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年上彼氏と箱根で年越し(フランス恋物語106)

de Shinjuku à Hakone-yumoto

12月31日、午前10時過ぎ。

私と北原さんは、小田急ロマンスカーの車中にいる。

小田急ロマンスカー・・・名前は聞いたことはあったが、実際に乗るのは初めてだ。

「玲子は箱根に行くのは初めて?」

隣に座る北原さんが、優しく微笑みながら問いかけた。

「昔の彼氏と旅行で一回行ったくらいかな。」

私はなぜか北原さんに対して、嘘をつかずに何でも正直に話してしまう。

しかも、その相手は先日別れたばかりの智哉くんだったなぁと、思い出してちょっと胸がチクリとした。

「そうなんだね。東京に住んでたら、箱根は旅行で気軽に行ける所だもんね。

じゃあ今回は、その彼氏との旅行を上書きできるよう、精一杯”姫”をもてなすよ。」

北原さんのこういう切り返しが、私はとても好きだ。

そういえばイタリア旅行の時も、私のことを”姫”って呼んでたな。

今回の箱根旅行も色々”姫扱い”してくれるのかな?と、私は期待してしまうのだった・・・。

Le déjeuner

箱根湯本に着くとタクシーに乗り、芦ノ湖湖畔のフレンチレストランでランチをすることになった。

そのレストランは窓がガラス張りで、芦ノ湖はもちろんのこと、遥か向こうには富士山が望める。

北原さんが事前に予約していたので、私たちは窓際の席に案内された。

外を見ると、芦ノ湖が穏やかな冬の太陽に照らされ、キラキラと輝いて綺麗だった。


ここの料理は日本の素材を活かしたフレンチで、本場のように重くなく、日本人の舌に合うように作られているのが嬉しかった。

一番印象に残ったのは、鶏と海老、松茸、湯葉のフレンチ風土瓶蒸しスープだった。

松茸のいい香りがするけど、風味がフレンチなのが面白い。

ワインを飲みながら、北原さんは尋ねた。

「箱根経験者の玲子だけど、行きたい所はある?」

その質問に、私はお花畑な返事をしてしまった。

「正直言って、今回は観光というより、北原さんと一緒にいられればそれだけでいいんです。

あとは、初詣に行くくらいかな?」

北原さんはニコッと笑った。

「そこまで言ってくれて嬉しいよ。

初詣は、芦ノ湖のほとりに鳥居が建ってる箱根神社に行こうと思っているよ。」

「箱根神社いいですよね。

私も行くならあそこがいいなって思いました。」

今回は3日間しかいられないし、基本ホテル滞在で、外出は初詣だけでいい。

そもそも私は、大の寒がりなのだ。

「じゃ、食事が終わったらホテルに行こうか?

僕はもともと”おこもりスティ”しようと思って、ここのホテル取ってたからね。」

「お、おこもりスティ・・・。」

そういえば美月ちゃんも言ってたな。

この言葉にエロい響きを感じてしまう私は、自意識過剰だろうか!?

・・・いやいや、北原さんは私を誘う前、「一人でここに泊まるつもり」だと言っていた。

この言葉にそんな卑猥な意味はない。

私はつい浮かんでしまう妄想を打ち消した。

Hotel

ランチを終えるとタクシーに乗り、これから2泊する旅館に移動した。

宿は箱根連山を一望する渓谷沿いに立ち、山に囲まれたそのロケーションは日々の喧騒を忘れるのにピッタリだ。


エントランスをくぐると、吹き抜けの壁一面に並んだ大きな書棚が目に入り、私は圧倒された。

図書館とカフェがミックスした”TUTAYA CAFE”に似ているが、ここはさらにリラックス感がプラスされ、思いっきり寛いで読書を楽しめそうだ。

これは、本好きには堪らない空間だ。

北原さんは目を輝かせながら言った。

「この書棚すごいだろ?

イタリアにいると日本語の書籍に飢えるから、年末年始はここで手当たり次第に濫読するのが僕の楽しみなんだ。」

なるほど、そういうことか。

”おこもりスティ”と聞いて、エロいことを想像した自分を恥じた。

でも、読書三昧な年末年始も悪くない。

「私も読書は好きだし、フランスに住んでた時、日本語の本が読みたくて堪らなかったから、その気持ちよくわかります。

北原さんがどんな本を読むのか興味があるし、一緒に本読みまくりましょう。」

しかし、北原さんはいたずらっぽく笑って言った。

「でも、それは一人で来た時の話。

二人で来たなら部屋にこもって、玲子のことをもっと知りたい。」

その言葉を聞いて、「やっぱり北原さんも同じことを考えていたんだなぁ」と思った・・・。

check-in

部屋に入ると、予想以上の広さに私は驚いた。

内装はイマドキのオシャレな和モダンで、リビング続きになったオープンテラスの向こうには、山を望める露店風呂が見える。

広いテラスにはソファーやリクライニングチェア、テーブルが置いてあり、寛ぎながら外の景色を眺められるようになっていた。(冬はあまり活躍しなさそうだが)

「すごいですね。この部屋・・・。」

北原さんは、このホテルを選んだ理由を説明した。

「このホテルは、さっきの書棚と、全部の部屋に露天風呂が付いてるのが売りなんだ。

予約の取りにくい人気の宿らしいんだけど、ここの社長が高校の同級生で、毎年特別に部屋を押さえてもらってるんだよ。」

なに、「すごい会社の社長と元・同級生」っていう、都会の坊ちゃんあるある!!

毎年このホテルで優雅に年越しをする北原さんを想像して、私は改めて素敵だなと思った。

もちろん一人じゃなくて、彼女と一緒の時もあったんだろうけど・・・。


テラスで外の景色を眺める私を、北原さんは後ろから抱きしめた。

今までの紳士モードを消した彼は言った。

「玲子、もう我慢できないよ。

ベネチアでキスした時から、ずっとこうしたいって思ってた。」

遂に・・・この時が来た。

「いや、でも、まだお風呂とか入ってないし。」

そんな口実は、スイッチがはいった彼には通用しないようだった。

私の体をこちらに向けると、官能的なキスを始める。

「いいよ・・・。気にしないから。

さぁ、ベッドに行こう。」

北原さんにキスをされると全身に電流が走り、私は彼に従わざるを得なくなってしまった・・・。

faire l'amour

北原さんとの愛の行為は、快感を伴うセラピーだった。

彼の滑らかな指が私の体に触れると、それがどこであろうと溜め息が出るくらい気持ちがいい。

今まで数々の女性たちと付き合ってきた彼は、やはり女の体を知り尽くしているようだった。

「僕はただ、玲子を悦ばせたいだけなんだ。」

奉仕気質の彼は、ここではさらにその本領を発揮した。

北原さんの魔法にかかってしまった私は、たった数時間の間に、何度も絶頂を迎えてしまったのである・・・。


「北原さん・・・思った以上に良くてびっくりしました。」

終わった後、私は率直な感想を彼に告げた。

「そっか・・・。

そう言ってもらえて良かったよ。

何せ、玲子は僕の大事な”姫”だからね。

出会った時、まさかこんな日が訪れるなんて夢にも思ってなかったけど、今、玲子とこうしていられて僕は幸せだよ。」

そう言うと、満足そうに私を抱きしめた。

私は、「やばい。これは予想以上にエロい”おこもりスティ”になるかもしれない」と思った・・・。

La fin d'année

今年最後のディナーは、中居さんが運んでくれたお膳だった。

少し前までこの部屋で行われた睦事を思い起こすと、中居さんに部屋に入られるのは少し恥ずかしかった。

お膳は懐石料理で、大晦日ということで蕎麦も付いていた。

少しでも近くにいたい私たちは、向かい合せではなく隣に座って食べた。

「やっぱり大晦日は蕎麦に限るね。

ミラノに渡った1年目、向こうに彼女がいたからそのまま年越しをしたんだけど、やっぱり外国だと気分出ないなと思ったんだ。

だから2年目以降の年末年始は、毎年帰国するようにしている。」

私は、北原さんが5年前に奥さんと離婚して、ミラノに渡ったという話を思い出した。

それから、結婚を意識するような彼女はいたのだろうか。

私は少し気になって聞いた。

「北原さん・・・私とは1年後ぐらいに結婚することを前提で、付き合いたいって言ってくれましたよね?

ってことは、来年も私はここに連れて行ってもらえるんですか?」

北原さんは箸を置いて、私の肩を抱いた。

「当たり前だろ?

そう言って僕は誘ったし、玲子もそのつもりでここに来たんでしょ?」

彼の目は真剣で、その場しのぎでないことははっきりとわかった。

「そうだけど、あまりに急な出来事だから、なんかまだ信じられなくて・・・。」

不安そうに言う私を、北原さんは強く抱きしめた。

「僕はミラノで玲子に一目惚れして、一緒に旅して、今までにない居心地の良さに運命を感じたんだ。

その時から『この人と結婚できたらな』って、ずっと思ってたんだよ。

ただ、気を遣って言わなかっただけだ。

あとは玲子の気持ち次第だよ。」

私は、その言葉が嬉しすぎて泣いてしまった。

「ほら、泣くなよ。」

彼は私の頭を優しく撫でてくれた。


今までの私は、綱渡りで不毛な恋ばかり繰り返してきた。

それに比べて、北原さんのこの強い言葉や安心感は何だろう。

『結婚』という言葉を忌み嫌っていたはずなのに、『結婚したいくらい好きだ』という言葉が最高の愛情表現だということに、私はこの時気付いたのだった・・・。


中居さんが膳を下げたら、この部屋の中はもう完全に二人きりの世界だ。

一度体を許した私たちは、遠慮することなく何度も愛し合った。

それは、ベッドの上だけでなく、露天風呂でも・・・。


北原さんに抱かれながら、ふと私は、親友・ミヅキちゃんが口癖のように言っていた「”体の相性”は大事だよ」という言葉を思い出した。

そう考えると、私たちは「心も体もピッタリの最高のカップル」だといえる。

私はこの奇跡的な巡り合わせを手放したくないと思った。

Le compte à rebours

年越しのカウントダウンは、ベッドの中から、NHKの「ゆく年くる年」を見て待つことにした。

「僕も、このタイミングで見るのは『ゆく年くる年』だよ。

やっぱり僕たちは好みが似てるね。」

北原さんは嬉しそうに言った。

0時ちょうどに合わせて、私たちはキスをした。

こんなバカップルな年越しをするのは、一体何年ぶりだろう?

キスをした後、北原さんは改まった様子で新年の挨拶をした。

「明けましておめでとう。

去年は玲子と出会えて良かったよ。

今年も、いや、これからもずっとよろしくね。」

彼が、新年だけでなく、未来をも誓う挨拶をしてくれたことに、私は感激してしまった。

私も心を込めて挨拶を返した。

「明けましておめでとうございます。

私も、北原さんと出会えて、こうして一緒にいられて幸せです。

こちらこそ、ずっとよろしくお願いします。」

私たちは微笑み合いキスをして、抱き合ったまま眠りについた。


こうして私は、北原さんと最高の新年を迎えた。

でも、いきなり自分の身に降りかかった幸せについて、まだ半信半疑なのも事実だ。


この胸の奥底に眠る不安は、箱根滞在中に現実となってしまうのである・・・。


ーフランス恋物語107に続くー

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