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【雑記】『ベイツモーテル』が面白かった件① 異常と不幸の二面性

※最終回までのネタバレがあります

『ベイツモーテル』は、ヒッチコックの名作『サイコ』に登場する連続殺人鬼・ノーマンの少年時代を描いたテレビドラマだ。『サイコ』の前日譚にあたる本作だが、最終章では『サイコ』本編のリメイクも行なっている。原作とは大きく異なる展開をたどる最終章は、『ベイツモーテル』独自のノーマン像が全面に出ていてとても見応えがあった。

とくに良かったのが最終回! 亡き母との幸せな夢の中に閉じこもるノーマンを兄・ディランが手にかけ涙するラストシーンは悲劇的で、家族を救うことができなかったディランの胸の内を思って涙が出た。手に汗握るサイコスリラーのラストがこうも物悲しくやるせないのは、本作におけるノーマンが頭のおかしい連続殺人鬼であるだけでなく、不幸な運命に翻弄される哀れな青年としても描かれているからだろう。

私は『サイコ』シリーズに明るくないが、『ベイツモーテル』で描かれたノーマン像の独自性はもっと注目されても良いと思う。ということで、今回は『ベイツモーテル』の内容をざっくり紹介しながら、本作におけるノーマン像の特徴である異常と不幸の二面性について語っていきたい。

※筆者は『サイコ』を知らずに視聴したため、原作との差異については正確ではないことをご承知いただきたい。そのうちちゃんと見ます。
※画像はすべて日本語版公式HP(http://www.batesmotel-tv.jp/sp/)より引用

異常と不幸の二面性   『ベイツモーテル』が描くノーマン

ノーマンが連続殺人鬼になったのは育った「環境」のせいなのか、それとも生来の「性格」のせいなのか――本作に言わせればその両方が原因だ。

そこでまずは、「環境」「性格」という二つの側面から、『ベイツモーテル』におけるノーマン像を整理していくことにする。

a.異常な環境――治安最悪 ホワイトパインベイ

*人生やり直しに大失敗
物語の舞台であるホワイトパインベイはマフィアが牛耳る治安最悪な村。村のほとんどの人間がヤバい商売に関わっており、保安官も例外ではない。ノーマン達が越してきた中古のモーテルも、実は人身売買の「商品」を取引するために使われているという事故物件で、たまたま所有者の手を離れ質屋に入れられていたところをノーマが買い取ってしまったのだ。

取引場所を取られてはたまらないと、引っ越し早々、元モーテル所有者の男がベイツ親子のもとへ乗り込んでくる(第一話)。ノーマは強気で男を追い払うも、逆切れした男は仕返しにノーマを強姦。なんとかノーマンに助けられたノーマだったが、怒りに我を忘れ男を刺し殺してしまう。正当防衛とはいえ殺人が起きたモーテルと知れれば今後の経営に支障が出ると考えたノーマは、ノーマンと協力して殺人を隠蔽…。最悪なスタートを切ったノーマとノーマンは、以降もホワイトパインベイの闇に巻き込まれていくことになる。

*友人にも恵まれないベイツ親子
ノーマとノーマンはそれぞれ様々な人と出会い、時には恋に落ちるわけだが、さすがは治安最悪の村、知り合うやつが全員ヤバい。以下に例を挙げる。

・ ノーマが最初に恋におちた保安官が実は人身売買関係者
・ ノーマンの初恋の人がマフィアAのボスの娘。父親の仇を取るため敵対するマフィアのボスを殺し、マフィア抗争が激化。
・ ノーマンを誘惑してきた女教師がマフィアBのボスの愛娘。ノーマンがうっかり殺してしまいマフィア抗争が泥沼化。
・ ノーマの友達が実は麻薬売買を牛耳るボス

朱も交わればなんとやら。イカれた村のイカれた住人たちと関わるうちに、ノーマンの精神状態はどんどん悪化していく。


b.異常な性格――不幸な母と息子の愛

しかし、ノーマンが壊れていくのは治安の悪さのせいだけではない。母ノーマの異常な愛情とヒステリーやノーマンの異常性癖や人格分裂傾向は、ホワイトパインベイに引っ越して来る前からあったものだ。これらが治安の悪さのせいで悪化していくのである。

不幸な境遇ゆえにヒステリーになった母・ノーマ

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*「異常」な母親:ヒステリーと息子愛
ノーマは過保護で自分勝手でキレやすいヒステリックママ。自分の思い通りにならないとすぐ暴言吐きながら暴れるわ、すぐに被害者ぶるわ、弱るとすぐに男に色目を使って泣きつくわで、とにかく見ていて腹が立つ。母親を心から愛するノーマンですらノーマのヒステリーには辟易するほどだ。

息子であるノーマンへの愛情も尋常ではない。息子と自分は一心同体だと思っており、息子(と自分)の幸せを守るためなら文字通りなんでもする。かわいい息子のためなら殺人隠蔽もなんのそのだ。スキンシップも過剰で、距離の近さは恋人顔負け。高校生になる息子と同じベットで寝るって何?正気?性癖が歪んでも文句は言えない。

*「不幸」な女:暴力クソ野郎になぶられ続けた人生
とはいえ、ノーマの異常極まりない性格にも実は理由がある。ヒステリーも息子への深すぎる愛も、ノーマが被ってきた不幸の結果なのだ。

ノーマの人生は最初から悲惨だ。幼いころから父親に暴力を振るわれ、兄には性的に乱暴され、子供まで孕んでしまう。そんな地獄から逃げるように結婚した相手もまた暴力クソ野郎で、兄との間に生まれたディランを捨てて別の男と再婚。しかし、残念ながらこいつも暴力クソ野郎だった。耐え切れなくなったノーマがノーマンを連れて逃げ出そうとするも、連れ戻されて強姦されたこともあった。(そんなノーマの姿を傍で見ていたノーマンは徐々に精神を病み、ついには父親を殺してしまう)

ノーマのヒステリーはこうした世界に凌辱された経験から来ていると考えられる。彼女には自分の人生が思い通りにいった経験がない。世界はいつでもノーマを裏切り、傷つけてきた。それでも幸せになることを諦めてたまるかというノーマの強情さが、結果的にヒステリーや身勝手さとなって現れているのだ。

ノーマは自分の計画が邪魔された時や、とりわけ他人から何かを強要された時に「私に指図するな!」と叫んだり、暴れて泣き出すことがしばしばある。それもこれも、自分を傷つけてきた世界に対するノーマの切実な抵抗なのだろう。

*異常な愛は不幸な運命から生じたもの
そんなノーマにとって、ノーマンは愛すべき唯一の存在であり、幸福にすべき半身=自分自身である。ノーマは、世界の暴力から自分の身を守るように、ノーマンのことも守ろうとする。ノーマンへの異常な愛情は、ヒステリーと同様に、ノーマの悲観と幸福を求める強情さの現れなのだ。ここに『ベイツモーテル』特有の異常と不幸の二面性が現れている。

とはいえ、ノーマが恋人を欲していないわけではない。辛いときに優しく寄り添ってくれる男性が現れれば、ノーマはコロッと恋に落ちてしまう。その様子は娼婦と揶揄されるほど。そんな恋多き母に、ノーマンは嫉妬を募らせることになる。

不幸な母への同情と嫉妬で狂っていく息子・ノーマン

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ノーマは不幸な運命の被害者であると同時に、恋多き身勝手な女でもあるという二面性がある。これに対応して、ノーマンが母に向ける愛も「同情」「嫉妬」という二通りの現れ方をする。

*「異常」な愛情:恋多き母への嫉妬
『サイコ』で描かれるように、ノーマンは母に対して倒錯した愛を抱いている。単なる親子愛を通り越して母に恋しているノーマンは、母が男と寝ている様子を覗き見したり、「君は母親と寝たいと思っているのか?」と精神科医に疑われたりする。

また、ノーマと同様に、ノーマンも母と自分は一心同体だと思っており、その絆を引き裂こうとするものには露骨に嫌悪感を示す。ノーマが再婚相手を連れてきた際には以下のように叫び、嫉妬心を露わにしていた。

「母さんはひどい偽善者だね。僕をずっとそばにおいて独りじゃ生きていけなくさせた。僕はガールフレンドを作ることもできず、何もかも、あきらめた。母さんのためにそうしたんだ。心と心が結ばれているから、絆がある、それは強くて神聖で唯一のものだと思っていたのに、今になって突然誰かほかの人を迎え入れるだなんて。できるわけないだろ!これは僕たちの世界だ!僕と母さんのね!本物の愛が息づいている場所なんだよ」(シーズン4 第8話より)

ここで「ガールフレンドを作ることもできず」と言っているのは、母が自分と同様に絆を引き裂こうとする相手に嫉妬していると思い込んでいるからなのだが、これにはノーマンが初めて関係を持った女性・ブラッドリーに裏切られた経験も絡んでいる。

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後ろの女性がブラッドリー

シーズン1でノーマンは、学校のマドンナ・ブラッドリーに恋をした。父親が死んで悲しんでいたブラッドリーは、自分に同情してくれるノーマンの優しさに甘え、彼氏がいるにも関わらずノーマンと体の関係を持ってしまう。心が通じ合ったと喜んだノーマンだったが、ブラッドリーは一時の過ちだとノーマンを拒絶。傷ついたノーマンは不誠実な女性に対して憎しみを抱くようになり、このことが母親への倒錯した愛を性的な女への殺人衝動へと変える原因の一つとなる。

*「不幸」な運命への怒り:憐れな母親への同情
しかし、ノーマンの母への愛は単なる性的倒錯にとどまるものではない。それは、ノーマの悲惨な人生への同情でもあるのだ。

そもそもノーマンの人格分裂が始まったのは、ノーマが夫に強姦されている様子を見てしまった時だ。心に深い傷を負ったノーマンは辛い記憶を忘れるために別人格を生み出し、母の不幸への同情と父への憎しみをその中にしまいこんでいた。そうしてノーマンが無意識下に封じ込めていた怒りは、数年後、ノーマが父親に殴られている様子を見たことで爆発。ノーマンの別人格は母を守るために父親を殺害してしまうのである。ノーマンの最初の殺人は、不幸な母を救いたいという切実な愛情から来ていた

このように、ノーマンの母親への愛には不誠実な母親への「嫉妬」と不幸な母親への「同情」という二つの側面がある。ノーマと同様に、ノーマンの異常な愛は不幸な運命に裏打ちされたものでもあるのだ。

なかでも『ベイツモーテル』の独自性を語る上では重要なのは「同情」の側面だ。同情心は母を不幸する対象への復讐心へと変わり、ノーマンに嫉妬とは別の殺害動機を与える。その結果、本作のノーマンは『サイコ』と決定的に異なる行動をとるーーー原作で殺害していたマリオンを逃し、代わりにその不倫相手であるサムを殺害するのである。


長くなってきたので、残りはまた後日。
後半では『ベイツモーテル』独特のノーマン像が強く表れているシーンを考察しながら、このドラマのメインテーマがどのように悲劇性と結びつくかについて語っていきたいと思う。

めちゃめちゃネタバレしたけど、気になった人はぜひ『ベイツモーテル』を見てみてね!!ネットフリックスで全部見れるよ!
私は『サイコ』を見ます!ではまた!


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