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#00 ベトナム・ラオス 民族イメージ

ベトナム54民族の切手シートまたは樫永さん撮影の写真と民族学的解説から、本連載に関連する民族のイメージを紹介します。

キン族

キンは漢字で「京」。つまり「みやこの人」を自称している。ベト(越)族ともよぶ。「越」は、古代中国において、南方の辺境にすんでいた人たちのこと。ベトナムでの人口8208万人で、総人口の85.3%を占める。キン族のことばがベトナム語だ。
紅河デルタを古くから開発し、高い米の生産力によって人口を増やし、中国にならった都市文明を発達させた。10世紀には中国から独立。以来、中国の官僚機構を模範とするベトナム王朝を興亡させた。

ムオン

ベトナムでの公式民族名はムオン、ラオスではモイ。自称がモル、またはモイなのだ。紅河デルタに隣接する丘や盆地を灌漑して水田にしている。あたかもデルタのキン族と山間盆地のタイ族を直接接触させまいとするかのように、両者の地域的中間に分布している。
言語的にはベトナム語に近く、古いベトナム語の形態を残している。いっぽうで物質文化や社会組織にはタイ族との共通点が多い。
ベトナムでの人口145万人(総人口の1.5%) 。ラオスには534人と少数。

タイー

ベトナム東北部に広く居住しているタイ系民族で、灌漑水稲耕作を主生業としている。人口185万人(1.9%)を擁するベトナム最大の少数民族で、中国最大の少数民族の壮(チワン)族と同祖とされる。
東北部は中国に対する防衛上要衝にあるため、17世紀にはベトナム王朝の支配下に組み込まれた。そのためタイーの文化にはキン族の影響が強い。
少数民族出身者として初めて総書記になったノン・ドゥック・マイン(在任2001-2011)はタイー。ちまたのウワサでは、ホー・チ・ミンの隠し子だとか。

黒タイ&白タイ&赤タイ

ベトナムではいずれも「ターイ」、ラオスではいずれも「タイ」として分類されるタイ系民族。人口はベトナムで182万人(1.8%)、ラオスで21万5千人(3.8%)の大規模集団。ベトナムの西北地方を中心に、ラオス、中国雲南省にも居住し、盆地を灌漑して水稲耕作をおこなっている。
上座仏教徒ではないが、仏教とは無関係に古クメール系の独自の文字を継承している。手の込んだ織物がベトナムでもラオスでも有名。

モン

中国から移住してきた苗(ミャオ)族がルーツだが、ミャオやメオという呼称は蔑称だとして、ベトナム、ラオス、タイではモンとよんでいる。ベトナムに139万人、ラオスに45万人(0.8%)居住する大集団。
高地で広範囲の焼畑耕作を行い、古くは地味が落ちると村ごと移住したが、現在は定住化が進んでいる。
麻糸の紡績のほか、刺繍、パッチワーク、ろうけつ染めなど手の込んだ染織が有名だ。

ザオ、レンテン

中国の瑤(ヤオ)族がルーツで、ベトナムではザオ、ラオスではユーミエン、タイではミエンと称する。いくつもの集団にわかれ、ベトナムとラオスの民族分類でレンテン(藍靛)は、そういった小集団の一つとみなされている。ベトナムに 89万人、ラオスに2万7千人が居住している。モンと同じく、高地で焼畑耕作を行い、古くは半遊動的だったが、現在は定住化が進んでいる。
神話によるとイヌが祖先であるため、イヌ肉を食べるのがタブー。また道教の儀礼を盛んに行う。刺繍やろうけつ染めなど染織物が有名。

ホア

いわゆる華僑というより、ベトナム国民として登録されている漢族がホア(華)で、全国に75万人。
都市部で商業に従事する者が多く、ホーチミン市のチョロン地区がベトナムで最大の居住地域。
市場経済化政策以降の経済発展に、ホアの経済ネットワークが果たした役割は大きい。
西北地方にも前近代から、商業と物資流通をになう漢族が水陸の交易路経由で行き来していたが、中越紛争(1979年)を境に多くが姿を消した。

ラオ

14世紀にラオスを建国したタイ系民族で、母語はラオ語(国家語としてはラオス語とよぶ)。
ラオスでの人口は300万人以上、総人口の55%を占める。
ラオスにおける「低地ラオ」「山腹ラオ」「高地ラオ」という地勢に応じた高度別民族分類にしたがえば、低地で灌漑水稲耕作を行い、上座仏教を信奉するラオが「低地ラオ」を代表する民族。
ベトナムでも54民族の1つに分類され、国境地域を中心に1.7万人居住。

ルー

ベトナムでは西北部の中越国境近くに6000人以上居住するだけの小規模の民族だが、ラオス北部には12万人以上居住している。ラオスでは「低地ラオ」に分類されている。
ルーの中心地は中国雲南省側にあるシプソンパンナーで、灌漑水田耕作の生産力を背景に上座仏教王国を14世紀以来築いてきた。中国ではタイ族のなかに分類されている。

アカ

ラオス北部を中心に9万人以上居住し、焼畑耕作を主生業としてきたチベット・ビルマ語系の高地民。ラオスでは「高地ラオ」に分類されている。
ベトナムで2万5千人の人口を抱えるハニと同一民族ともみなされるが、両地域の両者のあいだにある文化的違いは大きい。
かつて村は半遊動的だったが、現在は定住化が進んでいる。
手の込んだ染織による民族衣装と銀装飾を身にまとい、観光客相手に民族雑貨や小物を売り歩く女性たちが、ラオス北部の地方都市に多い。

コム(カム、クム)

ベトナム西北部で最大規模のモン・クメール語系民族で、人口は9万人。ラオスには61万人以上居住する「山腹ラオ」の代表的民族。
ベトナムでは植民地期まで黒タイや白タイによる階層社会の中で政治的劣位に置かれていたが、タイ系民族が東南アジア北部に広がる以前からそこにいた先住民とされる。
谷奥に居住し、焼畑や水稲耕作を行う。
竹や籐細工などの手仕事にすぐれている。

ラフ

チベット・ビルマ語系の高地民で、中国雲南省にもっとも多い。植民地の拡大を目論むイギリスと中国のあいだで領土分割が進んだ19世紀末に人口が拡散し、現在はタイとミャンマーに10万人以上、ラオスとベトナムに1万人以上が居住している。
一般的には焼畑耕作民とされるが、かつて水田稲作をしていた地方集団もいるし、ベトナムのラフは狩猟採集を主生業として遊動的生活をしていた。

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