言って良い。
かろうじてブギーポップシリーズが先発していたくらいだが、少なくともあの当時はそこまでサブカルチャーシーンにおいて主要なジャンルでもなければ、まだ形として定まっていない黎明期だった。
そんな中で出た本作は「一つの学園が中核となる舞台」「街で流れる都市伝説」「主人公と複数のヒロインがいるラブコメ要素」「中二病的な固有名詞や読み替え」「夜の街を中心とした、ちょっとした探偵要素のある探索と戦闘」「倒すべき異形の怪物」「自分たちと敵の使っている技や武器、技術、魔法は根幹が同じ」と言った心躍る描写やシナリオでプレイヤーを魅了した。
それはつまり、現代ファンタジーのテンプレートとも言えるほぼ全てが本作には内包されており、その原点的な作品であると批評する人も少なくはない。
Fighting under the blue moon
本作はアリスソフトさんの作品らしく、ちゃんとゲームとして遊べるRPGだ。
……今もそうなのだが「ちゃんとゲームとして遊べるエロゲ」と言うのは非常に少なかった。
エロゲーの開発と言うのはほとんどのメーカーが中小企業と言うこともありコンシューマーと比較して、相対的に開発力が低いのは誰もが知っている。
だからこそ、大半のメーカーはAVG形式のゲームが中心になってしまうのも仕方がない話でもある。
そういった状況でキチンと遊べるゲームを出し続けたアリスソフトさんが2001年にリリースしたのが本作「夜が来る!」だ。
当時、エロゲにボイスが付くと言うのはまだ珍しい時期であり、更に言うとOPにボーカル曲を付けるどころか、ちゃんとしたアニメとしてのムービーまで搭載していた。
珍しい、どころかおそらくアリスソフトさんとしては初めてそれらを実装したソフトだと思う。
そういった事情もあるためか、まだ音声関係の設定周りが脆弱であり2020年代の現在で見るとUI周り含めて厳しい面もあるが、その点はしょうがないだろう。
しかし、OPも含めたBGMの完成度は今なお非常に高品質だ。
ほとんど全て打ち込みの音源なのだが、激しいギターの音がした。
ドラムのアクセントが気持ちよかった。
シンセサイザーが脳を刺激した。
そして何よりも、ピアノの音が良かった。
最近になって知ったことだが、作曲したshade氏曰く、本作を含めてアリスソフトで作られた楽曲の数々は打ち込みだからこそ人間が演奏することを考慮していないのだと言う。しかし、どこか破滅的で破壊的で、刹那的な儚さを伴った楽曲の数々は確かに狂気を孕んだ人間味を感じる仕上がりになっている。
機械で作られているはずなのにどこか「生」を感じられるのは当時のshade氏が猟奇的なまでに自らを追い込んで制作したからなのだろうか。
Square of the moon
「エロゲであるのに遊べる」
改めてになるが、これは本当に当時の自分にとっても衝撃的だった。
RPGとしてキチンと難しく、キチンと面白い。
今でこそRPGツクールなどの普及も相まってインディーズ作品含めてキチンと遊べるエロゲは本当に少なかったのだ。
探索や戦闘では主人公の他に二人の部員を連れて行くことになるのだが、これもキッチリとステータスで差別化が出来ている。
意外と言うか、なんというか、この連れて行く仲間がとにかく頼もしい。
中でも特に強烈だったのは男キャラである「星川 翼」だろう。
見た目二枚目、中身三枚目、でもキメる時はちゃんと二枚目、と言う今でこそよく見られるキャラ造形ではあるが、この時代にこのキャラはなかなかに際立つ。それは戦闘でもそうだろう。
この男、バカみたいに強い。
攻撃手段は他のキャラのように範囲攻撃は無いのだが、「速攻で行動し、攻撃が絶対に命中する」と言う絶対的な信頼度を誇り、高難易度になってくる周回プレイでもド安定のキャラなのだ。
ヒロインの多くが範囲攻撃が主体であり、打ち漏らしが出る。他の男子部員二人の命中率に難がある中で「確実に敵に攻撃を当てる」と言う安心感がとにかく偉い。
正直に言うと、プレイヤーの分身である主人公よりよっぽど強い。
あんまりエロゲで男キャラの話ばかりしてもしょうがないので、ちゃんとヒロインの話もする。
ここではあえて、祁答院マコトの話をする。
この名前にピンと来た人もいるだろう。
「コープスパーティー」シリーズのシナリオ、キャラクターデザインをつとめる祁答院慎氏その人が名前の元ネタである。
なので、氏を知る人からは「抜けない」と言われるそうだが、ボクは当時全然存じ上げなかったので、マコトのスケベシーンにお世話になった。主に淫夢のシーンで。すっごいお世話になった。
シナリオ面で言うと、「イケメン王子様系の高身長美少女」「なのにやたら可愛いシーンがピックされる」と言う現代でのテンプレートがすでにこの時代のシナリオでキッチリ描かれている。本当にこれ20年以上前のゲームなのかってくらい今でも通じるシナリオなのである。
ここでは書ききれないが、とかくほぼ総てのキャラが立っているし、それがRPG部分の攻略でもモロに影響している。探索中の会話シーンもボイスこそないが、相互掛け合いが豊富なため、周回中でも飽きずに読めるのは嬉しい点だ。
A night come's!
で、ここからが本題だ。
これを執筆している当日、まさかのリマスターが発表された。
(リンク先R-18注意)
正直に言って、ビビってる。
パッケージもまさかのkaren氏新規描き下ろしにも大分ビビってる。
これで5月まで死ねない理由が出来たと言える。と言うかこれ書いてる今、若干泣いてる。
青春のゲームがリマスターされることでこんなにも嬉しい気持ちになるのは本当に久々だ。今日発売になった「夜勤病棟」と合わせて本当に今という時代に生きてる事を感謝する。
最後に。
この夜がおわったあとで
どうか。
ふたたび君が夢みることを
ねがいますように……
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