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山中賞受賞!『デイジー・ジョーンズ・アンド・ザ・シックスがマジで最高だった頃』浅倉卓弥さんによる訳者あとがき

架空のバンドの快進撃と空中分解を回想形式で描き、全米ベストセラーとなった小説『デイジー・ジョーンズ・アンド・ザ・シックスがマジで最高だった頃』。このたび、TSUTAYA中万々店の書店員・山中由貴さんによる「第7回 山中賞」を受賞しました!

受賞を記念し、浅倉卓弥さんによる訳者あとがきを公開いたします。音楽通の浅倉さんならではの元ネタ考察をお楽しみください!

山中さんによる書評
梅田 蔦屋書店コンシェルジュの河出さんによる書評

訳者あとがき

浅倉卓弥

まずは映像化の状況についてから。本作は〈アマゾンプライム〉での連続ドラマ化が決定しており、昨二〇二一年の九月から、ロス近郊を主な舞台として撮影が開始されている。『キューティ・ブロンド』『ウォーク・ザ・ライン/君につづく道』、あるいは近年の『リトル・ファイアー〜彼女たちの秘密』などで知られる女優のリース・ウィザースプーンは、自ら制作会社を率いる映像プロデューサーでもあって、この『デイジー・ジョーンズ・アンド・ザ・シックスがマジで最高だった頃』を刊行前からいたく気に入り、各方面に働きかけて実現にこぎつけたらしい。当然プロデューサーには彼女が名を連ねている。

そうした経緯で、本作の映像化は刊行と同じ一八年にはすでに発表されていた。その後、二〇年の二 月までには主要キャストが順次報じられていたのだが、そこで進展がピタリと止まってしまった。いわずもがな、コロナの影響だ。撮影開始の一報には、だから僕も手を打って喜んだのだが、SNSで見つかるキャストたちの表情も一際嬉しそうだった。(編集部注:五月の上旬に撮影はすべて終了した模様)

デイジー・ジョーンズを演じるのはライリー・キーオだ。一時期マイケル・ジャクソンと結婚していたリサ・マリー・プレスリーが、前の夫との間に設けた娘である。すなわち彼女、あのエルヴィス・プレスリーのお孫さんなのだ。若き日のジョーン・ジェットらの姿を描いた映画『ランナウェイズ』で、ダコタ・ファニング演じるシェリー・カーリーの双子の姉マリー役として、二〇一〇年にスクリーンデビューを果たしている。

一方のビリー・ダン役にはサム・クラフリンが起用されている。『ハンガー・ゲーム』シリーズでのフィニック役が印象深いが、時折若い頃のトム・クルーズを思い出させるような表情を見せることがある。著者の謝辞を読み、改めて僕もこのキャスティングに納得した次第。そのほか、まずザ・シックスの面々に、スキ・ウォーターハウス、セバスチャン・チェカーン、ジョシュ・ホワイトハウス、ウィル・ハリソンといった若手が名を連ね、プロデューサーのテディにトム・ライト、マネージャーのロッドにティモシー・オリファントと、ベテラン陣が脇を固める。カミラを演じるカミラ・モローネは、目下のレオナルド・ディカプリオのパートナーだが、ディカプリオのカメオがあるかどうかは不明。シモーヌ役のナビヤー・ビーはほぼ新人だ。ドラマは原作の書き方に準じ、音楽もののドキュメンタリーのスタイルで製作されるという。アメリカの『ビハインド・ザ・ミュージック』や、あるいは本邦なら『ソングス・トゥ・ソウル』のような感じだろうか。

さて、問題はその書き方だ。原作を開けた時には僕自身まず啞然としたものだ。いや、確かに、架空のロックバンドの物語を綴るうえでこれほど相応しい手法もないのだが、全編がいわば〝偽のオーラル ヒストリー〞とでも呼ぶべきスタイルで貫かれているのである。関係者の発言だけで構成されている、という体裁だ。従って本編には、地の文での心理描写は一切出てこない。厳密には、ある登場人物が母親を思う場面で一箇所だけ見つかるのだが、ここだって実は地の文とは呼びがたい。それでこのデイジー・ジョーンズとザ・シックスのメンバーたちが十年単位の時をかけ通り抜けてきたドラマが再現されているのだから見事というほかはない。個人的には、小説というメディアの可能性の未開の一端を見せてもらえた、くらいに思っている。訳者として、当時のドラッグ、セックス、ロックンロールといった空気を再現した物語の部分だけでなく、こうした側面にも光が当たってくれれば、と願っている。

以下いささかネタバレ気味にはなるけれど、その物語の概略を紹介しておく。もっとも、内容的には本編冒頭の「著者覚え書き」なるパートに記されている通りだ。

ビリーとグラハムのダン兄弟を中心に地元ペンシルヴァニアで結成されたザ・シックスは、ロスへと拠点を移し〈ランナーレコード〉との契約を得て、敏腕プロデューサー、テディ・プライスの指揮の下『ザ・シックス』『セヴンエイトナイン』と二枚のアルバムを発表し、着実にスターダムを昇り始める。テディはその『セヴンエイトナイン』のリーディングトラック「ハニカム」に、やはり自らの担当アーティストだったデイジー・ジョーンズをゲストヴォーカルとして迎えることをバンドに提案する。ともに優れたソングライターであるビリーとデイジーの化学反応は、そのままデイジー・ジョーンズ・アンド・ザ・シックス名義のモンスターアルバム『オーロラ』となって結実する。けれどその〈『オーロラ』 ワールド・ツアー〉の最中、超満員のシカゴ公演を最後にバンドは突然解散してしまう。

はたして彼らに何が起きていたのか。それを解き明かすのが本書の眼目だ。

舞台は七〇年代の終盤。以下は半ば妄想みたいなものだが、個人的には当時のシーンを逐一思い出しながら楽しく読んだ。明るい色の髪に輪っかのイヤリングと腕輪といったアクセントで紹介されるデイジー・ジョーンズの姿は、デボラ・ハリーから初期のマドンナへと受け継がれた系譜を思わせる。作中の評論家が寄せるウォーレンとピートによるリズム隊への賛辞は、まるでレッド・ツェッペリンを形容しているようだ。カレンの苦悩はハートのウィルソン姉妹のそれにも通じよう。だとすると、シモーヌはドナ・サマーか。ちなみに現実の世界で、曲中での母娘共演を本当に果たしてしまったのは、オリヴィア・ニュートン=ジョンである。

では、ビリーは誰か。ディランとレノンの影響を受けて育ち、デニムの上下に身を包んだロッカーといえば、まず真っ先にスプリングスティーンが浮かぶ。作中でも、ビリー自身が一箇所だけこのボスを引き合いに出している。ほかに有り得るとすれば、ブライアン・アダムスやジョン・クーガーといった辺りになろうか。はたしてサム・クラフリンがどの辺りを念頭に役作りをしているのかは興味深い。

男女混成のヴォーカルというスタイルは、ジェファーソン・エアプレインかフリートウッド・マックか、といったところになろう。前掲の著者の謝辞にもある通り、本編の成立にフリートウッド・マックが果たした役割というのは非常に大きい。なるほど『オーロラ』のヒットぶりは『噂』のそれに準えられるのかもしれない。実際著者リードは別のインタビューで、演奏中スティーヴィー・ニックスから目を離せないでいるリンジー・バッキンガムの映像を観て、本編の着想の一部を得た、とも語っている。おそらくは『SNL』での「ホープ・ライク・ユー」の演奏シーンが、その直接の影響下にあるのだと思われる。

なお、著者テイラー・ジェンキンス・リードの目下の最新作は『マリブ・ライジング』という。これはマリブに暮らすサーファーの四人兄弟姉妹の物語なのだが、作中の彼らの父親であるミック・リヴァというキャラクターが、実は本編にも登場している。プールに浮かんだデイジーの姿が印象的なパーティーのシーンだ。彼はまた『デイジー〜』の前作に当たる作品でもそれなりの役どころで出てくる。こちらは『セヴン・ハズバンド・オブ・イーヴリン・ヒューゴ(=イーヴリン・ヒューゴの七人の夫)』といって、リードの出世作でもあるのだが、現段階で『マリブ〜』ともどもまだ邦訳刊行はない。機会があれば挑んでみたい。

また、本書の巻末に収録されたアルバム『オーロラ』全曲分の歌詞は、すべてリードのオリジナルである。ここを訳すのは本当に楽しかったのだけれど、当然なのかもしれないが、映像化に伴って、これらの楽曲も全部新規に制作されるのだという。〝現実は芸術を模倣する〞というのは、まさにこういうことだろう。

本稿を書いている段階では、残念ながら日本はもちろん、本国アメリカでもドラマの公開時期は未定のままだ。本書の翻訳者となれた幸運を嚙み締めながら、僕も首を長くして待っているところである。あのデイジー・ジョーンズの歌声にプレスリーの名残を探せるなんて、いかにも贅沢だ。至福の時間となること間違いはない。


浅倉卓弥

小説家、翻訳家。東京大学文学部卒。2002年『四日間の奇蹟』(宝島社)で第1回「このミステリーがすごい!」大賞で金賞受賞。著書に『君の名残を』(宝島社)、『黄蝶舞う』(PHP文芸文庫)ほか、訳書に『安アパートのディスコクイーン~トレイシー・ソーン自伝』、『フェイス・イット~デボラ・ハリー自伝』、J・コベック『くたばれインターネット』(以上ele-king books)、M・ウォリッツァー『天才作家の妻』、マット・ヘイグ『ミッドナイト・ライブラリー』(以上、ハーパーBOOKS)ほか多数。

テイラー・ジェンキンス・リード/浅倉卓弥訳
『デイジー・ジョーンズ・アンド・ザ・シックスがマジで最高だった頃』
四六判並製 416ページ
本体価格2400円+税 ISBN 978-4-86528-063-0
左右社より大好評発売中!


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