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【無料公開】はじめに/藤岡みなみ『パンダのうんこはいい匂い』より

『パンダのうんこはいい匂い』
2022年8月5日発売
藤岡みなみ、初のエッセイ集!暮らしの中の異文化を見つめる35本
パンダ好きが高じて四川省でパンダ飼育員体験、四川省出身の義母が洗面台に泳がすフナ、ラスベガスで生ハム地獄、首吊りショーで生き死にを考え、映画を作っては他者の身体を想像する。海外での体験のみならず、暮らしの中での「異文化」をユーモラスに綴る、藤岡みなみ初のエッセイ集!


衝撃的なタイトルと、そこからは想像できない他者への愛とユーモアあふれる眼差し。発売から約1ヶ月経ってなおSNSを中心に話題を読び、さっそく「パンうん」の愛称で親しまれている本書。ダ・ヴィンチWebでのインタビュー公開に合わせて、著者・藤岡みなみさんの本書への思いを広く伝えるため、「はじめに」を無料公開します。


はじめに

「本のタイトル、『パンダのうんこはいい匂い』ではどうでしょうか」
 本書の完成が近づいた頃、出版社からそう言われた。うんこ。まさか自分の本のタイトルにうんこが入る日が来るとは思わなかった。じゃあ、プロフィールとかにも今後ずっとうんこが入り続ける、ということか。「主な著書に……うんこ……がある」みたいになるのだろうか。この先いくらかっこいいプロフィール写真を用意しても、自己紹介にはうんこが入っている状態。どうなんだろう。
 元はと言えば私のせいだ。一本のエッセイに自分でそういうタイトルをつけたのだ。でもまさか本の題名になるとは思っていなかった。軽率にエッセイのタイトルにうんこを入れてはいけないんだな、と学んだ。いいのか悪いのかわからなくて「うんこ 類書」で検索したりもした。
もうすでに7回うんこって言っているが、異文化について考えたくて書いた本です。
 19歳の時、初めて中国を旅した。神戸港から船で2泊3日かけて上海へ、そこから寝台列車で西安に移動し、敦煌やトルファン、ウルムチを見て回った。ラクダの蹄の間の肉を食べたり、雪の積もった砂漠の山をダッシュで下ったりした。初めて出会うことばかりで、生まれたばかりの人間の気持ちになった。
 カザフ族の家庭でオオカミのチャーハンをごちそうになった日もあった。じゅわっとした脂身の甘みに旅の疲れが吹き飛ぶ。塩バターのミルクティーがおいしくておかわりしてしまったため、尿意をもよおしてしまった。トイレは家の外にあるボットン式のもので、あまり頻繁に汲み取るものではないのか、穴が果てしなく深く掘られている。のぞきこむと歴代のうんこがタワーのようになっていた。汚いというより見事で、なんか美しい、と思ったのを覚えている。また、うんこの話をしてしまった。別に世界うんこ紀行のような本ではない。
 2週間の旅で心の琴線がむき出しになり、帰りの船で太陽が地平線に沈むのを見ただけで涙が出た。息を止めて時計の長い針を見ている時のように、太陽がゆっくりだけど確実に動いているのがわかる。太陽って本当に沈むんだ、地球って動いているんだ、と思った。知識としては知っていたけれど、実感としては知らなかった。
 あれから10数年。異国だった中国が、今ではすっかりゆかりの深い場所になった。
 幼い頃からパンダが好きで、気がついたら四川省出身の人と結婚していた。現在、義理の両親と共に暮らしているのだが、帰宅すると洗面台にフナが泳いでいるなど、いつも新鮮な驚きがある。
 私のわがままで困らせてしまうことはあるものの、基本的にとても仲良く過ごしている。お互いに習慣や感性が違っているということを前提とすると、人との関係はこんなに心地よいものだったのか。違うことが当たり前なので、合わないから許せないという摩擦がない。また、異なるものが多い中で共通点を見つけると、貴重な宝物を発見した気分になる。私と義母の性格は、今まで出会った人の中でもかなり似ているほうだ。
 これまで異文化とは、旅の中で出会うようなものだった。今では異文化は当たり前の日常の中にある。しかし、それは習慣の異なる人と生活しているからなのだろうか? 本当はもともと日常の中にあったのではないか。奈良に住む私の祖母は庭にパラソルを出して天ぷらを揚げる。しらたきの上にミカンを盛りつけたりもする。極端な話、人が2人以上いればそれはすべて異文化交流なのかもしれない。
 日本で生まれ育ったけれど、日本の中のことはひとくくりで同じ文化で、海外に出さえすれば異文化だ、というのはしっくりこない。ここからここまでが内側で、ここから先が外側、と考えるのはさみしい。知らないことは無数にあり、職業も、趣味も、オカルトも、老いも、経験していないことすべてが異文化だと感じる。一緒に暮らしている中国出身の家族のことを異文化と呼んで、まだ知らない不思議なものたちのことをそう呼ばないのは、違和感がある。
 面白がる、ということも興味を持つ入り口としては有効なのかもしれない。だけど、「見てください、この国ではこんなものを食べる文化が! 信じられないですね!」と消費し続けるだけでいいのだろうか、と考えるようになった。異なるということを意識しつつも、私もそうであったかもしれない、という感覚を手放したくはない。
 イメージと実際の姿は異なることが多い。パンダのうんこはいい匂いがする。異文化とは線を引くものではなく、身体を使って行き来するものだと思う。すべての知らないこと=異文化に触れ、自分自身のかたちがどんどん変化していった日々をエッセイにした。海外での体験談もあるが、青春時代の黒歴史や日本の珍スポット、家族にまつわる話が多くなった。
 一緒に未知の香りをかいでみるつもりで読んでもらえたら嬉しいです。


藤岡みなみ
1988年生まれ。文筆家、ラジオパーソナリティ。学生時代からエッセイやポエムを書き始め、インターネットに公開するようになる。​時間SFと縄文時代が好きで、読書や遺跡巡りって現実にある時間旅行では? と思い、2019年にタイムトラベル専門書店utoutoを開始。著書に『シャプラニール流 人生を変える働き方』(エスプレ)、『藤岡みなみの穴場ハンターが行く! In 北海道』(北海道新聞社)、『ふやすミニマリスト』(かんき出版)がある。

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